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173.グレンの友人

よろしくお願いします。

「ぬおおおお」


 カイたちと一緒に珊瑚礁を観にいった翌日、わたしはベッドでうめいていた。


 海で過ごしたのは四時間ほどだったから、休憩時間をのぞけば二~三時間泳いでいたわけで……わたしは全身の筋肉痛で、起き上がれなくなっていた。


 不思議なのはドレスを着ていた時はまったく脚を意識しなかったのに、ちゃんと脚も筋肉痛になっていたことだ。腕もほとんど使わなかったのに、しっかり痛いよ!


 身体がギシギシと、まるでさびついた機械のようにいうことを聞かない。


 いや、ほんとこれ、どうしたらいいの?


 ポーションでも飲む?


 いやいや……筋肉痛でポーション飲むとか……バカすぎるでしょ……。


(カイは全然平気そうだったけど、相当鍛えられているってことだよね……)


 もともと人魚だから特殊な筋肉しているんだろうか……高校時代、体育会系でもなかったわたしには無理!魔力はあっても体がついて行けない……ううう。


「き、筋肉痛は……じっとしているより、身体を動かしたほうが回復は早いって……ぬおおおお」


 しばらくベッドでもだえた後、なんとかそろそろと起き上って着替えたものの、食堂に下りるのはあきらめて朝食は部屋に持ってきてもらった。


 一緒に行ったユーリは大丈夫かな……そう思って朝食を運んでくれた人にたずねてみると、「もう起きられて、カディアン殿下やテルジオ様と一緒にお過ごしです」という返事だった。


「ええと、それでユーリは筋肉痛とかは……?」


「とくに何もおっしゃられませんでしたが……」


 ユーリ……実はカイ並みに鍛えていたとか?それか痛覚遮断の術式を使ったのかも。あとで様子を見に行ってみよう。


 痛覚遮断の術式かぁ……痛みは体のサインだから、あまり遮断しないほうがいいとグレンは言っていたけれど、こんなに筋肉痛がひどいなら、教えてもらおうかな……。






 まだ怪我がひどくて動けなかったころ、グレンはわたしに痛覚遮断の術式をかけてくれていた。


『ふむ……体の損傷個所の修復はだいぶ進んだようだな……』


『べつに痛くもなんともないよ……体は動かせないけど』


 ベッドに横たわるわたしを見下ろして、グレンはゆるく首を振った。


『それは痛覚遮断の術式をほどこしてあるからじゃ……体を以前のように動かすのは……全身の神経伝達を再構築する作業だからな……術式を解けばすさまじい痛みに襲われるぞ』


『ええ?それはイヤだなぁ……でもこうしているのも退屈なんだよね。そうだ!グレン、何かお話してよ』


 グレンは顔をしかめて、ため息をついた。


『……お前は本当に注文が多い。何が聞きたい』


『そうだなぁ……グレンの好きなたべものは?何が好き?』


『……ミッラだ』


『ミッラ?それって何?』


『サルカスの名産のくだものだ。初夏に白い花をつける……その実は歯触りがよく甘い。それとコランテトラの実だな。王都の師団長室の中庭に植わっていて、赤い実をつける。甘味よりも酸味のほうが強いが、故郷の味だ……』


『グレンの故郷……?』


『……』


 そこまでいってグレンはしゃべり過ぎたと思ったのか、部屋をでていってしまった。


 それでもグレンは根気よく、わたしのおしゃべりにつきあってくれたと思う。そしてようやく術式を解かれた時、すさまじい痛みに身動きもできず悲鳴をあげるわたしを、そばで励まし続けてくれた。


 ……あの時は痛かったなぁ……それにくらべれば、筋肉痛なんてまだましだ。


 こんな風にグレンのことを思いだしてしまうのは、昨日カイとグレンの話をしたせいだろう。


「俺たちは友人だった」


 帰り際、カイは懐かしそうに目を細めた。


「グレンもこうやってもてなしたんだ。あいつは二十五年ほど前にマウナカイアに魔導列車の駅ができた頃にやってきて……」


 ん?二十五年ほど前?


 何かおかしい……絶対おかしい!


