149.女の支度は時間がかかる 後編
よろしくお願いします。
アイリがきょうの段どりを説明してくれる。
「お茶のあとは頭皮のマッサージで血行をよくしたあと、メイクとヘアセットをおこないます。ドレスの着つけのあとは爪のおていれを。ライアス様がいらっしゃる夕方までに、休憩をはさみながらやらせていただきます」
「すごっ」
ニーナがあきれた顔をした。
「貴族の女性たちはそれをぜんぶ自宅でやるのよ。下位の男爵令嬢だって、家にエステルームと専属の美容師をもっているわよ」
「マジですか⁉」
「まったく……王子様をアゴで使っておきながら、権力とかぜいたくな暮らしには無頓着なんだから……そこがネリィのいいところでもあるけどね!」
いや、王子様をアゴで使ってるなんてそんな……使ってるか……使ってたわ、うん。
「わたし、師団長室でソラに身の回りの世話もしてもらって、じゅうぶんぜいたくな暮らしをさせてもらっていると思ってたんだけど……」
ミーナが紅茶のカップを持ちあげて、クスクス笑った。
「ネリィは今のまんまがいいわよ、私たち、今のネリィがだいすきだもの」
「さて、きょうのドレスだけどね、あれから手直ししたのよ」
「あ……かわいい」
ティンカーベルだ……と思った。背中はぱっくり開いたままだし、肩がむきだしなのは前にみたときと変わらない。
けれどウェストに結ばれた大きなリボンがとても可愛らしい。身頃にはキラキラする黄緑のビーズをちりばめ、ひらひらするスカート部分には青いビーズがいくつも揺れている。
肩ひもは背中でクロスし首のまわりをひとまわり、チョーカーに揺れるのはわたしの瞳とおなじペリドット。
うしろはあいかわらずぱっくりだけど!
ニーナが明るくわらって、うれしそうにドレスをひろげた。
「ネリィが恥ずかしがっているようだ……っていったら、アイリが意見をだしてくれたのよ」
「はい……私が着たらお父様がおこりそうだな、と思ったところだけ意見をだしました。ドレスの雰囲気はそこなわないようにしたつもりですけど」
アイリ、グッジョブ!
「まぁ、私たちもネリィをライアスに『おもちかえり』されても困るしね」
「ライアスはそんなことしませんよ!レイバートのお食事券の期限がきれそうだから行くんですもん」
「お食事券?」
ニーナとミーナが変な顔をした。
「でも今回はここからレイバートに転移するから、このドレスをだれも見ないし、ここの宣伝にはならないとおもうんですけど」
「だいじょうぶよ、情報は隠したほうが価値があるの。ライアス・ゴールディホーンが『ニーナ&ミーナの店』に女性をむかえにきて、『レイバート』にエスコートした……それだけでいいのよ。どんなドレスだったかなんて情報はいらないの」
そういうものなの?
「それじゃあまずは頭皮のマッサージからね」
わたしにとっては未知の領域だ。
「マッサージまでやる必要があるんですか?」
「顔の血流をよくするためよ、あと表情もやわらかくなるわ」
「準備しますね」
アイリが香油をいくつかならべ、少量ずつスポイトであわせ、香りをたしかめてから温めはじめた。
「アイリがやってくれるの⁉」
「はい!私、マッサージはよく受けたので……見よう見まねですがやりかたはわかっていますし、それに楽器もひくので指の力が強いんですよ」
お嬢様のスキルすごい……。
「ネリィって性格が素直だから、メイクもきれいな顔をつくるんじゃなくて、その心のままの素直な表情が自然にだせるようにするのよ。わかる?」
「ええと……きれいな顔をつくるんじゃなく、素直な表情を自然にだせるように……?」
「そうよ、男性がみているのは顔の造作じゃなくて、表情なの。素直な表情ってほっとするのよ」
ニーナが自分の顔をゆびさしてそういうと、アイリが真剣な顔をしてうなずいた。
「それ、私も反省しています……はげしい感情をおもてにだすのは品がないと教えられていて……」
研究棟にきたばかりの、あまり笑わなかったアイリを思いだす。
「学園にいたときは怒ったり泣いたりすることもないかわりに、笑いころげるようなこともなかった。それがあたりまえだと思っていたけれど……十代の女の子としては変ですよね……」
