171.陸にも未練はあります
諸事情により更新時間が乱れています。しばらくこんな感じです。すみません。
やがてカイが、気を落ち着かせるように大きく息を吐くと頭をかいた。
「べつに何もしやしねぇよ……すぐに王都に帰るヤツだってのは分かってんだ。まぁ、あんたたちに興味はあるけどな」
「わたしたち?」
カイがわたしだけでなく、ユーリの事も指したので聞き返すと、彼はユーリのほうをもう一度見た。
「ああ、ネリアもだけど……ユーリって言ったな、あんたにも興味がある。あんた王子なんだろ?」
「……僕が王子と知ってて、その態度ですか……」
呼びかけられたユーリが眉をひそめたけれど、カイは気にする様子もない。
「王子と知ったら態度変えるヤツなんて、気持ち悪いだけじゃねぇか。それに海と空しかないこの場所に、持ってこられるのはみな等しく己自身だけだ。それぞれに違いはあっても、その存在に優劣なんてねぇだろ?」
「それはそうですね」
こんな場所で王子という肩書など、何の役にもたたない。持ってこられるのは己自身だけ……そういったカイ・ストロームという男を、ユーリはあらためて見直した。
「俺のボスはポーリンで、あんたにつかえているわけじゃない。ポーリンも研究所長ってだけで、細かいことは気にしないヤツだから、一緒に働いているんだ。もしもあんたに礼をつくせ……なんて言いだす奴なら、さっさと辞めているさ」
「辞めてどうすると?」
「どうもしやしねぇよ。店は観光客相手にたまにドレスが売れれば十分だ。金が欲しかったら魚を獲って市場に持っていきゃいい。それ以上にまとまった出費がある時は、海に潜って真珠を獲れば、数ヶ月遊んで暮らせる金額になる」
あ……真珠の養殖技術が確立されるまで、真珠は漁師たちがたまに見つける偶然の産物だった。だから稀少で、その値段はとても高かったはずだ。
「うわぁ……究極のスローライフだね。退屈したりしないの?」
「退屈はしねぇな。ひまな時は海をずっと見ているだけで飽きない」
ユーリがあきれたような声をだす。
「金が必要になれば働く……それ以外は何もしないってことですか?カイも結構『魔力』があるくせに、なまけ者なんですね」
「なんだよ、究極の贅沢だろうが。俺の時間を何に使おうと俺の自由だ。どれだけ金をもらおうと、この生活をやめる気はないぜ?」
ユーリはわたしをかばうように前に立つと、カイに対して警戒心をあらわにした。
「ネリア、下がって」
「ユーリ?」
「彼には不審な点があります。カイ、こんなところまでネリアを連れてきてどうするつもりだった、お前の目的はなんだ?」
この場にいる三人の中で、一番優位に立っているのはカイだろう。なにしろ彼の案内がなければ、浜辺まで戻るのはむずかしい。だがユーリの問いかけに、カイは肩をすくめただけだった。
「言ったろ?あんたたちに興味があるって。それに、きたがったのはあんたたちだ」
そう、カイはわざわざわたしたちをここまで案内し、簡単だけど食事もふるまってくれた。不愛想だけど、研究所での様子を見るかぎりは、そう怪しい人だとも思えない。けれど、ユーリは警戒を解かなかった。
「人魚のドレスだって魔道具です。ふつうの人間はビーチの近くで泳ぐ程度にしか使えない。あれだけのスピードでこれだけの距離を泳ぐには、それ相応の『魔力』がいる」
「まぁな」
たしかに……カイは、わたしに魔力があるから、この場所に誘ってくれたんだっけ。
「カイは魔術学園に行っていないんですか?……それだけ『魔力』があるのに」
「魔術学園とやらに、興味がなかったからな」
「カイは魔力暴走を起こして、困ったりしたことはないの?」
『魔力持ち』はその身に宿す『魔力』が多いほど、その制御に苦労するため、魔術学園で学ぶ必要があると聞いたけど……。
「それはお前らが窮屈な世界にいるから、変に魔力を抑えようとして苦労するんだろ?暴走しそうになったら、ぶっぱなせばいいじゃねえか」
「ぶっぱなす?」
「そうだ」
わたしが聞き返しカイがうなずいた時、ユーリがあわてて口を挟んだ。
