151.レイバートの店
よろしくお願いします!
レイバートのバルコニーは川にせりだすようにつくられており、魔素の光が水面に映るなか、あかりを灯した船が川を行き交うようすを、一望できるようになっていた。
光のなかを行き交う船のおぼろげなあかりのむこうには、王都シャングリラの夜景がひろがっており、さらにそのむこうに王城が、夜空に浮かびあがるようにそびえ建っている。
やがて昼と夜のはざまの、魔素が舞い踊るわずかな時間がおわると世界は闇にしずみ、川むこうの王都が光の海のように、夜の闇にくっきりとうかびあがった。
華やかでにじむような幻想的な魔導ランプのあかりは、蛍光灯やLED照明のようなハッキリしたあかりではなく、建物をつつみこむように温もりのある柔らかな光をはなっているため、都会であるにも関わらず無機質な印象を感じない。
「きれい……なんていったらいいの……言葉もないよ!」
ベルニ・レイバートがにっこりと笑う。
「ネリィ様のその笑顔が、私どもにはなによりの褒め言葉でございます……どうぞごゆるりとおくつろぎください」
さっそく食前酒がはこばれ、ライアスとわたしは杯をかわす。きたくないとか思ってて……ごめん!こんなことならしぶるんじゃなかった。ニーナの用意してくれたドレスのおかげで、気おくれすることもない。わたしはほっとして、ライアスに笑みをむけた。
「すごい……圧巻だね、この夜景……」
「喜んでもらえてよかった。でも俺は夜景よりも、きみの美しさから目が離せないけどな……ほんとうに綺麗だ」
あやうくわたしは食前酒にむせるところだった。ちょっとまって!ライアスがいつものライアスじゃない!
わたしとしては、『海猫亭』のカウンターで二人ならんで座って、豪快にムンチョのから揚げやター麺をパクついていたときの彼のほうが、接しやすいんだけど!
「ネリィはすぐ真っ赤になるな……いまの俺にはふたりの間のこのテーブルさえ邪魔に感じるよ」
魔道ランプのあかりに照らされた金の髪の美丈夫はくすくすと楽しそうにわらい、わたしをますます赤面させた。
「……そうすると、『海猫亭』で働いていたのは、錬金術師団の仕事の一環だったのか」
「うん!おかげで新しい調理用魔道具が普及しそうだよ。みんなが使ってくれたらうれしいな」
「すごいな、大活躍じゃないか」
タクラ料理が運ばれて食事がはじまると、ライアスもいつもの調子にもどり話がはずんで、わたしはほっとした。
わたしたちの前にはうすく切って湯引きした白身魚を酢と数種のスパイスであえ、柑橘系の汁を絞り塩をふった、さわやかで涼感のある一品がおかれた。ライアスの食べっぷりは、こちらも見ていて気持ちがいい。
「でも、あのときライアス固まってたよ?」
「いや、それはいろいろと衝撃で」
ライアスは苦笑する。『グリドル』と染めぬかれた『はっぴ』という奇妙な布切れをまとったネリアの、その下のショートパンツから伸びたすらりとした脚がまぶしかったなんて、口が裂けてもいえない。
「俺は父親も竜騎士で、竜騎士になる以外の将来を考えたことはなかったが、ネリィはそんなことはないのだろうな、とおもったんだ」
「そう?」
「変な意味じゃなく、きみは錬金術師になるべくしてなったというより……むしろきみが望めば、錬金術師以外の道もひらけるのだろうな」
「そうかな……魔道具師になろうかとおもっていたこともあったけど、ほかはなにかできるかな……」
「ほんとうに……いまのきみは、いつも錬金術師の白いローブを羽織り、仮面をつけて働いている師団長だとは……とてもおもえない」
ライアスがふたたび熱のこもった視線をむけてきたので、わたしはナイフをとり落としそうになる。
「あの……ライアス、あんまりみつめられると、食事の味がわかんないんだけど……」
「すまない、許してくれ……俺はきみをみつめていたい」
ニーナさぁん!このドレス、『チャム』の文様、三十個ぐらいつけたんじゃないの⁉
「でもタクラ料理、ほんとうにおいしい!海のものって……ほっとする。とくにシンプルな塩焼きとかは、故郷で食べた味をおもいだすの」
わたしがしみじみとメブレイという白身魚の塩焼きを味わっていると、ライアスがたずねた。
「ネリィの故郷は海のちかくなのか?」