「ちょっと待って!カイっていくつなの?」


「あいつと同じだが……」


「あいつ?」


「あいつってのはグレンだが……」


 グレンと同い年⁉目の前にいるカイはどう見ても二十代の青年だけれど……。


「おじいちゃんじゃん!」


「すみません!あなたがそんなご老体だとは知らず、品がないとかさんざん失礼なことを!」


 わたしが叫び、ユーリもびしっと背筋をのばすと、カイはすこぶる機嫌が悪そうな目つきをして口をゆがめた。


「俺ぁじゅうぶん若いんだよ!人魚族は長命だからな」







 魔導列車がくるまでのマウナカイアと、人魚の王国カナイニラウの間には頻繁に行き来があり、その時はカイもカナイニラウに住んでいたそうだ。


 けれどマウナカイアが王都からやってきた人間たちであふれかえるようになり、静けさを求めた人魚たちは余計な衝突を避け、海の中に身をひそめビーチには姿を見せなくなった。次第に行き来は途絶えてしまったという。


「それは時の流れってやつだから仕方ないけどな、俺の母親のレイクラは故郷へ自由に帰ることができなくなり、ふさぎがちになった」


 ある日レイクラは、何もいわずカナイニラウをでて、それっきり戻らなかったそうだ。


「陸の様子は海のなかからじゃわからないからな……レイクラはカナイニラウでは『心変わりして海王を捨ててでていった人間の女』と思われているから、迎えにもなかなかこられなかったんだ」


 カイが数年前に様子を見にきたら、レイクラはビーチの外れの小さな店で『人魚のドレス』を売っていたという。レイクラはカイに会って涙を流して喜んだが、カナイニラウに戻るのは頑として拒んだそうだ。


「カイとグレンって、友人だったんだ」


「ああ。あいつの友人は人間以外が多い。グレンは先祖返りというか、人よりも精霊に近いヤツだったからな。海の精霊と人間が交わって生まれたという人魚族とは共通点もあって、俺たちは友人になった」


「人よりも精霊に近い……って?」


 なんだかまだ信じられなくて、わたしがたずねると、カイが説明してくれる。


「精霊と人間とは『感覚』が違うんだよ。あいつの目は普通の人間には見えないものも見えて、耳は聞こえない音も拾っていた……たとえば、聞く気もないのに広場にいる人間のざわめきが、すべて言葉として耳に飛びこんできたらつらいだろ?」


「それは……頭が痛くなりそうだね」


「実際具合が悪くなっていたんだ。だからあいつは孤絶した静かな環境をこのんだ……べつに人間が嫌いなわけじゃない」


 グレンと三年間一緒に暮らしたのだ……カイの説明は、すとんと腑に落ちた。レオポルドはどうなんだろう……わたしは銀色の髪に黄昏色の瞳をした魔術師のことが気になった。


「……そういわれれば納得する。カイもなにか感覚が違うところがあるの?」


「俺は嗅覚がするどい」


「嗅覚?そっか……それで昨日、雄の臭いがしないとか言ってたのね」


 カイは大きくうなずいて、真剣な顔をして言った。


「そこは女に会ったら一番にチェックするポイントだからな」


 そ、そうなんだ……。







「グレンは陸では生きづらそうだったし、カナイニラウに誘ったんだ。それも断ったから、あいつはひとりで生きて、ひとりで死んでいくつもりだと思っていた……あいつを人間の世界につなぎとめた、赤毛の娘があらわれたって聞いたときは驚いたぜ」


「そう……」


 でも……わたしが出会った時のグレンも同じような状態だった。ひとりで生きてひとりで死んでいく……彼はまさにそんな感じの生活をしていた。


 何も……変わらなかったのかな?レイメリアとであって、レオポルドが生まれても……グレン自身は何も変わらなかったのかな?


「まぁ、俺の話はこんなところかな。この場所まで連れてきたのはグレンの他にはあんたたちだけだ」


 しばらく黙って話を聞いていたユーリが、カイに声をかけた。


「カナイニラウはこのまま伝説に……人魚たちは姿を隠してしまうつもりですか?」


「人魚たちは争いを好まないし、おおきく環境が変わるのも望んでいないからな……俺はこのまま忘れ去られて『伝説』になるんでもいいと思う。だがせっかく陸の王子がきたんだ。あんたの考えを聞いておきたいだろ」


「できれば共存を。いままで通りというわけにはいかないかもしれませんが」


「言っておくが陸のやつらに『海』を手にいれるのは無理だ。それに『海』はひとつしかない……それはすべて『海王』が支配する。国境やなんか決めても無意味だ。『海』はそこに在るんだからな」


「……そうですね」






「ところでさ、ネリアはグレンの娘なんだろ?」


「えっ⁉違う違う!グレンはわたしの命の恩人で錬金術の師匠だけれど、血縁はないよ」


 不意にカイが聞いたので、わたしがあわてて否定すると、彼はキョトンとした顔をした。


「そうなのか?グレンの女は赤毛の娘だったっていうし、俺はてっきり……子どもが生まれたんだろ?」


 それって……たぶん。


「生まれたけど、男の子だよ!レオポルドっていって……」


「そっか……俺の早とちりか……」


 カイは首をひねっているけれど、なんだかいろいろ、カイの情報が古すぎてヤバい。


「いちおう聞くけど、カイは新聞読んだりとかは……」


 カイはさも当然、といった様子で言った。


「するわけねぇだろ」


 だよね!

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