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170.男っていうのは争うもんなんだ

170話目です!次の更新は週末までお待ちください。

 「ここは俺の気にいっている場所のひとつだ。海と空以外、なんにもないだろ?」


 見渡すかぎり、海と空と、それをへだてる水平線しかみえない……カイが案内してくれたのは、そんな場所だった。ここにいるわたしたちは本当にちっぽけな存在で、世界はどこまでも広く果てしない。


 三人でカイが持ってきた簡単な食事を終えると、思い思いに腹ごなしにくつろいだ。カイは砂浜に気持ちよさそうに寝転ぶと、肘をついて頭だけ持ち上げて、わたしに向かって色っぽく笑いかける。


「人魚の男はこういう場所に女を連れてきて口説くんだ。夜にきてみろよ、満天の星空の下……この世界に俺たちだけしかいないような気分になる」


「こんな所で?想像しただけで、すごいロマンチックだね……」


「海の中じゃうまく声が伝わらないだろ?だから人魚には口説き文句みたいなものはなくて、かわりに唄うんだ」


 そういうとカイは起き上がり、海に向かって歌いだした。よく通る低い声で、恋しい女性の面影を追うせつない内容の恋唄は、魂の奥底に響くようで。わたしは聞き惚れてしまったけれど、それはユーリも同じだったようだ。


「彼、かっこいいですね……悔しいですけど」


「うん……でも彼がかっこよく見えるのは、ここが彼のホームグラウンドだからだよ。ユーリにはユーリの、かっこよく見える場所があるよ」


 ユーリは少し不満そうな顔をする。


「それ……僕がかっこよく見えるのは、城の中……ってことですか?」


「ええ?それこそわたし、お城の中で過ごすユーリは見たことないからなぁ……でもきっと『王子様』してて、かっこいいんだろうね」


「まぁ、『王子様』はかっこいいのが基本ですからね……けど、ネリアには錬金術師として、『格好いい』と思われたいかな、僕は」


 ふたりで語り合っていたら、カイが不機嫌そうな声をだした。


「俺もいることを忘れんなよ」







 わたしはふと疑問に思ったことを口にした。


「口説くのは男だけ?でも人魚の女の人はどうしているの?」


「人魚の女はあまり陸地ちかくまでくることはないな……もっと沖合いで船乗りを誘惑する」


 うわぁ……人魚って男も女も肉食だ……。


「だから、灯台のふりをして船を惑わすっていわれているんだね。でもなんでわざわざ人間を誘惑するの?人魚同士ではつきあわないの?」


 カイは自分の腕を枕にして仰向けになり、目をつぶってため息をついた。


「……あんた質問ばっかで、雰囲気ぶち壊しだな」


「ええ?だって気になるし……」


「僕もいるのに雰囲気出されても困るんですが……」


 カイは空を見上げて面倒くさそうに、それでも説明してくれた。


「俺もくわしくは知らないが、ヒトガタを保つために、ときどき人間の血を入れる必要があるらしい。もちろん人魚同士で番うこともあるが、人魚たちにも『伝説』があるんだよ」


「伝説?」


「もともと、人魚も人間もひとつの種族だった……だから陸と海に別れても、たがいの半身のようにひかれ合う相手がいる……ってな」


「たがいの半身……」


「ま、地上に住む人間と海の中で暮らす人魚じゃあ、半身がいたとしても、たがいに出会う確率なんてほとんどないだろうがな」


 そこまでいって、カイはわたしに顔をむけた。


「昔は……レイクラの時は、もっと人間と人魚の交流が盛んだったそうだ。人魚がドレスを手に娘を迎えにきて、人魚への嫁入りも普通におこなわれていたと聞く。人魚が『伝説』になったのは、あいつが……グレン・ディアレスがマウナカイアにきてからだ」


 グレンがマウナカイアにきてから?


