167.そろそろお昼にしましょうか(ユーリ→ネリア視点)
PC不調のため、投稿が少し遅れました。
オドゥは両手を目の上にかざして、海のほうを見ながら目を細めた。
「人魚のドレスって、人魚の時もだけど人間に戻った時がセクシーだよねぇ……濡れたドレスが身体にはりついてさぁ」
「オドゥ、はぐらかさないでください」
「えぇ?だってさぁ……教えたらユーリがゆっくり静養できなかったでしょ?」
「だから黙っていたんですか?」
海洋研究所での初対面の時から、なぜか彼のことは気にかかってはいた。だがユーリが島で静養中、島に戻ってきた錬金術師達の話を聞いていても、とくにカイ・ストロームについての話はでてこなかった。
しめし合わせて内緒にしていたというより、だれも気に留めていないようすだったので、ユーリ自身、彼のことは忘れかかっていたのだ。
「たいした話じゃないよ。彼が休みの日はマウナカイアビーチで店を手伝っているから、ポーリンがその店に『人魚のドレス』を買いにいくよう、ネリアに勧めていたんだ。それよりその眼鏡の使い心地はどう?気にいったんじゃないの?」
「……」
かけている眼鏡について聞かれて、ユーリはとっさに言葉を返せなかった。興味がない、というのは簡単だが、魔道具好きの血が騒ぐ。かといって、気にいったとオドゥに認めてしまうのは、なんとなく悔しかった。そんなユーリの逡巡を見透かしたかのように、オドゥは続ける。
「立太子の儀を終えれば、色を変えたぐらいで周りをごまかすのは、むずかしくなると思うけどね」
そう、認めざるを得ない。自分はこの眼鏡が欲しい。だが、オドゥが要求した『対価』は、ユーリをためらわせるには十分なもので。
「だからって、あの条件で対価が『竜玉』というのは……」
オドゥ・イグネルは、彼の黒縁眼鏡と同じものをユーリに渡す対価として、『竜玉』を要求した。しかも渡す眼鏡はひとつだけ。それも注文を受けてから作成するので、納期は未定。『竜玉』は先渡し。それがオドゥのだした条件だった。
「さすがに僕も王家が管理するドラゴンの素材には手がだせないからさぁ……けれど『王太子』ならなんとかなるでしょ」
「……無茶いわないでください」
エクグラシア国内のドラゴンはすべて、王家の管理下にある。そのため、数少ないドラゴン由来の素材、爪や鱗……そして竜の魔石たる『竜玉』も、王家の厳重な監視下のもと保管されている。
当然それの持ちだしは、たとえ『王太子』であってもむずかしい。オドゥは、それをユーリにやれ、といっているのだ。どう考えても断るべきだ。ユーリが答えないでいると、オドゥは軽くため息をついた。
「僕だってその眼鏡の術式をすべて読み解くのに、十年かかったんだよ?それに……それは父が遺した唯一の遺品で、僕にとっては『竜玉』以上の価値がある」
「なぜ『竜玉』が欲しいんです?使用目的もわからないのに、おいそれと渡せませんよ」
「それはおたがいさまだろ?僕もユーリがその眼鏡をどう使うつもりなのか、聞かないし。それに嫌ならいいんだよ、その眼鏡が世界にひとつでも、僕はべつに困らないからね」
そこまで言い終えて、オドゥは遮音障壁を消すと、ネリアたちに向かって大きく手を振った。いまはこれ以上話を続ける気はないらしい。
メレッタが一番に気づいて、元気な声を上げる。
「オドゥ先輩!ユーリ先輩!」
メレッタの叫びに気づいたネリアがこちらを向いた……と思ったら、次の瞬間には目の前にきて、雫を垂らしつつ、ユーリの顔をのぞき込んだ。ユーリの心臓がドクンと跳ねる。
「ユーリ!体調はもういいの?熱は平熱?痛覚遮断の術式はかけてない?……ていうか、オドゥの眼鏡をなんでユーリがはめてるの?」