あのころのアイリは、どこか緊張してはりつめたようすだった。いつもカディアンにすがるようなまなざしをむけ、彼のようすをうかがっていた。
「私ずっとだれかのものさしで測った自分を生きていた……表情がかたまって、なにを考えているかわからないようにみえたでしょうね」
「でもそれは、アイリのせいだけじゃないよ……アイリは一生懸命だったんだよ」
「そう、一生懸命はだいじよ。これからはいい具合に力がぬけるといいわね」
ミーナが明るくいい、アイリはこくりとうなずいた。
アイリまじゴッドハンドだった……やさしく「ここ、こってますね……ほぐしておきましょうね」と頭をほぐされて、わたしはゆっくり寝てから店にいったのにもかかわらず、ものの数分で撃沈してしまった。
そして、まないたの上の鯉になる時間がやってきた。
「わたし、高校のときは外出時は制服、そいでもって家にいるときはほぼジャージで……デーダスでは三年間着ざらしだったんです!」
「アイシャドーは金茶をかるく全体にぼかしていれて、目尻だけ髪にあわせて煉瓦色でしめるわよ」
「だからわたしには、アカデミー賞のレッドカーペットみたいなドレスはハードルが高いんですよ!」
「なにいってんのかサッパリわかんないわよ!リップはピンクよりオレンジがいいわね……珊瑚色をのせて……そうそう」
「あううう……」
「髪はきっちりまとめるんじゃなくて、すこしだけおくれ毛をこぼしましょ……それにしてもほそい首よねぇ」
ニーナもミーナもわたしがなにをいっても、まったく耳を貸さない。
デザイナーならではの完璧主義で、ニーナはものすごい真剣にわたしの顔をななめ・よこ・真正面……といろいろな角度からながめて検討し、のせる色もきめていく。
だんだんはずかしい……とかいっていられない雰囲気になってきた。
「男がみるのは真正面からだけじゃないのよ……横顔もうしろ姿も……ライアス・ゴールディホーンは背もたかいから、すこし上から見下ろしたときも……すべてが完璧じゃないといけないの!」
ひいいい!……全方位完璧とかむりだってばー!
「ライアスがみるのは静止画じゃなくて、生きて動いているネリアなんだからね!あなたの体のやわらかさ、華奢さ、美しさをみているの……男はドレスなんかみてないのよ!」
もう、なにも口をはさめません……。
メニアラ産の透けるシフォンのような生地を幾重にもかさねた美しいドレスは、まるで蜻蛉の羽のような透け感があり、ところどころに青と黄緑のビーズがあしらってある。
あわい水色から黄緑のグラデーションをみせる生地のうえを、光の加減でビーズのきらめきが踊る。
「ドレスなんて、そえものでしかないの……そこがデザイナーとしてのジレンマではあるけれど……それでもあなたの体やその動きを、最高に輝かせる布地のゆれや光沢……そこがデザイナーの腕のみせどころなのよ!」
ニーナがアツい!アツすぎる!それでも、いくらかは抵抗してみた。
「あの……肩むきだしじゃなくて、ストールとかしちゃだめですか?」
ニーナがふっと笑った。
「ネリア……あんなの着るの、二の腕がぽにょってる女だけよ」
毒舌!ニーナさん毒舌だよ!
「というか、ストールなんかでおおっちゃったら……まぁいいいわ、あとはライアス・ゴールディホーンにまかせましょう」
まかせるって……なにを⁉
「背中がこうぱっくりあいていると、下着がつけられませんよ?」
「……つけるような胸でもないでしょ」
ねぇ毒舌!ニーナさん毒舌だよ!
「背中がぱっくりなのは、ちゃんと意味があるのよ。このドレスのタイトルは『羽をもがれた妖精の受難』というの」
タイトルがあったんかい!
「羽をもがれた妖精のむきだしの背中…… 繊細なレースは妖精をからめとる蜘蛛の糸をイメージしていて、とらえられ、いましも命つきようという瞬間の……美しくも刹那的な、耽美で退廃的なエロチシズムを表現しているのよ!」
わたしの背中にそこまでの表現力、もとめないでください!
次話でようやくライアスの登場です。ギャグはないです!(多分)
こっぱずかしいセリフを山ほど言わせてやるぜ!(決意)












