17.小さくて可愛い彼女(ライアス視点)
俺ライアス・ゴールディホーンが、最初にネリア・ネリスを見た感想は、『小さくて可愛いな』だった。
まぁ四六時中、竜騎士団のゴツい連中と過ごす俺にとっては、たいていの女性は『小さくて可愛い』のだが。
「ネリア・ネリス、錬金術師です」
そう名乗った彼女を前にして、検問をしていたデニスが戸惑ったように、こちらを振り返った。
ネリア・ネリスは女性らしいと伝えていたが、彼女は王都にいる錬金術師たちとだいぶ印象が違う。
なんというか……街中でよく見かける、ふつうの娘だ。小柄な体に生成りのチュニックを着てベルトで締め、こげ茶色のズボンを履いてショートブーツを合わせた活動的なスタイルだ。
「……ネリア・ネリス?」
ついまじまじと見つめると、彼女も黄緑の瞳でまっすぐに俺を見返す。
「エルリカから?」
「はい」
それだけでは確証を持てず、俺はもうひとつたずねた。
「イルミエンツの伝言は受け取ったか?」
彼女は小首をかしげて一瞬考えてから、「あぁ!」と声を上げた。
「あなたが魔術師団長のレオポルド・アルバーンさん?」
まちがいない。イルミエンツの伝言を受け取ったのは彼女だ。
「いや違う、私は竜騎士団長、ライアス・ゴールディホーン。魔術師団長レオポルド・アルバーンに頼まれ、あなたを迎えにきた」
「わたしを?」
少しかしこまって自己紹介をしながら、彼女を観察する。年は俺より下だろうか、ふわふわとした赤茶の髪が小さな顔を縁どり、瞳は深みのある黄緑だ。ほほはふっくらと柔らかく、髪をサイドで結んでいて活発な印象を与える。
「あの?」
けげんな顔をされて、自分がしばらく彼女に見入っていたことに気づく。
「ああ、失礼した……声は聞いていたが本当に女性なのだな。こんなに可愛らしいかたとは思わなくて」
目を丸くした彼女を見て、俺はやっぱり「小さくて可愛いな」と思ったのだった。
魔導列車から降りた彼女に、オドゥ・イグネルが近づいてきて、俺はあっけにとられた。
(オドゥって、こんな奴だったのか⁉︎)
親しげに彼女に呼びかけ、その手をとると素早く口づけを落とし、そのまま両手で包むようにして手を捕らえたまま、優しい微笑みを浮かべて彼女に語りかけている。それらすべてが流れるように自然な仕草だ。
(オドゥ、凄いな。初対面の相手によくそこまで……)
彼女はビクッと身を震わせて後ずさり、そばにいた俺も感心しつつ若干引いた。
けれどこういった立ち居振る舞いのほうが、何かしてもらうことに慣れた令嬢たちには、受けがいいのかもしれない。
(あいつ、いつのまに眼鏡を……)
オドゥを観察していたら、彼は別に彼女を口説いているわけではないことに気づく。それは警戒する彼女の表情を見てもわかる。
カーター副団長の命令に忠実でありながら、わざわざ彼女に接触し忠告を与え、敵対しない意思を伝えたようだ。この状況で王都を離れるのもあえてなのだろう。
(こいつなりの覚悟が何かあるのか……)
次の錬金術師団長にグレンから指名されている〝ネリア・ネリス〟。でもこうして見ても、彼女に錬金術師らしさは見当たらない。
錬金術師団の研究棟は、王城に建つ本城の裏手にあり、王族が住む奥宮よりもさらに奥まったところにある。
その排他的な雰囲気は、王城の中でも独特だ。しかも師団長はその部署において絶対的な権限を持つ。
(俺でさえも苦労しているのに、彼女に務まるのか?)
そんな疑問を感じたけれど、そろそろ魔導列車が発つ時間だ。彼女と話し終えたオドゥが伝達の魔道具を空に放ち、眼鏡のブリッジに指をかけ、俺に向かって挑発するように笑った。
「守れるでしょ?守りなよ。ライアスは竜騎士なんだから当然できるよね?」
――むろん、お前に言われるまでもない。
何が何でもネリア・ネリスを、無事に王城まで送り届ける。そのためにわざわざ竜騎士団を出したのだ。
上空の竜騎士たちと『エンツ』で連絡を取り合い、出発の準備をしていたら、ミストレイが彼女に見入っている。
強い魔力を持つ者はふつう、それを隠したりしない。はっきりわかるように魔力を帯び、場合によってはそれで周囲を威圧する。
彼女は体表スレスレを膜のようにぴっちり覆い、魔力を漏らさないようにしていた。魔力はほとんど表に出ていない。彼女が『ふつう』っぽく見えるのはそのせいか。
ミストレイの目からすると、『全身を光る鱗(魔力)で覆われていて綺麗』となるらしい。
それはいいがミストレイと感覚共有している俺にも、彼女がやたらキラキラして見えてくる。
落ち着かない気分でいると、彼女の『匂い』が鼻腔いっぱいに拡がった。
むせ込みそうになってミストレイを見れば、なんと鼻を撫でられて喜んでいる!匂いを嗅ぐのを今すぐ止めろ!
俺まで彼女の髪に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎ、喜んでいるような気になるだろう!
おかげで変に意識してしまう。こんなことで動揺するなんて、竜騎士団長失格だ!
だが、それはまだ序の口だった。
騎乗するのに感覚共有を切るわけにもいかず、俺はあり得ない体験をすることになる。
彼女がミストレイを撫でた瞬間、俺の背筋にゾワゾワとした感覚が走り抜け、全身が歓びに満たされる。
前後不覚に陥りそうになり慌てて彼女を止めたが、ミストレイが不満そうに「もっと撫でろ」と叫んでいる。
撫でて欲しがるミストレイを必死になだめていると、ネリアはミストレイの機嫌を損ねたと誤解し、慌てて謝ったが……違う!逆なんだ!
「頼む……我慢してくれ、ミストレイ……頼むから」
俺まで仰向けに寝っ転がって腹を撫でてもらいたくなるだろうが!
あり得ないっ!
今は職務中だ!
(くっ!これも俺がミストレイの竜騎士としては未熟なせいか?)
ミストレイの背でひとり悶絶していた俺を、部下たちがそれぞれのドラゴンから、生温かい目で見守っていたとは、知る由もなかった。
『魔術師の杖』というタイトル。
「とりあえずつけて後で変えよう」
と思ったまま、結局使い続けています。









