164.オドゥとユーリと海辺の街
よろしくお願いします!
テルジオ・アルチニは非常に機嫌がよかった。彼は今マウナカイアでユーリにつきそいながら、王都にいる補佐官たちに指示をだしている。
最初はマウナカイアなどにでかけてる場合じゃないだろう!と思ったが、ネリアが厳命してくれたおかげで、ユーリはおとなしく島で静養している。
彼のそばでの書類仕事はすこぶるはかどるし、エンツや長距離転移魔法陣のおかげで、王都との連絡や物のやりとりもスムーズにでき、何の支障もない。
カディアンの補佐官になったばかりのオーランドから、そちらに合流すると連絡がきたものの、べつに来なくていいんじゃないの?と思ったぐらいだ。
しかもこの療養で、あこがれのヌーメリアと接する機会はぐんと増える!
彼とヌーメリアとの出会いは、今より六年前……ユーティリス・エクグラシアが隣国の皇太子と一緒に毒を盛られるという事件にさかのぼる。
十二歳の王子はまだ『王族の色』もまとっておらず、リメラ王妃そっくりの榛色の髪に琥珀の瞳で、優しげで繊細な顔立ちをしており。
そう!ユーティリス王子は、とっても可愛らしかった!
悪気はないのだろうが、ある時父親のアーネストが「おまえが女の子だったらなぁ……リメラそっくりの美少女だったのに……」とため息をつき、王子がピクリと反応したのを覚えている。
アーネストはすっかり忘れているだろうが、テルジオには分かる。
あれは絶対根に持っている!
当時テルジオは成人し補佐官になったばかりで、いきなり起こった大事件に泡を喰ったのを覚えている。
そんなさなか、ヌーメリアは毒の特定から解毒までの対処を、適切にすばやく処理し、しかも本人は実に優雅で優しくひかえめな女性だった。
(ほんと優しいよなぁ……)
あまりにもひかえめで、事件後会うチャンスもなかったが、ユーティリスが錬金術師団に入団し、その姿をときどきは見かけるようになった。
しかもネリア・ネリスが師団長に就任してからは、ヌーメリアとの接点がぐんと増えたのだ。
テルジオ自身、ユーティリスがグレンと『契約』した時は、ショックのあまり辞表を書いたこともあったし、順風満帆ではなかった。それでも地道に補佐官として経験を積み、努力のかいあってユーティリスが成人した際に、筆頭補佐官に抜擢されたのだ。
ヌーメリアとの四歳ぐらいの年の差ならなんとかなりそうだし、ただの補佐官ではなく筆頭補佐官になった今では、王都三師団の錬金術師とのつり合いもとれるように感じる。
(いかんいかん、ニヤけそうになる顔をひき締めなければ……)
テルジオの気持ちは多分、ユーティリスには見透かされており、今回もいいように働かされた感じはするが、ここはあえてのってやろう。
譲るところは譲っても、実を取る……それがテルジオがユーティリスとのつきあいで学んだことだった。
テルジオは今日の予定を頭の中で組み立てると、はりきってユーリの寝室のドアをノックした。
「おはようございます、殿下!今日は立太子の儀の衣装の打ち合わせをしたいと思いまして……」
基本的に『魔力持ち』は、ひとりでいることを好む。他人の『魔力』はそのまま圧になり、居心地が悪く感じるからだ。
だから王族といえど、従僕がつきっきりで身の回りの世話をすることはなく、自分でひと通りのことはやるため、常に人が側に控えることはないのだが……。
いつもなら誰かに起こされる前に身支度がすんでいる第一王子が、まだベッドで休んでいるようだ。
「どうされたんですか、殿下?」
心配になってドアを開けて声をかけても、緋色の髪がちらりと見えるものの、起きる気配がない。そろりと近寄って、顔をのぞき込み……テルジオは叫んだ。
「カ、カディアン殿下!?」
「んぁ……⁉︎」
赤い髪と瞳は同じだが、二歳年下のカディアン第二王子が、テルジオの叫びにびっくりして飛び起きた。
「なんで、ユーティリス殿下のベッドに寝てるんですか!」
「んん……俺は兄上に、たまにはちがう部屋で寝たいからベッドを交換しよう……と言われて」
寝起きのカディアンは、ボリボリと頭を掻きながらぼんやりとこたえる。しかも枕元には『眠らせ時計』が置いてあるではないか!テルジオは一瞬、自分の立場を忘れて毒づいた。
