154.衝動と拒絶
4章完結は、12月5日更新の第156話の予定です。
完結しましたら、またしばらくお休みします。
レイバートから『研究棟』に跳んだレオポルドの目にとびこんできたのは、ちょうどライアスがネリアから身を離したところだった。
それはレオポルドの位置からは、恋人同士がキスを交わしたばかりのようにみえ、彼はその場に立ちつくした。
自分の魔力をすべて使い果たし死んだ人間に、星の魔力をつなげることで、死から呼びもどすことができるという。
あれが、死者だと?
そんな馬鹿な……。
だがもしもグレンがだれかを生き返らせるとしたら……。
まさか……。
彼女にあって確かめたかった。だが、確かめてどうする……?
グレンはもう死んだ。新しい人生を歩んでいるようにみえる娘に、これ以上なにをするというのだ。
娘はライアスの上着に身をつつんだまま彼を見送り、しばらくその場にたたずんでいたが、ふとレオポルドがいるのにきづいて目をまるくした。
「レオポルド?」
娘はおどろいた様子でゆっくりと近づいてくる。
レオポルドは死んだ母に似ているという、娘の顔を凝視したまま動けないでいた。
グレン・ディアレスの嘲笑が聞こえたような気がした。
―どうした?しばられたままでいいのか?―
娘はたちどまると心配そうにレオポルドをみあげ、そして手を伸ばしてきた。
― ずっと一緒にいると誓ったのだろう?お前だけか?―
「あの……どうしたの?」
―その手を捕らえて男の上着をはぎとり、娘にもおのれのものだと誓わせろ―
突如自分のなかから湧きおこった衝動に愕然として。
それは『恋』というには乱暴で、いっさいの拒絶も妥協も許さず。
(やめろ!手をのばすな!)
「さわるな……!」
のばされた手を、乱暴にはらいのけた。
わたしが近づいても、レオポルドは微動だにしない。
月の光を浴びて立ちつくす貴公子姿の彼は、銀の髪のサイドを綺麗に編みこんで、紺色のリボンでたばねているせいか、端正な美貌がはっきり見えている。
彫像のように動かない彼は、まるで彫刻家が丹精こめて創りあげた芸術品のようで、息をとめて見つめていたいほどの美しさだ。
けれど彼の様子がおかしい。
わたしは不思議に思い、彼のその黄昏時の空を思わせるような薄紫の瞳をのぞきこむ。
「あの……どうしたの?」
「さわるな……!」
のばした手は、乱暴にはらいのけられた。指先に感じる痛みが、彼の拒絶が現実のことだと教えてくれる。
あぁ、そうか……さわられたくないよね。わたしはのばしかけた手をもう片方の手で握りしめるようにつつみこむと、自分にひき寄せた。
「ごめんね、わたしはあなたにとっては、生きているか死んでいるのかもわからない、不気味な女だよね……」
彼がハッとしたようにこちらをみた。
「ちが……」
彼が口をひらいたが、わたしはそのさきの言葉も聞かず転移して、『居住区』へかけこんだ。
帰ってきたわたしをみて、ヌーメリアが目をまるくし、そしてほめてくれた。
「ネリア、お帰りなさい!……まぁ、なんてきれいなの!アレクはさっき寝てしまったの……みせてあげたかったわ!」
「ほんとう?ありがとうヌーメリア!どうかな?」
わたしがくるりと回るとドレスがひるがえり、ヌーメリアが優しくほほえむ。
「ネリモラの花の妖精みたいよ……食事は楽しかった?」
「ええ、とっても!タクラ料理はすごくおいしかったし、ライアスはとってもかっこよかったし、最高!」
「よかったわ……体調もだいじょうぶみたいね」
おととい倒れたときは、彼女にもずいぶん心配をかけてしまった。レオポルドに薬を飲まされて落ちついた後は、彼女が面倒をみてくれたのだ。
「脱ぐのはもったいないけれど、お風呂はいってきちゃうね!髪を結っているから、すこし頭が痛いの」