「うん……」
「そうか、俺はうまれもそだちも王都だからな……竜騎士になってはじめて、あちこち出かけるようになった」
それ以上はふれず、ライアスは新しいお酒をついでくれた。
「その魚には、この辛口の白があうんだ……」
わたしは言われたとおり、お酒を口に含んでおどろいた。
「ホントだ!あうね……お魚のうま味がハッキリわかる……えっ、こんなに変わるんだ……」
「だろう?」
「すごい……おいしいものがいろいろあって……それにあうお酒の種類もたくさんあって……なんだか大人って……たのしいね!」
「俺はたのしそうなネリィを見ているのが、たのしくてしかたがない」
「もぅ!ライアスってば酔ってるでしょう!」
「まさか!このぐらいの酒で酔うことはない……俺が酔っているとしたら、きみの美しさにだ」
まっすぐにこちらを見つめて爽やかにいいきるの、やめてー!ほほの赤みは酔いのせいなのか、ほてりのせいなのか、わからなくなった。
ライアスも明日の遠征の出発に備え、今夜は竜騎士団の宿舎に泊まりこむらしい。食事をおえると『研究棟』のいりぐちまで、わたしを送ってくれることになった。
席をたつとライアスがすっと上着をぬぎ、「ネリア、これを……」といいながら、わたしの肩にかけてくれた。
「わ、ありがとう」
「君の素肌をこれ以上、他人の目にさらしたくないからな」
ニーナのいっていた「あとはライアス・ゴールディホーンにまかせましょう」って……ああ!こういう事⁉
ふたたびライアスのエスコートで階段をおり、転移のための『結着点』にむかうと、なんだかバタバタと騒がしい。
「あ!ライアス様……少々おまちください。ただいま転移してこられるお客様が……」
「ああ、わかった。ネリィ、すこし待とう」
やがて『結着点』に夫婦とおもわれる、壮年の男女があらわれた。ベルニ・レイバートがうやうやしく彼らにむかって頭をさげる。
「これは……アルバーン公爵閣下!」
「すまんなレイバート、レオポルドのせいで遅くなった」
……えっ、アルバーン公爵⁉
おどろく間もなく『結着点』にあたらしく、もうふたつの人影があらわれる。それはわたしがいま一番会いたくないと思っていた人物で。
レオポルドはいつもの黒いローブ姿ではなく、貴公子然とした夜の正装で、普段は垂らすか簡単に結ぶだけの銀髪も、サイドをすっきりと綺麗に編みこみ、紺のリボンでたばねている。
そして彼に寄りそうのは、金糸のぬいとりのある、オフショルダーの光沢のある深緑のドレスを着て、ながい蜂蜜色の金髪をハーフアップにし、おおきな緑の瞳をかがやかせた美しい女性。
彼女には奥宮で会ったことがある。公爵令嬢サリナ・アルバーン……レオポルドの許婚といわれる、彼のいとこだ。彼女のほうは、わたしがネリア・ネリスだとはわからないだろうけれど。
「おお!ゴールディホーン竜騎士団長ではないか!偶然だな!」
彼らの手前にいるアルバーン公爵が、ライアスをみつけ声をかけてくる。
「アルバーン公爵!ごぶさたしております」
にこやかに応じるライアスの横で、わたしはレオポルドの凍りつくような視線にさらされ、動くことができない。彼はわたしの姿を認めるなり、はじめて天空舞台に降りたったときと同じぐらい、とてもけわしい顔でわたしをにらんできた。
彼の前にたつアルバーン公爵は、ついでわたしに目をとめた。
「これは……!なんと可憐な……ゴールディホーン、いままでどこに隠していたのだ?」
「まぁ!なんてかわいらしいかたなの⁉」
公爵のうしろでサリナ・アルバーンがおどろきの声をあげると、わたしに近寄ってきた。
「どうかわたくしと、お友達になっていただけないかしら!」
「これ、サリナ!無作法だぞ!……失礼、娘のサリナはまだデビュー前でしてな」
ライアスは堂々と、だがきっぱりとした態度でわたしを公爵に紹介した。
「ネリィです……それ以上はいまはご容赦ねがいます。ネリィ、アルバーン公爵夫妻とサリナ・アルバーン公爵令嬢……次期女公爵だ。レオポルドの紹介は……必要ないな」
「……ネリィです、よろしくおねがいします」
わたしはなんとか、笑みをかえした。
『大人』って自由で楽しいです。もちろんその分責任も増えますけどね。









