162.ライアスからの『エンツ』
オーランドは元々登場予定は無かったのですが、詳細設定を見直していたらライアスに兄がいたことを思いだしまして。
ようやくリメラから解放されたアーネストは、宰相の件についての事後処理がまだまだ続き、自分の執務室で仕事にはげんでいた。
粛清の対象が広範囲におよんだため、あいたポストをだれで埋めるかという問題もある。ユーティリスの立太子までに新体制を整えなくてはならない。息子に宿題をだされた気分だ。
彼にだされた宿題といえばもうひとつあり……。
そこへ第二王子の補佐官に就任したばかりの、オーランド・ゴールディホーンが旅装をととのえてあらわれた。
文官には髪をのばす者も多いが、オーランドは武門の出らしく金の髪はみじかく刈りこみ、銀縁眼鏡の奥で青い瞳が怜悧な光をはなっている。
「では陛下、私はカディアン殿下を追ってマウナカイアにむかい、テルジオ・アルチニに合流いたします」
「いくのか……テルジオもいるから放っておいてもだいじょうぶだと思うが」
書類から顔をあげたアーネスト国王は、ふだんどおり〝赤獅子〟と呼ばれる堂々とした姿なのに、なぜかしょぼくれてみえる。実際、彼は途方にくれていた。
「ユーティリスたちが戻ってくる前にリメラとの仲をなんとかしたい。いい知恵はないか?」
それくらい自分で考えろよ……と部屋のなかにいただれもが思ったが、実直なオーランドはしばらく考えてこう答えた。
「私が思いますにアーネスト陛下は、それは熱心にリメラ王妃に求愛されたのではないでしょうか」
「したとも、われながら情熱的なプロポーズだった。聞きたいか?」
「いえべつに」
アーネストのプロポーズの言葉についてはするっと流すと、オーランドは続けた。
「ただ王妃様にとってそれがあたりまえのことであったとすると、陛下が通常の状態に落ちついたいまでは、かって熱心に口説かれたぶん王妃様にとっては愛が冷めたようにお感じになるかもしれません」
「俺の気持ちはかわらんぞ?」
オーランド・ゴールディホーンは銀縁眼鏡のつるをくいと持ちあげ、レンズをキラリと光らせた。弟のライアスによく似て長身で妙に迫力のある男だ。
「めでたく恋が成就し婚姻も結ばれ、優秀な殿下がたおふたりにもめぐまれ、はたからみたらなんの問題もないのに、ご夫妻がギクシャクしておられる……その原因をおたずねなのでは?」
「そうだ」
「陛下も王妃様もお気持ちがかわらないのであれば、おふたりのコミュニケーション不足が原因かと」
「毎日顔をあわせているのに?」
アーネストがけげんな顔をしたが、オーランドは淡々と告げる。
「会話や顔をあわせる時間の長さは、判断の基準になりません。私の父は竜騎士で不在がちでしたが、母との仲は良好でした。重要なのは心を通わせておられるかどうかです」
「そうか……」
「ケルヒ補佐官……リメラ王妃付きと連絡をとり、王妃がこのまれる滞在先の手配を。なにかおふたりで取り組むような課題があるとよいでしょう。山登りや工作などでもかまいません」
オーランドの提案にケルヒ補佐官はうなずき、ついでとばかりにたずねる。
「ゴールディホーン……いっそ陛下付きの補佐官にならないか?」
「お断りします。私は十四のときに弟のライアスに吹き飛ばされ、コテンパンにされて以来、己れの分をわきまえることを信条にしております。第二王子殿下の補佐官ぐらいがちょうどいいのです。では失礼します」
キリッと礼をとり、まっすぐに背筋をのばして退室したオーランド・ゴールディホーンを見送ったアーネストは、感心したようにつぶやいた。
「あいつ……すごいな」
国王付のケルヒ補佐官もうなずく。
「以前から補佐官就任を打診していたのですが、ずっと『己れの分でない』と断られ続けまして。今回の騒ぎで『人手不足だから』と泣きつき、ようやく承諾してもらえました」
「あぁ……納得した」
王城からシャングリラ駅に移動したオーランドは、魔導列車で四日かけてマウナカイアに移動するつもりだった。
師団長室の転移陣はオーランドには使えないし、ドラゴンに飛んでもらうほどの緊急事態でもない。
最悪いきちがいになる可能性もあるが、殿下たちはそんなにはやく戻るつもりはないだろう。移動時間をしっかりとったのは、彼らに猶予を与えたようなものだ。
(到着したらテルジオ・アルチニと連携をとりつつ、お言葉どおりしっかり兄弟の仲を深めていただこう)
オーランドは考えながら、無意識に手の関節をポキポキと鳴らす。
竜騎士である父のもとにうまれ、二十二の若さで竜騎士団長にまでなった弟のライアスと切磋琢磨して育ったオーランドは、文官でありながらある意味ガチガチの武闘派だった。