こういう転移魔法の使いかたは、心臓に悪いからやめて欲しい。けれどネリアは、思った瞬間にはもう移動しているのだろう。ユーリは苦笑しつつ、両手を自分の前で振った。
「大丈夫ですよ……痛みも熱もないです」
「ならいいけど……」
こんな時でも、ネリアがカイのそばを離れて自分のほうへ跳んできたのがうれしい。ネリアに続き、みんなも海から上がって来たようだ。メレッタがユーリたちに近づいてから、眼鏡に気づいて叫んだ。
「ええ⁉ユーリ先輩、眼鏡してる!それ、ダサいからやめたほうがいいですよ!しないほうがかっこいいのに」
「あはは」
オドゥが目を細めて人のよさそうな笑みを浮かべる。
「もうみんな『人魚のドレス』も買ったみたいだしさぁ、昼食をビーチのどこかで食べようと思って、誘いにきたんだよ」
「いいね!じゃあ食事にしようか」
浄化の魔法に風を加えてドレスを一瞬で綺麗にして乾かすと、みんなのドレスのすそがふわりと揺らいだ。
カイはみんなのあとからゆっくり海から上がると、そのままわたしたちの脇を通っていく。
「じゃあ俺は店に戻る」
「あっ!ありがとう、カイ!」
そのまま店に向かいかけて、カイは何かを思いだしたように立ち止まった。
「あした店にこい……さっき言った場所に案内してやる」
「うん、わかった!」
さっき言った場所……熱帯魚が集まる珊瑚の綺麗なしげみのことかな?そう思って返事をすると、それをユーリが聞きとがめた。
「ネリア……彼とどこかにいくんですか?」
「あっ、うん。カイがね、熱帯魚が集まる珊瑚の綺麗なしげみのある場所に、案内してくれるって……」
「僕もいきます」
「ユーリも?」
間髪いれずにユーリが言ったので、わたしは聞き返した。ユーリも泳げるんだろうか。
「だって彼は信用できるんですか?ネリアはそこまで彼と親しくないでしょう?」
いいつのるユーリの様子を見たカイが、ぼそりと言った。
「へぇ……雄の臭いはしないが、狙っている雄はいるわけか……」
カイは腕組みをしたまま、ユーリに向かい不敵に笑う。
「俺はかまわないぜ……ついて来られるんならな。じゃあな、ネリア」
そう言ってカイは腕組みをしていた自分の腕をほどくと、ぐいっとわたしの腰をひき寄せ、わたしの髪にキスを落としてから、ひらひらと手を振って去っていく。
へ?
カイに、はじめて名前を呼ばれたような気がするんだけど……どうしたんだろう急に。
ぽかんとしてカイの後ろ姿を見送っていたわたしは、背後に立つユーリの変化に気づくのが遅れた。
「ネリア……いつの間に彼と親しくなったんですか……?」
背後から低い声が聞こえ、嫌な予感がしたわたしは、ぎぎぎ……とぎこちなく首を回して振り返る。ユーリは似合わない黒縁眼鏡のブリッジを指で押さえながら、にっこりと優しく微笑んでいた。
なんとなくリメラ王妃と初対面で、うっかりアーネスト陛下の袖をつまんでしまった時の、王妃様の反応を思いだした。たしかあの時も真夏だというのに……気温が氷点下まで下がったような気がして……わぁ、さすが親子だね笑顔がそっくり!……じゃなくて!
感じる冷気がリメラ王妃と同じく、ハンパないんだけど!
ねぇ、わたし何かした⁉そしてカイとはべつに、親しくなったりしていないと思う!なんたってウジナマコよりひどいって言われたばかりだよ⁉
さっき帰り際に名前を呼ばれたのだって……。
(あいつ、わざとだ……絶対おもしろがってやってる!)
「立ち話もなんですし、食事しながら話しましょうか」
ユーリはリメラ王妃そっくりの微笑を浮かべ、わたしをうながした。
ありがとうございました!









