15.少し打ち解けたかな
ドラゴンでの二人乗りに最初は緊張したけれど、王都の話や錬金術の話をぽつぽつとしていたら、ライアスとも次第に打ち解けてきた。
「わたしが王都に行くのはグレンの死を確認して、錬金術師団長室の扉をあけるためなの」
グレンからもらった護符は、それぞれが鍵にもなっている。ひとつはデーダスの地下にある工房の鍵だけれど、もうひとつはグレンが師団長を務めていた錬金術師団の本拠地、王城の研究棟にある師団長室を開ける鍵だ。
グレンはわたしに全ての権限を譲ったから、研究棟で働く錬金術師たちは、困っていると思う。
(本当に突然だったものね……)
彼の死期が近いと言っても、予定ではまだ一緒にいられるはずだった。グレンは王都の用事を済ませたら、いったんデーダスに戻り、ひと月後の〝竜王神事〟に合わせて、わたしを王都に連れて来てくれると言っていた。
『ネリア、お前が独り立ちできるよう、王都の住まいを整えておいてやろう』
師団長室には小さな居住区がついていて、王都にいる時のグレンはそこで暮らしていると教えてくれた。わたしもそこに住まわせてくれて、その間にわたしは今後の身の振り方を考えるはずだった。
彼の最期を看取ったら、わたしはそこをでて王都でひとり暮らしをはじめるつもりで……。
「では錬金術師団長に就任する気はないと?」
そうライアスに聞かれて、わたしはう~ん、と考える。
「わたしが師団長って無理があると思う」
魔術学園も出ていない、出自のはっきりしないわたしが、錬金術師団で師団長として認められるのはきっと難しい。グレンみたいに何か優れた功績を残したわけでもない。
戸籍のように個人を証明するものもないし、わたしはこっちの人たちからすれば、突然現れた得体が知れない人間だ。
(実は異世界から来たんです、なんて言いたくないし……さっさと師団長室の鍵を開けてしまおう)
魔術師団長のレオポルド・アルバーンに呼ばれ、竜騎士たちが迎えに来たから王城には行く。グレンには世話になったのだから、後片づけぐらいはやるつもりだった。
「そうか…… 俺はネリアが師団長に就任してもいいと思うが」
「デーダスの家は最初すごく散かってたの。師団長室もそうなんじゃないかな。だから後片づけをして、それを終えたら王都で錬金術師をやってみたいの。無理そうなら魔道具師を目指すつもり」
グレンがいなくなった今、辺境の家でひとり暮らすのは寂しすぎる。
彼から錬金術を学んだのはたったの二年間だけど、転移前のわたしは高校で必死に化学を勉強していた。科学雑誌を読むのも好きで、こちらに転移して魔素の扱いを覚えてからは、自分で思い通りに作れる錬金術にのめりこんだ。
(グレンは研究一筋だったし、錬金術ぐらいしかやることがなかったせいもあるけど……)
彼の指導を受けたおかげで素材の精錬ぐらいなら、何とかやっていけるレベルだと思う。
もしも王都で認められなかったら、メロディさんに頼んでお店に魔道具を置かせてもらい、魔道具師の資格をちゃんと取ってもいいかもしれない。
グレンの遺品整理が終わったら師団長室を明け渡し、わたしは王都のどこかで暮らせればいい。わたしはこの時そんなふうに、簡単に考えていた。
「今後については王都に着いてから相談しよう。俺やレオポルドも力になれると思う」
「ありがとう、ライアス!」
わたしはほっとして息を吐いた。彼はいい人そうだし、王都に味方が増えるのは心強い。
「ミストレイにはネリアの周りを流れている魔力が、光る鱗のように見えているらしい」
「鱗?」
そう言えばわたしは自分の魔力をぴったりと身体に沿わせている。強すぎる魔力は圧になることもあって、近くの人に不快感や恐怖を与えたりするから。
それがミストレイには、わたしの全身が鱗に覆われているように見えるのだという。
「ネリアのことを光り輝く鱗に覆われた、綺麗な雌体だと。あなたを乗せて飛べることを凄く喜んでいる」
「本当?わたしもミストレイに乗せてもらって光栄だよ!ありがとう!」
わたしは手を伸ばして、ミストレイの青みがかった鱗を撫でた。冷たいかと思った鱗はほのかな温かみもあり、硬いけれどすべすべして触り心地がいい。
ギュオオオゥ!
「っ!……ミストレイっ!興奮するなっ!」
ライアスが焦ったように叫び、それから消え入りそうな声でわたしに向かってささやいた。
「その、あまり……触らないでもらえるか?」
「え?あっ、ごめんなさい」
慌てて鱗から手を離すと、ミストレイが「ギャウ!」と不満そうな叫び声をあげる。
「頼む……我慢してくれ、ミストレイ……頼むから」
ライアスがうなるように呟いたけど、その表情は前に座っているわたしには見えなかった。
「ごめんねミストレイ、勝手に触っちゃって」
ミストレイは「ギュウウゥ」と鳴いて、その声はそれほど怒っているようにも聞こえなかったので、わたしはほっとした。
竜騎士たちはミストレイに追尾して飛びながら、盛りあがっていた。
『こちらデニス。異常はないか?』
『こちらレイン。ちょっ!彼女ミストレイを撫でてる!団長が真っ赤になって止めてる!』
『こちらアベル。うわ、それはヤバい。団長の顔が見たい!クソ、なんで下なんだ』
『こちらヤーン。真っ赤になっちゃってもじもじしてる団長、かわいいな』
『こちらアベル。団長は元からかわいいぞっ!』
『こちらレイン。同感!十七歳で竜騎士団に入団した時から見守ってきたが、ほんとかわいかったよなっ!』
『こちらヤーン。だよなっ!頬を赤く染めて真剣に訓練する姿がもうかわいくてっ!』
『こちらアベル。今ではミストレイにも認められる強さだもんなぁ……ハァ……大きくなったなぁ』
『こちらデニス。お前ら……周囲にも注意を向けろ!!』
『おう!みんな!俺たちで団長の春を死守するぜ!』
『『『おおう!』』』
『……違う!……違うがもういい……』
副官のデニスは天を仰いで、あきらめた顔で呟いた。
ミストレイと感覚を共有しているので、ライアスにとってはちっこいネリアが背中をさすさすしてる感じ。