……そう、漢は拳でかたらねば。
夜になり研究所から島に戻ってきたわたしたちは、ロブスターのような甲殻類をまるごと使ったスープに、そのほぐし身のサラダ、魚のフライや、トロピカルフルーツを煮つめたソースを添えたお肉などが用意された夕食に歓声をあげた。
一日別荘で静養したユーリはだいぶ調子がよくなったらしく、復活したキラキラ王子様スマイルでカーター夫人をさっそくウルウルさせている。
食後はお茶を飲みながら、思い思いに二階の談話室で過ごす。こういうときオドゥは率先して動き、みんなが楽しめるよう工夫してくれる。カディアンがユーリを誘いにきた。
「兄上、ゲームをやらないか、オドゥとテルジオが教えてくれるって!」
「僕はいいよ、みているから」
「わたしもいいや」
ゲームを断ったユーリの横で本をとりだすと、、わたしも持ってきたノートに写しはじめる。ユーリがわたしの手元をのぞきこんだ。
「ネリアはそれ、なにを写しているんですか?」
「レオポルドに借りた〝古代文様集〟……魔術師団長室の蔵書だって」
「収納ポケットにも使ってましたけど、古代文様に興味が?」
「興味っていうか……わたしなりのこの世界へのアプローチかな。古代のひとびとの願いが文様にこめられているわけだし」
ひとびとの願いを知ることで、すこしは自分がこの世界に近づけたらいい……。
「エクグラシアの歴史自体は五百年ほど……てことは、文様はもともとはサルジアから伝わったの?」
「国内の少数民族に伝えられる文様もありますよ。でもサルジアからのものも多いかもしれませんね。しらべてみれば共通する文様もみつかるかも」
「そうだね……」
しばらく黙々と写していたら、ユーリがわたしのぶんもカップにお茶を注いでくれる。
「お茶を用意させましたよ、ネリアも飲むでしょう?」
「わ、ありがとう。いただくね!」
わたしが湯気のたつカップを手にとると、ユーリがやさしくわらう。
「ところでネリア、あしたは休日だから研究所にはいかないんですよね?」
「うん、ビーチにいきたいなって思ってるよ」
「あの、僕もいっしょに……」
「ネリア」
ユーリが何かいいかけたところで、ふいにエンツで空中から声が降ってきて、わたしの心臓がドクンと跳ねた。
「ライアス⁉」
「あぁ、俺だ。すまない、驚かせたか?」
「あっ、うん、びっくりしたけどだいじょうぶ。ちょっとまって」
わたしはノートや本をひろげたままにして、遮音障壁を展開するとベランダにでた。
「お待たせライアス、わざわざモリア山からエンツくれたんだね!」
声の破壊力というのか……ふだんシャングリラにいたときは、いくらエンツをもらっても意識しなかったのに、波の音以外は聞こえない静かな環境のせいか、ライアスの息づかいまで感じられるような気がした。
「ああ、そういったろう?なかなかタイミングがつかめなくて……遅くなった」
「ううん、すごいねエンツって……こんなに離れていても、はっきり声が届くんだ……」
マウナカイアビーチはエクグラシアの南端だし、北にあるモリア山とはそれこそ何千キロも離れているはずだ。それなのに目をとじたら、彼がすぐそばにいるみたい。
「そうだな……距離があるようだが」
「いま、ウブルグを海洋生物研究所に送って、そのまま錬金術師団のみんなとマウナカイアにいるの」
「マウナカイアか!もう泳いだのか?」
「ううん、まだ研究所の見学をしただけ。きょうはずっと研究所にいたの。王家所有の島にある別荘に滞在させてもらってるんだ。あ、ねぇそういえばライアス、オーランドさんてライアスのお兄さんだよね?」
「ああ」
「実はいっしょにカディアンがついてきちゃってね。彼の補佐官になったオーランドさんから、あとから合流するって連絡があったの。魔導列車でくるから四日ほどかかるみたいだけど」
「えっ!兄貴が……」
ライアスはそれきり絶句している。
「ライアス?」
「ん?あっ、あぁ……いや、なんでもない。その、俺がこうしてエンツを送っていることは、兄貴にはいわないでほしい」
「うん、それはもちろん……」
ライアスの声がやわらかく耳に届く。
「〝ネリィ〟、マウナカイアは晴れているか?」
「うん、月が綺麗だよ!」
「離れていても……今夜の月をきみといっしょにみたいと思った。月明かりに照らされたきみは綺麗だろうな」
わたしが息をのむと、ライアスが軽く笑う気配がした。
「それじゃおやすみ、話せてうれしかった」
「おやすみなさい……」
エンツをおえると、赤くなったほほを両手でおさえた。すこしベランダで風に当たってから戻らないと赤みがひきそうにない。
「何なのあれ……エンツやばい」
ちょっと甘めに修正しました。