「ネリア、カイのいうことを真に受けないでくださいね?ネリアがぶっぱなしたら、とんでもないことになりそうな気がします。あらためて問う……カイ、お前の目的はなんだ」
カイはユーリの考えを見透かしたかのように、眉を上げた。
「気にいらないヤツだったら、ここまで連れてこねぇよ。礼儀はいまいちかもしれねぇが、俺はちゃんともてなしているつもりだぜ」
カイはそう言って、平然と自分のフルネームを名乗った。
「俺は、カイ・ストローム・カナイニラウ……カナイニラウを治める海王の息子だ。ネリアがいっていた『海の王子』ってやつだ。『陸の王子』がきているとなったら、どんなヤツか知りたいじゃねぇか」
ユーリがさすがに目を見開いた。
「人魚の王国の『王子』⁉……こんなところで人間のふりをして、何をしようっていうんです?」
「俺は人間と人魚の間に生まれたから、人間に近いんだ。それに俺の目的はもともとあんたたちじゃなく、カナイニラウをでていった母親を迎えにきたんだ。店にいたレイクラ……あれは俺の母親だ」
レイクラが⁉
「それがなぜ海洋生物研究所で働いているんです⁉」
「はじめは灯台を見物のついでに、水槽の中にいるやつらがしんどそうだったから、世話についてポーリンにアドバイスしてな、そしたら助手にならないかと誘われた」
カイはわたしに笑いかけた。
「どうだネリア、俺に興味あるだろ?マウナカイアにいる間、つきあわねぇか?」
「う……興味はあるけど、つきあうのは遠慮するよ」
「結局、くどいているじゃないですか!」
「こんなの、くどいているうちにはいんねぇよ。本気でくどくなら、ドレスに俺の鱗を縫いつけて、カナイニラウに連れていくさ」
そういうとカイは立ち上がり、海に飛びこむと自由に泳ぎはじめた。そのようすを見ていたユーリが、ぽつりとつぶやく。
「何ていうか……彼、自由ですね」
「うーん……精霊の在りかたに近いのかも」
「精霊の在りかた……」
「グレンがいっていたの……精霊はただそこに『在る』だけなんだって。善でも悪でもなく、大きな力を持っていて、『精霊契約』で『対価』を払えば、力を貸してくれることもあるけれど、無理に言うことを聞かせることはできない……って」
『魔力持ち』は国を支え、ひとびとの生活を助けるために、『魔力』を活かした職業につき、多かれ少なかれ力を使うことを求められる。
でも、カイのありようはもっと自由だ……気が向けば『魔力』も使うが、誰かのためにとか、何かのために……といった意志はあまり感じられない。それはどこか『精霊』に似ている。
「僕は……王家の者は『精霊契約』を禁じられているんです。だから『精霊契約』自体、あまり学ぼうとしなかったけれど、古くはもっと意味があることだったのかもしれませんね」
「禁じられている?」
「『竜王』との契約は『精霊契約』に近いものらしくて、『竜王』との契約者は他の『精霊契約』をすることができないんです。ネリアと契約したソラの『色』が変わったように、『竜王』と契約すると自身の『色』が変わりますから」
「アーネスト陛下もカディアンも同じ色だったから、最初はてっきり遺伝かと思ったよ」
「僕や弟の本当の色は、母と同じ榛色の髪に琥珀の瞳でした。この色になったことに後悔はないけれど……契約後の母の顔は寂しそうだったな」
「そっか、兄弟ふたりとも色が変わっちゃったんだものね……」
「そろそろ話はすんだか?ビーチへ戻るぞ」
「くどいようですが、本当にネリアをさらったりするつもりはないんですね?」
戻ってきたカイにユーリが再度念を押すので、彼は苦笑して返した。
「しねぇよ、王都に待っている家族がいるヤツは連れて行かねぇ。娘がいなくなったら悲しむだろうが。陸に未練があって泣かれても困る」
「……もしも家族がいなかったら?」
ユーリが静かにたずねると、カイはあっさりと答えた。
「俺はいずれカナイニラウに帰る。もしも天涯孤独で陸に未練がないんだったら、ネリアが望めばカナイニラウに連れていってやる」
「ネリアが望めば……」
そうつぶやいて、ユーリが不安そうにわたしを見た。
えっ?
そりゃ、カナイニラウには興味があるよ!あるけれども……。
陸にも未練はあるよ!
ありがとうございました!