「あんのクソ王子!」
「ひっ、ひえっ⁉︎な、なんだ……?」
この分だと、ユーティリスはとうに島を抜けだしているだろう。テルジオは、寝起きでパチパチと目をしばたいている、彼の弟を見やる。
ユーリのほうがやや高いとはいえ、ちょうど背丈は同じぐらい。色彩も同じ……。
(アイツ、弟をみがわりに置いていきやがった……)
テルジオはあきらめた。ユーティリスを追いかけ、探しだす時間が惜しい。今日中に決めたいことがまだ山のようにあるのだ。テルジオはさっと顔をひき締めた。
「カディアン殿下!朝食をすませたら、いっしょにユーティリス殿下の『立太子の儀』の衣装を決めましょう!」
「えっ、俺なんかがそんな大事なもの、決めていいのか?」
ソワソワしだしたカディアンに罪はない。罪はないが兄の逃亡を手助けした連帯責任ぐらいは、とってもらいたい。
(つか、お前しかいないんだよ……アイツのかわりになりそうなヤツは……)
「……もちろんですよ!ユーティリス殿下をひき立てるような、かっこいい衣装を選びましょう!」
テルジオはにこやかに言った。そう、立太子の儀の準備が進められればそれでいい。
「そうだな!かっこいい兄上をさらにひき立てる衣装か!楽しみだ!」
譲るところは譲っても、実を取る……それがテルジオがユーティリスとのつきあいで学んだことだった。
そして当のユーリは、マウナカイアビーチの中心近くのカフェでぐったりしていた。
「オドゥ……次から次へとナンパするのはやめてください……」
「僕からは声かけてないけど、あっちから声かけてくるのは仕方ないじゃんね。それに、彼女達のめあては僕じゃなく……君だろう?」
ユーリは目と髪の色を茶色に変えている。それでも、生来の品の良さや優し気で繊細な整った顔立ちは、道行く女性たちからの注目をあつめている。
ただ注目を浴びるだけなら、ユーリも慣れているが、話しかけてくる女の子たちは、自分たちのことを聞きだそうとあれこれ聞いてくるし、そのあとの時間をともに行動しようとする。
しかもここは世界屈指のリゾート地、女の子たちも開放的かつ積極的で、貴族の令嬢達のように遠慮がない。
さっきから何度も声をかけられては、軽くいなす……ということが続いている。正直、オドゥがさばいてくれて助かってはいるのだが、ユーリはつい愚痴をこぼしたくなった。
「ネリアたちは『人魚のドレス』を買う……って別行動だし、誘ってもらったのは感謝してますけど……」
「僕も男だけでつるみたくないけどさぁ、ユーリがひとりじゃ心細いだろうし?」
たしかに、ここでオドゥに置き去りにされたら、自分一人では対処に困って途方に暮れてしまうかもしれない。ユーリはため息をついた。
「はぁ……」
「しょうがないなぁ……顔立ちが綺麗なのがいけないんだよ。この眼鏡でもかけてみる?」
オドゥが、自分の眼鏡を外してヒョイと渡してくれたので、ユーリはなにげなくかけてみた。
伊達らしく、見え方は特に変わりない。けれど自分を遠目に見ながらヒソヒソとささやき、近づくチャンスを狙っていた女の子たちの空気が変わった。
(……え?)
「ねぇちょっと……さっきはかっこよく見えたあの茶髪の子……よく見たら冴えないわ」
「うわ、男ふたりでお茶って……キモッ」
「きっとナンパ目的で王都から来てるやつらよ。相手にしないほうがいいわよ、行こ!」
潮が引くように女の子たちの姿が消え、ユーリはずれそうになる眼鏡のブリッジを指で押さえながら、興奮して叫んだ。
「この眼鏡すごいですね!僕、女の子たちからまるで石ころ以下だと言わんばかりの、あんなに軽蔑しきった目で見られたの、はじめてです!」
「うわぁ……その感想、モテない男にはすごい嫌味だね」
「オドゥ、この眼鏡……」
ユーリは眼鏡を浮かして、近くでよく観察する。なんの変哲もない、ありふれた黒縁眼鏡に見える……この術式はいったいどうなっているのだろう。
「欲しい?その眼鏡は父の遺品だから譲れないけど……同じものを作ってあげようか?」
オドゥはコーヒーを飲みながら、のんびりと笑った。
この小説を書き始めた時のイメージは、テルジオはコナ〇の〇木刑事で、ユーリはドラ〇もんの〇木杉君でした。(あくまでイメージです)









