158.海洋生物研究所
今年最後の投稿になります。
巣ごもりに備えて『カタン』、『ポイズン』、『パッチワーク』の3種のボードゲームを買いました。
『カタン』は面白いし、『ポイズン』と『パッチワーク』はジャケ買いですが、可愛らしくて楽しいゲームです。オススメですよ。
「ネリアさん、出発しましょう!『海洋生物研究所』へ!」
テルジオの声かけにうなずき、わたしは師団長室の長距離転移魔法陣に魔素を流しこむ。イメージとしては、フタをちょっとずらすだけ……それだけでじゅうぶんだ。魔法陣がまばゆく光り、次の瞬間にはまわりの空気の温度と湿度が変化したのがわかった。
ザザーン……。
波の音と潮のかおり……設定した座標にくるいはなく、ぶじ『海洋生物研究所』へ到着したにちがいない。マウナカイアでは悪目立ちする仮面は封印だ。リゾートを楽しむのだ!
「ようこそ、エクグラシアの誇る『海洋生物研究所』へ!……といっても所員は所長の私ポーリン・リヴェと助手のカイ・ストロームの二名だけですが」
にこやかにわたしたちを出迎えたのは、オレンジ色の髪をたばね、日に焼けた笑顔がまぶしいリヴェ所長だ。
カイ・ストロームは褐色の肌にあざやかなエメラルドグリーンの瞳をもつ青年だった。
長めの明るい緑の髪は後ろでざっくり結び、左に垂らした前髪をいくつもの束にわけ編みこんでいて、なかなかオシャレさんだ。
研究所の助手というよりも、ボードを持ってビーチを歩くほうが似合いそうだ。
「錬金術師団長のネリア・ネリスです。ウブルグ・ラビルがお世話になります」
そのままそれぞれに挨拶をかわし、ウブルグの荷物を彼の部屋に運びこむ。海洋生物研究所は、もともとは大きな灯台だったらしく、所員のふたりは灯台守も兼ねているらしい。
「歓迎しますよ、ウブルグ。私のことは『ポーリン』でかまいません。研究所のほうはともかく、灯台守の仕事は毎日休むわけにもいかなくて。人数の増員は大歓迎です!」
「ほむ⁉︎」
がっしと力強くポーリンがウブルグと握手し、彼は自動的に、『灯台守その三』になることが決定した。
「しかしみなさんこんなに大勢でおみえになるとは……どうです?みなさんも灯台守になりませんか?あははは」
豪快に笑うポーリンに、うずうずしていたわたしは聞いてみる。
「海を見に行ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ!カイ、ネリス師団長を案内してさしあげて!」
人は空にあこがれるのと同じくらい、海にもあこがれるんじゃないだろうか。
このひろい海原にこぎだして、まだみぬ果てしない世界に行ってみたい。
みんながウブルグの研究室の片づけを手伝っているあいだ、助手のカイはわたしを、灯台の足元の岩場に案内してくれた。くいいるように海をみつめるわたしの横顔にむかって、不思議そうにカイがたずねる。
「海ははじめてか?」
「はじめてじゃないけれど……ここにくるのははじめて……」
懐かしい潮の香り……地球の海とそんなに組成は変わらないんだろうか。
わたしは手を海水にひたし、それからその手をなめてみる。
「……しょっぱい」
「あたりまえだろ」
自分でも思いもしなかった涙が、急にあふれてポロポロとこぼれ、隣にいたカイがギョッとしたような声をだした。
「どうした!泣くほどからかったか?」
「わからない。わからないけど……なつかしい感じがする」
「なつかしい……」
『母なる海』というぐらいだ……この世界の生命の起源も、海にあるのだろうか。涙がとまり、ようやく立ちあがったわたしに手を貸しながら、カイがたずねる。
「なあ、あんた……本当に人間?」
「えっ?うん、そうだと思うけど……」
返事はなんだか、自信のないものになってしまった。けれど、カイという青年が考えていたのは、まったくべつのことだったらしい。
「このへんには人魚伝説があるから……あんた海をなつかしがっているし、もしかして……」
「わたしが人魚かも……って?それはぜったいにないよ!」
なにその人魚伝説……めっちゃ気になるよ!カイにくわしく聞きたいけれど、むこうはさらに食いさがった。
「そうか……忘れてるだけってことはないか?」
「そんなことないよ」
「ネリア!」
そんな会話をしているところに呼びかけられて上を見ると、ユーリやアレクが灯台からわたしをみおろし、手をふっている。
「絶景ですよ!ネリアも上がってきませんか?」
