153.ユーリの癇癪、サリナの純真
複数視点となります。
なお4章完結は、12月5日更新の第156話の予定です。
王城の奥宮では、ユーティリス・エクグラシアが父たちにむかい、ブチ切れていた。
「あのさぁ、僕がネリアを口説きおとすとかプロポーズするとか……なにか決定打を打ってからにしてくれよ!」
『立太子の儀』の準備をするまではいい。だが、ユーティリス本人がネリアを口説きおとすまえに、ネリアを囲いこむような動きはしてほしくない。
「プロポーズって……兄上、そこまで考えてたのか⁉」
おどろくカディアンに、ユーティリスは憮然とした顔で言いかえした。
「僕はお前とちがって成人しているんだ。将来について考えてたっておかしくないだろ!」
「そ、そうか……ネリアが俺の義姉上に……」
「なんで、お前がそこで顔を赤らめるんだよっ!」
アーネストが必死になだめた。
「だから、みなでお前の初恋を応援しようと……」
元凶はお前か!ほっとくと『ユーティリスの初恋みまもり隊』ができそうな雰囲気に、彼の堪忍袋の緒が切れた。
「そういうの、ホント、死ぬ気でいやだ!だいたい、初恋ってなんだよ⁉そんなの学園時代にとっくにおわってるよっ!」
「なんだと⁉それは、初耳だぞ!」
「いうわけないだろっ!もうホントやだ、この家族……」
自分が恵まれたうまれなのもわかっている。人望があり頼もしい父、美しく優しい母、兄をしたう素直な弟……自分の家族が多くのひとびとから羨望のまなざしでみられることも。
それでもいやなものはいやだ!ユーティリスはグシャグシャと、自分の緋色の髪をかきみだした。
「狩りは追いつめてしとめるまでが楽しいんだよ!獲物をしとめやすいように周りから追いこまれても、楽しくないんだよっ!」
「兄上……かっこいい……」
「ユーティリスも大人になったんだな……」
キラキラした目を自分にむけてくる父と弟を見ながら、なにがいやって王族の宿命とはいえ……お前らと色がおそろいっていうのが、いちばんいやだ!……とユーティリスは思った。
リメラ王妃は自分の執務室で魔道具ギルド長アイシャ・レベロと相対していた。
「……これで私の話はおわりだけど、魔道具ギルド長の私としては、リメラ、あなたみたいに王城に持っていかれたくはない人材だわね」
「そう……それは、そばで見ているユーティリスにはさぞ鮮烈だったでしょうね……アーネストは、そういうところは目端がきくのよね」
ネリア・ネリスに関するアイシャの話を聞きおえ、リメラは考えこむようにつぶやいた。
「そうよ、ほんとムカつく……あの男!あなたのときも……レイメリアに興味があるフリして、めあてはあなただったなんて」
夫への悪口をブツブツつぶやく親友に、リメラは苦笑した。
「それは、レイメリアも協力してくれたから」
レイメリアとリメラとアイシャは学園時代の親友だった。レイメリアは自分が盾になり、アーネストの婚約者候補のような顔をして、リメラとアーネストが想いをはぐくむのをひそかに応援してくれていた。
「彼女がいてくれたら……とおもうわ」
「リメラ……」
おとなしくて引っこみ思案だった自分をいつもはげまし、アーネストとの恋に飛びこませた親友。彼女には一途に思う相手がいるのは知っていたが、彼女が成人してすぐ起こした行動には、あっけにとられたものだ。
「どちらにしろネリア・ネリスをデビューさせてお披露目しなくては話にならないわ。ユーティリスの立太子の儀にあわせた夜会にむけて準備させるつもりです」
「あまり気がすすまないみたいね、リメラ……」
「……裏表のないあの娘の性格は気にいっています。あの娘が仮面をはずせば、ウワサの多くは払拭されるでしょう。けれど……」
リメラはふいに顔をあげた。
「彼女は何者なの?グレンのもとにいたという彼女は……どうして、レイメリアに似ているの?」
その問いには、アイシャ・レベロも答えられなかった。
レイバートにいたレオポルドは、耳を疑ってもういちど聞きかえした。
「いま、なんと……?」
公爵夫人がもういちど説明する。
