150.ニーナ&ミーナの店からレイバートへ(ライアス→ネリア視点)
第150話です!連載開始から5ヵ月経ちました!
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ネリモラの花飾りを手に、『ニーナ&ミーナの店』へやってきたライアス・ゴールディーホーンは、店で待っていた妖精のような娘を前にして、すぐに言葉がでてこなかった。
もともと、ネリアのことは「かわいい子だな」と思っていた。そうかと思えば小柄な体にはにあわないほど強気で大胆で……そんなところも気にいっていた。
貴族令嬢のように変にきどったところもなく話しやすいし、クセの強い錬金術師たちをたばね、師団長としてがんばっている彼女を好ましいと思っていた。
ほかに取られたくない……と思うていどには、彼女への好意も自覚していた。
(これは、だれだ……?)
『ニーナ&ミーナの店』で彼を待っていた娘は、よく知っているネリアで間違いないのに、ライアスはまったくみしらぬ女性に出会ったような感覚に襲われた。
ほっそりとした小柄な体を覆い隠していた白いローブはとりはらわれ、蜻蛉の羽のようなドレスを身にまとい、華奢な肩をさらした娘は、触れればこわれてしまう砂糖細工のようだ。
目尻にさした赤みが黄緑色の瞳をひきたて、恥ずかしそうにほほを染めているところが、よりいっそう彼女の可憐さをきわだたせている。
赤茶の髪は艶をだし綺麗にまとめられ、少しこぼれるおくれ毛がいかにも頼りなげで、心もとない。
白くてほそい首にはペリドットのチョーカーがひとつ輝き、肩と背中は大胆にむきだしで……だれも触れたことがない、そのさきの素肌へ誘っているかのよう。
ライアスはいますぐその背中を、だれの目にも触れないように隠してしまいたくなった。
大人の女の柔らかな曲線と、まだ少女のような儚いもろさとが混在し……不安定であやうげな風情は、彼女を自分にぬいとめてしまいたいという気にさせる。
「ライアス……?」
不安そうに、黙ったままの自分の名をよぶ唇には紅がさされ、唇の形をふるりと立体的に浮かびあがらせている。いますぐその唇をうばったら、どれだけ柔らかくあたたかいだろう。
「ネリィ……ほんとうに綺麗だ……」
ようやく口をついてでた言葉はあまりにも陳腐で、気のきいた文句ひとつでてこない自分に、舌打ちしたくなる。
「ライアス、おおげさだよ……でもよかった、こんなドレス着たことがないから、ライアスがどう思うか不安だったんだ」
てれくさそうに笑うネリアは、いつもの彼女で。つられて自分も笑みをこぼす。
「ネリモラの花がかすんでしまうな」
そういいながら持ってきた花飾りを、彼女の髪と胸にひとつずつつけるが、かすかに触れた指先を彼女からすぐに離したくなくて身をかがめた。
「そういえば、ネリモラの花飾りの『意味』をきみに教えたかな?」
「花飾りの意味?」
耳元でそっとささやくと、彼女がとまどうようにまばたきをした。
「ひとつなら『君が好き』、ふたつなら『君に夢中』……という意味だ」
みるみる赤くなる彼女をみて、そんな風にほほを染めるかわいい顔を、ほかのだれにも見せたくない……そう思った。
ふたりの転移を見送って、ミーナがほっとしたような声をだす。
「ネリィがニブすぎてどうなることかと思ったけれど、さすがライアス・ゴールディホーンね……よかった……あの子もちゃんと、女の子の顔になったわね」
ニーナは自分の仕事の完成形を思い起こしているのだろう……どこかぼんやりした面持ちで、うっとりと言葉を紡ぐ。
「それにしても……長いことこの仕事をしていて、ほんとうに妖精になれる人間がいるとは思わなかったわ……」
アイリも夢見がちな表情になり、目をうるませている。
「ほんとうにすてきでした……ライアス様も壊れものに触れるようにそっと、ネリィ様を大切にあつかってらして……」
ミーナがうなずいた。
「あの子、口をひらけばわりと残念なヤツだけど、だまってれば妖精よねぇ……だきしめたら折れちゃいそうな、ほそい肩だったじゃない。あれだったらなにもしなくても、まばたきひとつで男は堕ちるわね」
「ところで、レイバートに〝お食事券〟なんてあった?」
「聞いたことないわよ。竜騎士団長が遠征の出発前にレイバートで食事をともにするって意味……あの子わかってんのかしら。ただのランチじゃないわよ、ディナーよ!」