「ええ……いってらっしゃい」
ソラにライアスの上着とネリモラの花飾りをあずけて鏡のまえにたつと、鏡のなかには赤茶色の髪に黄緑の瞳の、蜻蛉の羽のようなドレスをまとった妖精のようにかわいらしい女性がいた。
「ふふっ、魔法みたい」
口角をあげてみれば、鏡のなかの赤茶の髪に黄緑の瞳の女性も、はにかんだ笑みをかえす。でもこれはわたしじゃない。ほんとうのわたしは……黒くてまっすぐな長い髪に、黒い瞳で……。
グレンが用意したこの色のほうが、この世界に違和感なく溶けこめるのは分かっているけれど。
骨格は以前と変わりないはずだけど、色がちがうだけで印象がまるでちがって別人みたいだ。
ここにいるのはだれなんだろう……ああ、ネリアとかいったっけ……。
わたしは鏡にうつる女性の目と髪の色を、頭のなかで黒く塗りつぶしてみたけれど、そうするとこんどはドレスと色があわないようなきがする。
浴室にはいり魔導ランプの灯りをすこし落とすと、水面にランプの金色の光が踊る。まるでさっきまでいたレイバートからながめた川の水面のようで、夢のように美しい光景を思いだす。
美味しい食事に酔わせるお酒、川向こうに浮かびあがる王都シャングリラの幻想的な夜景。なにもかもが夢のようなひとときだった。
ドレスを着るのはすごく恥ずかしかったけど、『ネリア・ネリス』はとても楽しんですごしていた。
よかったね、ネリア……。
魔素の光が飛びかい、魔導ランプに照らされて金の髪が輝くライアスは、うっとりするほどかっこよくて。明るく笑う低い声、おどけた仕草、優しくほそめた青い瞳のその奥には、ネリアへの熱がたしかにあって。
わたしのむきだしの背中は、彼にかけられた上着のぬくもりに、ほっとしたのを覚えてる。
なのになぜいま、払いのけられた指がしびれたように痛むのだろう。
こわばったままの、彼の顔を思いだす。
「あさはかだったな、わたし……返せないレイメリアの魔石のかわりに杖を作ろうなんて」
『塔』の師団長室で夜ひとり月を見あげる彼をみたとき……なぜ、彼がグレンのように『孤独』だとおもったのだろう。
彼自身は公爵家でたいせつにあつかわれていて……美しい許婚までいて。
彼を心配する必要なんて、なかった。
わたしがいくらきれいによそおったって、彼にとっては『異分子』でしかない……もしくは『化け物』か……。
さわられたくない、と思うほどの……。
……わたしだってできることなら、『松瀬 奈々』として生きたかった。
星の魔力なんていらない。
転移魔法だって使えなくてもいい。
そんな力があるのなら、あの世界で生きて、みんなで高校を卒業したかった。
この世界にだれがいるの?
すきな漫画やゲームやテレビの話ができる人が!
もうみんな、夢でしか会えない……。
だんだん、みんなの声も、どんな顔だったかすらも思いだせなくなっていく。
そのうちに、『松瀬 奈々』だったことすら忘れてしまいそう……。
この世界に溶けこめるなら……忘れてしまえるのなら、忘れてしまえればいいのに。
それでも故郷は離れているからこそ恋しいのか、忘れたりしたくない。
自分のなかでだいじな思い出として息づいている、わたし自身の芯の部分。
わたしのなかの『松瀬 奈々』を失いたくない。
けれど、『松瀬 奈々』を知る人は、この世界のどこにもいない。
すべてがうたかたの夢ならいいのに。
『いいか、ネリア、『我慢』をするな。それはお前の生きる力をそこなう』
わかってる。わかってるよ、グレン。
「だいじょうぶ、わたしはまだ『生きたい』と思っていられる」
だから我慢せずに、いまやりたいことをやる。
わたしは遮音障壁を展開すると、声をかぎりに思いっきり泣いた。
ネリアの本名がようやく出て来ました。