「本当?いま行くね!カイ、連れてきてくれてありがとう!」
そのまま腕輪からライガを展開し、浮かび上がってユーリの側まで飛んでいく。カイがおどろきに目をみひらく。
「空を飛んだ……⁉︎」
柵からさしだされたユーリの手をとり、展望室に降りてライガをたたむ。岩場でぼうぜんとしたままのカイに手をふると、みんなといっしょに灯台の見学をした。
灯台には炎と風の魔石が使われていて、太陽や風の力をたくわえて、夜になると光るようにできているらしい。
「この辺は岩礁がおおいので、座礁防止のための灯台なんだそうです」
「魔導ランプの灯りって、にじむようにひろがるけれど、まっすぐ進まないよねぇ……遠くからも見えるの?」
「それはだいじょうぶです。魔導船も灯台の位置を感知する魔道具を積んでいますから……たまに人魚が灯台をまねて船を惑わすこともあるらしいですが」
音波標識みたいなものかな……っていうか、ここでも『人魚』ということばが当たり前に使われている。
「人魚!カイもこのあたりに人魚伝説があるって言ってた……人魚っているの?」
わたしはびっくりした。けれど精霊もいる異世界なら、人魚がいたって不思議じゃないのかも。
「ネリアは生命の起源が海にある事は知っていますか?人間と精霊の境がまだ曖昧だったころの話ですけどね……海の精霊を愛し、海に留まることを選んだ者が人魚になった……という伝説があります」
「へえええ!もしかして海洋生物研究所って人魚を研究しているの?」
わたしの質問には、ポーリンが豪快に笑いながら答えた。
「あはは、師団長はロマンチストだね!あとで水槽を見てみるといい、ふつうに海洋生物を研究しているよ!本当は船も欲しいけれど、予算がね……」
そのまま研究内容についてポーリン所長と話をしていると、テルジオが声をかけてきた。
「とりあえず、ラビルさんの荷物は研究室に収まったので、今日はもうみなさん宿泊施設に移動しませんか?日没後は船の航行は危険なので」
「船で移動するの?」
首をかしげて聞き返したわたしに、テルジオが説明してくれる。
「一度行ってしまえば、後は転移で自由に行き来できると思いますが……急な話だったので、ひとまず王家所有の島にご案内させていただきます」
……島⁉︎王家所有の島⁉︎おもわずユーリのほうを見ると、彼も苦笑した。
「僕も手配はテルジオにまかせたので、くわしくは知りません」
「僕達、海辺の宿とかでいいんだけど……」
オドゥが眼鏡のブリッジに手をかけてそういうと、テルジオは渋面のまま答えた。
「安全対策を考えたら、島の方が確実なんだよ!プライバシーも守られますし……」
「……だってさ、ネリアもそれでいい?」
「あっ、うん……何も考えていなかったから助かるよ……そういえば十一名もの団体だものね」
ウブルグは早速研究所の自分の部屋で寝られるとして、やっぱりいきなり無計画にでかけるのはまずかった……と反省する。泊まる場所のことなんてまったく考えていなかったけど、カーター夫人やメレッタやアレクもいるのだから、ちゃんとしたところに泊まりたい。
「だいじょうぶだよ、僕がいくらでも抜けだしかたは知っているし、ちゃんと楽しめるよ」
「オドゥ……殿下は海辺での静養にいらしたのだ!島を抜けだすなど、言語道断だからな!」
テルジオに聞きとがめられたオドゥは、軽く肩をすくめる。
「うーん、ネリアにきちんと静養するよう命じてもらえば、ユーリも聞くしかないんじゃない?」
「えっ……それは……」
ユーリが不本意そうな声をだしたが、テルジオはずいっとわたしにせまってきた。
「お願いします!ネリアさん、バシッと殿下に命じてください!」
それはもちろん、わたしだってそう思う。ユーリは人に弱みをなかなか見せないけれど、ここで無理をさせるわけにはいかない。
「もちろんだよ!ユーリ、島でしっかり静養すること!いい?」
「……はい」
ユーリは恨めしそうな顔でオドゥを見たけれど、オドゥは「これで、テルジオ先輩も安心だね!」と、人のよさそうな笑みを浮かべただけだった。
テルジオはホッとしたような顔であちこちに『エンツ』を飛ばし、やがて迎えにきた船に乗って、わたし達一行はウブルグひとりを研究所に残し、王家所有の島に向かう。
トビウオのような魚の群れが船と競走するように海を飛び、アレクとメレッタが歓声をあげる。明るい色の海に、ここが南国なんだと感じた。









