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160.海のそばから世界を考える

更新時間を2時間早めて夜10時にしています。定着するかは分かりませんけれど、しばらくはこれでやってみます。

「巻貝の機動力は、カタツムリのそれに比べると目を見張るものがあるな!やつらは実に能動的だ」


 海洋生物研究所で、ウブルグのテンションは上がりっぱなしだ。昨日からずっと、巻貝のスケッチをしていたらしい。


「カタツムリの食料が、動かない植物であることと関係があるのかもね」


 描きちらされた幾つものスケッチと細かい計算式に、寝てないんじゃないかと心配になるけれど、当のウブルグは生き生きしている。


「そうじゃな!太陽の光が届きにくい海で繁殖する植物といえば海草に藻類、植物プランクトンか……北に比べると南の海では大きな個体は育ちにくいのぅ」


「温かい海水では、水の分子と分子の間隔がゆるくなるから、植物達も体が沈まない工夫をする必要があるのよね」


 わたしとウブルグの会話に、普段おとなしいヴェリガンまで割り込む。ヴェリガンは藻類が入れられた水槽を、食い入るように見つめていた。


「藻類……面白い……光合成で作った酸素を……自分の浮き袋に取り込むヤツもいる」


「藻類が光合成をするようになって、酸素を使って効率的にエネルギーを生みだす好気性の生物が、嫌気性生物を駆逐して爆発的に増えたといわれているの!同じような変化がここでも起きたとすると興味深いわ!」


 わたしとウブルグとヴェリガンで熱く語りあっていると、オドゥが呆気にとられたような声をだす。


「ウブルグはともかく、ネリアまで海洋生物研究所にどハマりするとは……」


「なんで?楽しいじゃん!」


 オドゥは自分の眼鏡のブリッジに指をかけて、残念そうにため息をつくと眉を下げた。


「そうだけどさぁ、僕としてはマウナカイアビーチのお洒落なカフェとか、そういう情報集めてたんだけど?」


「あーうん、ビーチも楽しみだけど、この星の成りたちだって興味あるもん」


 その様子を横目でみていた、ポーリンの助手のカイが、ぼそりと言った。


「あの女、変わってるな……錬金術師って、みんなそんな感じなのか?」


「まぁ、錬金術師のヤツらと普通に会話できているから、師団長なんてやっていられるんだよ」


 オドゥが肩をすくめて応える。なにその残念なヤツみたいな言いかた!でも海への興味があふれすぎて困る!


「海の研究ってあまり進んでないのかな?オドゥは興味ない?」


「僕が関心があるのは、生物よりも海で採れる素材かな。けれど、海には魔物もいるから、本格的な研究はむずかしいんじゃない?」


 ポーリンがうなずいた。


「そうだね……外洋は大型の魔物も多い。サンゴ礁はある意味、外敵から守られた天然の防壁だ。だからマウナカイアはリゾートとして成りたつんだけど……それでも海に入ろうとするのは、『魔力持ち』ぐらいしかいないね」


 どうやら漁師も船乗りも、魔物に対抗できるだけの力を持つ『魔力持ち』であるほうがいいみたいだ。魔術学園の生徒に『漁師』のイメージは湧かないけど、竜騎士の引退後の職業としてはよさそう。一瞬、網を引きながらまぶしい笑みを浮かべているライアスを想像した。うわ、似合いそう。






「海を渡るのが大変だったということは……人類の祖先は、この大陸にもともといたってことかな?」


 気になりだしたらきりがない。地球だったら氷河期で海が凍った時に、氷原を歩いて渡ってきた……とかあるけれど、この世界にも地殻変動とか大きな気候変動はあったんだろうか。星が生きていることを思えば、むしろあったと考えるほうが正解だろうけれど……。


「ええ?どうだろ……エクグラシアの土地は長いこと、ドラゴンが支配する不毛の地だと思われていたからねぇ、歴史でいうなら隣のサルジア皇国のほうが、よっぽど古いよ」


「サルジア……呪術師がいるんだっけ?」


 ユーリが先日追いつめようとしたのは、サルジアの呪術師だったと後から聞いた。


「文明的には長いこと、エクグラシアよりずっと進んでいたよ。魔力は国を治めるために使用し、『魔力持ち』はすべて皇帝に仕えるものとされ、移動の自由なんかも厳しく制限されるんだ。『魔力持ち』は国の資産なのさ」