「さきほどのネリィさん、アルバーンゆかりのお嬢さんかもしれないといったのよ。緑の瞳は、アルバーン領の出身に多いから。ニルスもサリナも、あなたの母のレイメリアもそうだもの」
レオポルドは、とまどうように反論する。
「母は赤い瞳で……」
「それは『王族の赤』をまとったあとでしょう?少女のころの彼女は、赤茶の髪にペリドットのような黄緑の瞳よ……さきほどのネリィさんみたいな」
それはつまり、グレンが知るレイメリアの『色』で……。
公爵夫人はもともとアルバーン家の親戚筋の出身で、レイメリアの顔も知っている。アルバーン公爵がうなずく。
「それは私も思った。ほそい小柄な体に可憐な風情が姉上によく似ておって……一瞬姉上が戻ったかと錯覚したぞ」
いきおいよくレオポルドが立ちあがったので、室内にいた全員がいっせいに彼をみた。
「レオ兄様?」
「用事を思いだした……失礼する」
いうなり彼は転移して消え、あわててベルニ・レイバートが走りよった。
「あの、レオポルド様は?なにか粗相がございましたか?」
「気にするな、いつものことだ」
アルバーン公爵は、そういってレイバートを下がらせ、ため息をついた。
「あやつの気難しいところは、ほんとうに父親にそっくりだ。すこしは姉に似ておれば、父もかわいがったものを」
「それはレオポルドのせいではありませんわ。先代の彼への態度はひどすぎました……母をなくしたばかりの幼い子にたいする仕打ちとしてはあんまりです」
公爵夫人が夫をたしなめ、サリナは首をかしげた。
「お母様、どういうこと?」
「おじい様はレイメリアを……レオポルドのお母様を溺愛してらしたから、レオポルドをひきとったあと、グレン・ディアレスによく似たあの子に大層きつくあたられたの」
サリナはおどろきに目をみひらく。
「そんなこと、わたくしちっとも知らなかったわ。おじい様はわたしくにはとてもお優しかったもの」
「わたくしたちが領主館へ移るまえのことよ……それなのに、その魔力はおしいと思われたのね……サリナが生まれてすぐに許婚となるようさだめられて」
「そうでしたの……」
「だからレオポルドはおじい様が亡くなられたときも、アルバーン領に帰ってこなかったでしょう?」
サリナ・アルバーンは心を痛めた。六つ上の従兄は、天使のようにきれいで物静かな少年だった。サリナはよく絵本を読んでもらった。魔術学園に入学後、彼はまったくアルバーン領に帰ろうとせず、先代の葬儀のときすら戻ってこなかった。
サリナが魔術学園に入学するために王都にやってきて、シャングリラの公爵邸でふたたび会ったレオポルドは、すでに天才とよばれ、最年少で魔術師団長に就任することが決まっていた。
流れるような銀の髪に、黄昏時の空をおもわせるような神秘的な薄紫の瞳……姿は精霊か女神のように美しいのに、その面差しに軟弱なところはなく意志の強さが感じられ、サリナは年上のいとこの成長した姿にみとれた。
とはいえ魔術師団に勤務するレオポルドと、魔術学園に通い休みはアルバーン領に帰省するサリナが、一緒にすごせる時間はそう多くなかった。レオポルドが載っている王都新聞の切り抜きを集めていたら、「すてきな許嫁がいてうらやましいわ!」と、同級生たちにからかわれたものだ。
当時赤ん坊だったサリナには、許婚といわれてもピンとこないが、レオポルドのことは大好きだ。なにより公爵夫妻が乗り気だ。
卒業後はほかの学園生たちのように就職させず、娘を領地にもどし領地経営を学ばせたのも、レオポルドに女性の影がみえないいま、サリナに悪い虫がつくのも防ぎたかったのだ。
きょうのサリナは領地から王都にでて久しぶりに、大好きないとこにたっぷり甘えようと思っていた。彼女は空いたままのレオポルドの席を、残念そうに見つめた。
「わたくしは、レオ兄様を大切にしますわ……レオ兄様が大好きですもの」
「そうね、あの子には幸せになってもらいたいわ。サリナがあの子を幸せにしてあげてね」
公爵夫人はそういってほほえんだ。
レオポルド、がっちり外堀を埋められてました…。