「えっ、なにか意味があるんですか?」
アイリがたずねると、ミーナはきっぱりといった。
「ライアスが〝本命宣言〟したってことじゃない、本気で口説きにくるわよ!」
アイリはおどろいた。たしかにディナーの招待はよく考えて受けること……とは教わったが、まだデビュー前のアイリには、いまひとつピンとこない。それにたしか研究棟では……。
「でも、あの……ネリィ様は研究棟では、ユーティリス殿下と親しくされていましたけど……」
「あ~、そっちもあったわね。『立太子の儀』もあるだろうし……どちらを選んでもおひろめの夜会服は必須よね。えっ、そうすると色はどうなるのかしら」
ニーナはもう次のドレスを考えはじめ、そして頭をかかえた。
「ライアスなら〝青〟……王子様なら〝赤〟……デビューってことを考えたら〝白〟だけど……錬金術師だから〝白〟もそれっぽいし……いっそのこと全部つくる?」
とんでもないことをいいだしたニーナを、ミーナがビシッと注意した。
「予算オーバーよ、それに『立太子の儀』があるなら死ぬほどいそがしくなるわよ。貴族の令嬢がたがみんな、目の色かえてドレスを仕立てにくるわ!」
ミーナの「ドレスを仕立てにくる」という言葉で、ニーナはハッと正気にもどった。
「ビルのおいちゃんのツテを頼って生地や素材を確保しとかなきゃ。アイリ、働くわよぉ!」
「はいっ!」
またもや仕事にのめりこみそうになっているアイリに、ミーナが冷静にクギをさす。
「でもアイリ……休みはちゃんととらないとダメよ。明日もしっかり休むこと。ユーリからも『おとなしそうにみえて無茶する子だから、しっかり手綱をにぎっておくように』っていわれているしね」
「えっ」
アイリは青くなった。なぜ自分の性格まで彼にバレているのだ。
「ちゃんと休まなかったら、ユーリに報告するわよ。わかった?」
そんな話を彼の耳にいれるわけにはいかない。アイリはあわててコクコクうなずいた。
「ネリィ、こちらへ……転移もスムーズにできたようだな」
「ありがとう、ライアス!」
ライアスがわたしの手をひいて、レイバートの結着点から足を踏みだした。ネリモラの花からたちのぼる甘い香りが、川から吹く風に流されてふわりと薄まる。
わたしとライアスが王都見物のとき、昼間におとずれたレイバートは、解放感にあふれた川沿いのレストランという感じだったけれど、夕暮れをむかえた店内は魔導ランプがあちこちでともり、幻想的な雰囲気を漂わせていた。
昼と夜が交差する時間がすぎて日がしずみ、街に夜のとばりが降りるころ、王都全体から魔素が蛍のような目にみえる光の粒となってたちのぼる。そう、まえにミストレイの背からみることができた〝夜の精霊の祝福〟だ。
そのなかでたどり着いたレイバートの結着点は、完全に屋内というわけでもなく、建物からとびでた形で建てられた、東屋のようなつくりの場所だった。ライアスと一緒にふたりで結着点をでると、まちかまえていたのだろう、ひとりの初老の男性がうやうやしく頭をさげた。
「ライアス・ゴールディホーン様、〝レイバート〟へようこそお越しくださいました……お連れ様のネリィ様にも、お目にかかれてうれしくぞんじます」
「ネリィ、彼がここの店主……ベルニ・レイバートだ」
「はじめまして」
「足元にお気をつけください。二階のバルコニーに席をご用意いたしました……こちらへどうぞ」
明るくきらめく魔導シャンデリアがつるされた、ふきぬけの階段をゆっくりとあがるさい、ライアスの手がわたしの腰と手にそえられ、なんだかいつもより距離がちかい。
エスコートなんだろうけれど気恥ずかしくて、そっとライアスの顔をみあげると、至近距離でにっこりと微笑まれた。シャンデリアの光をうけた青い瞳が、いつもよりきらめいて、うわぁ……まぶしさに目がつぶれそうです……。
きょうのライアスは太陽のような輝く金髪をひきたてるように、豪華な装飾がある正装らしき軍服を着ていた。その精悍な面差しがきわだっているし、なによりいつもより瞳のキラキラ度がましている!
ベルニ・レイバートの案内にしたがい、スターリャの花をあしらったみごとな装飾がほどこされたガラス扉からバルコニーに足を踏みいれ、わたしは歓声をあげた。
「すごい……!」
レイバートのバルコニーは、船着き場のあるマール川の支流にせりだすように作られていて、そこにはテーブルがひとつきり、わたしたちのためだけにセットされていた。