「ずいぶんきゅうくつそうな国なんだね」


 なんだか、『魔力持ち』には生きづらそうな国だ。


「そうだね、『魔力持ち』は特権階級として優遇されるけれど、国に飼われているようなものだからね……サルジアが衰退したのも、皇族同士の内輪もめに、『魔力持ち』を消費したからだと言われているよ」


 ウブルグもヒゲをなでながらほむほむとうなずいた。


「バルザム・エクグラシアも、元はサルジアの『ドラゴン討伐隊』だったという話だ。『討伐隊』とは名ばかりで、死地への追放処分のようなものだったらしいのぅ」


「追放処分……」


「そうじゃ、ドラゴンを倒しでもせんかぎり、戻ることはできん……バルザムはドラゴンと手を結び、そのままこの地に留まることを選んだんじゃ」


 ポーリンが壁に貼られたエクグラシアの地図を眺めて、口を開いた。


「ドラゴンの庇護下にあって、住んでみれば、未開拓なだけで豊かな土地が広がっていたんだけどね……」


「エクグラシアに人は住んでなかったの?」


 エクグラシアだけでも広大な土地だ。わたしが首をかしげてたずねると、ポーリンが答えてくれた。


「ドラゴンを敬う少数民族は点在していたよ?サルジアから見れば、未開の地の原住民みたいな扱いでね。カイもマウナカイアの『人魚の末裔』といわれる一族だ。おそらくそちらのネグスコも、姓からして『森の民』じゃないかね?」


 ヴェリガンがうなずく。


「タクラ郊外に広がる……樹海に棲む『森の民』の一員……だった。両親は普通に農園を営んでいるけど」


『人魚の末裔』、『森の民』……。


「それぞれ、なにか特殊な力でもあるの?」


「さあねぇ……それぞれの魔力にでやすい『属性』はあるみたいだけどね。『森の民』なら植物と相性がいいだろう?」


「たしかに……」


 自分の眼鏡のブリッジに指をかけてずれを直すと、オドゥがわたしにたずねてきた。


「グレン・ディアレスもさ、エクグラシアの生まれじゃなくて、元はサルジアの出身だって聞いたことがあるよ。ネリアはそれ、聞いたことない?」


「グレンが?聞いたことないや……」


「そう……」


 出身地どころか、家族がいたことすら聞いていない……。たしかに人嫌いで偏屈な人だったけど、わりと打ちとけて話をしていたと思ったんだけどな……。


「オドゥはそれ、だれから聞いたの?」


「だれだったかなぁ……グレンがシャングリラにやってきたのって、アーネスト陛下の前の先代の国王の時だしね……ウブルグは知ってる?」


「ほむ……あやつがかたくなに仮面を取らんもんだから、サルジアを追われた者ではないかという者もおった……じゃがグレン本人はそれについて、なにも語ったことはないのぅ」


 サルジア皇国について聞いてみると、精霊と人が交わったという建国神話を持つ、皇帝を頂点とした大陸の覇者というべき大国だったらしい。


「エクグラシアよりずっと大きい国なんだね」


「まあね。サルジアは『呪術師』が有名だけど、皇帝の周りにはほかにも『傀儡師』や『死霊使い』がいて、その治世を支えていたというよ。もっとも今では『傀儡師』と『死霊使い』は失われてしまったけれど」


「くぐつし?」


 また聞き慣れない単語が出て来て、わたしが聞き返すと、オドゥが教えてくれた。


「『傀儡師』……『人形使い』とも言われているね。グレンは元々はサルジア皇帝に仕える『傀儡師』だったんじゃないか……と言われているよ。ネリアも知っておいたほうがいいんじゃない?」


「えっ、でもそれが事実だとしても、何十年も前のことでしょう?」


 サルジアの皇帝を支えた『呪術師』『傀儡師』『死霊使い』と、エクグラシアの国王を支える『魔術師』『錬金術師』『竜騎士』……なりたちもその性質もまったく違うのに、なんだか似たような構成だ。


 師団長室にいるソラの、人形としての身体を考えれば、グレンが『傀儡師』ではないか……という推測もうなずける。けれどそれは、いまのわたしには何の関係もないことのように思えた。


「もしそれが事実だとしたら、サルジアの皇帝はきっとネリアにも興味を持つだろうからさ」


 オドゥは眼鏡の奥のその深緑の目を細めて、すこし困ったように優しく微笑んだ。

ありがとうございました!

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[一言] 死霊術の方が可能性ありそうだけどね
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