「グレンが何かしたの?」


「あいつが直接何かしたわけじゃない。だが魔導列車を使えば、マウナカイアまでは王都から四日ほどでこられるだろ?」


 魔導列車の線路がマウナカイアまで敷かれたおかげで、王都から遠く離れた、辺鄙なただ海がきれいなだけの場所だった小さな浜辺は、王都からの観光客で埋めつくされるようになった……と、カイはいった。


「だから人魚たちは、海に身をひそめ『伝説』になるしかなかったんだ」


「それじゃ……それだと、『カナイニラウ』はいまも実在していて、この海のどこかに……」


 ユーリが考えこむようにいった。


「意外と近かったかもしれませんね。『遠くて深い海の底』ではなくて、人と交流しやすいような場所にあったのかも」






 不意に、カイが聞いてきた。


「研究所で、ネリアはグレンの弟子だといってたな……あいつ死んだんだよな」


「うん……」


「そうか……」


「グレンにも見せたかったなぁ、この景色」


 目の前の海を見つめながらなにげなくつぶやくと、カイが意外なことを言った。


「グレンは見たことあるぜ」


「えっ⁉」


 カイは身を起こすと、砂の上に座りなおした。


「グレンは『カナイニラウ』だって訪れている。ネリアはあいつに聞いたことはないのか?」


「グレンが……?聞いたことない……でも待って、カイはなぜそんなことまで知ってるの?」


 グレンのことだけじゃない……人魚や『カナイニラウ』のことだって、彼はよく知っているかのように話す。


 緑の髪に、海そのもののようなエメラルドグリーンの瞳を持つ、褐色の肌の青年が、わたしに向かってニヤリと笑った。


「俺は『カナイニラウ』にいたことがある……その話、聞きたいか?」


 カイが人魚の王国にいたの⁉


「聞きたい!」


 わたしが身を乗りだすと、カイはぐっとわたしに近づいて、耳元でささやいた。


「珊瑚で彩られた美しき海の王宮『カナイニラウ』……そういう話はさ、寝物語で聴かせるもんだ」


 そこへユーリが割ってはいった。


「僕がいることを、忘れないでもらえませんか?それにそんなの、女の子の気をひく手口に決まっているじゃないですか」


 カイがイライラした様子で髪をかき上げると、舌打ちをした。


「つくづくお前邪魔だな……なんでついてきたんだ?」


「へぇ?俺はかまわない……とか、言っていたじゃないですか。あの余裕はどうしたんです?」


「ネリアはともかくお前までついてこられるとは思わないじゃねえか!しょっぱなから飛ばしてやったのに」


「あの程度のスピードで僕をまけるとでも?泳ぎが自慢といってもたいしたことないですね!」


「なんだと⁉陸に上がってぜーはーいってたわりに、でかいクチ叩くじゃねぇか!」


「若いから回復がはやいんですよ!」


 ヒートアップしそうなふたりの言い争いを、わたしはあわてて仲裁しようとした。


「あのさ……せっかくこんなきれいな場所にいるんだから、言い争いは……」


 けれどそれは藪蛇だった。


「ネリアもさぁ……こんな奴、適当にまいてこいよ!バカ正直に何連れてきてんだよ……雰囲気ぶち壊しじゃねぇか!」


「こんな場所にネリアを連れてきて、何するつもりだったんですか!だいたいネリアもほいほい、こんな奴の誘いに乗るからいけないんですよ!」


「えっ?あの、これべつに、デートじゃないよね?」


 わたしがそういうと、二人の男は一瞬黙りこんだ。


「あんたバカか⁉とっておきの場所に案内してやったんだぞ!ちったぁその気になれよ!どんだけニブいんだ⁉」


「僕はネリアがバカで助かりましたけど!綺麗な景色で感動させたあと二人きりで食事なんて、男の常套手段じゃないですか!もっと警戒心を持ってください!ネリアのそういう所が男心をもてあそぶんですよ!」


 ちょっと……バカとかバカとか……二人して人のことを……。イケメン二人から叱り飛ばされて、わたしはしおしおになった。


「ったく!お前普段、こいつのそばにいて何してんだよ!もっと男に慣らしとけ!」


「慣らすったって、一応僕の上司なんですからね!それよりさっきからお前とかこいつとか、言葉使いに品がないです!」


「はぁ⁉店にくる女にはこのほうが受けんだよ!」


 ねぇ、綺麗な海で心洗われたんじゃないの⁉


 腹を立ててたことなんか、どうでもよくなっちゃったんじゃないの⁉


 なぜ……なぜ……こんな美しい場所にきて、こんなみにくい言い争いを見ることになるのだろう……。


 ばっちゃが昔いってた。


『男っていうのは争うもんなんだよ』


 いまようやく理解したよ……。 

絶景に来て、ネリアの人生初の修羅場となりました。

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