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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第五章 ネリアと二人の師団長
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148.女の支度は時間がかかる 前編

長くなったので、前後編に分けました。

デートの準備は戦争みたいにバタバタするのではなく、優雅にやるのが理想です。

 ライアスと食事にでかけることになって、わたしはドレスを作ってくれたニーナたちに相談した。


 じつはメイク道具をなにも持っていない……と伝えたら、「ドレスを着せる以前の問題だってことはよくわかったわ」とニーナは頭をかかえ……店で着つけだけでなくヘアメイクまでしてくれることになった。


「じゃあもう、当日はじぶんでは何もせずに、そのままきてくれたほうがありがたいわ。いいわね?」


「助かります、ありがとうございます!」


 心の底から感謝してそう伝えると、ニーナは耳の脇に垂らした自分の髪をいじりながらにんまりとした。


「まったくもぅ……でもそうすると、ネリィは自分がどれだけ綺麗になれるかわかってないってことね。ふふ、ちょっと楽しみ」


 そして迎えた当日。まえみたいに王城前広場で待ちあわせ……なんてめだつことはしたくない。


 ライアスにはドレスを着つけてもらう予定の、五番街にある『ニーナ&ミーナの店』まで直接迎えにきてもらうことにした。


 わたしも自由に転移できるようになったし、店で落ちあったらそのまま六番街の『レイバート』に転移すればいい。


 わたしははじめて知ったけれど、『レイバート』のような高級店だと、おしのびで来店する魔力持ちの客のために、車寄せならぬ……転移のための〝結着点〟が設置してあるらしい。


 王都のなかで自在に転移魔法が使える〝魔力持ち〟は、……つまりお店にとってもVIP待遇なわけで、高級店の『レイバート』にはそのための用意がきちんとしてあった。





 約束の日、わたしはニーナたちに「なにもせずにそのまま来い」といわれたため、居住区でゆっくりと『じゃくじぃ』にはいる。


 髪をしっかり乾かしてから『ニーナ&ミーナの店』に跳ぶと、店員の制服らしい白い丸襟のついた黒いクレリックのワンピースをきたアイリが待ちかまえていた。


 制服とはいえニーナのことだから、きちんと本人の体にあわせているのだろう。


 すっと伸びた背に長い手足、ショートカットからのぞくうなじにほそい首……シンプルな黒のクレリックの品のあるたたずまいに、少女の可憐さがくわわってどこからみても絵になる!


「ネリィ様ようこそお待ちしておりました。きょうは一日私がお世話させていただきますね、よろしくお願いいたします!」


 アイリははりきっているけれど、わたしはおそれ多くて及び腰になる。


「えっ、そんな……お嬢様のアイリにお世話させるなんて……」


 黄緑の髪をおだんごにしたミーナが、アイリに声をかけた。


「アイリ、ニーナに知らせてくれる?」


「はい!」


 アイリが店の奥にひっこんだあと、ミーナがわたしをちょいちょい、と手招きして耳打ちする。


「アイリがね、働きすぎなの。ずっと魔道具をいじっているし、ひまなときはハギレを縫ったり刺繍をしたり……ほっとくと根をつめすぎるから、きょうはネリィのしたくに一日かかりきりということにして、休ませることにしたの」


「アイリを休ませる……ああ、そういうこと!」


「そう、だからアイリとはのんびりおしゃべりしながら過ごしてちょうだい。接客だっていってあるから」





 わたしはミーナの案内で店の奥にはじめてはいった。壁ぎわにドレスを着たトルソーがいくつかおいてあるけれど、接客スペースは広々していてゆったりと座れる椅子と大きなテーブルがおいてある。


 やがて黄緑の髪をまとめひと筋だけ左耳の脇にたらしたニーナがあらわれ、そのうしろからアイリが、お茶のセットをのせたワゴンを押してくる。


「ようこそネリィ、きょうは早めにきてもらって助かったわ」


「じつは研究棟のみんなから仕事をするなってとりあげられちゃってね……ちょうどヒマだったんだ」


「せっかくだからウチの店のちゃんとした接客を体験してね。アイリ、よろしくね」


「はい、きょうはネリア様のために、ヴェルヤンシャの中腹でとれる茶葉を使った紅茶をご用意しました」


「お茶もだしてくれるの?」


「そうよ、ドレスを作るときは、こうして最初はお茶を飲みながらお客様の服についてデザインや色の希望を聞きだすの。ことしの流行やパートナーになる男性の好みもいれてデザインを提案したりもするのよ」


 へぇえ……オートクチュールってやつだね!


 アイリはにこにこしながら、なれた手つきで蒸らした茶葉をとりのぞき紅茶をカップにそそぐ。そしてさしだされた紅茶の色と香りと、すべての流れるような所作といい……うわぁ、完璧令嬢がここにいる!


「じゃあアイリもここにすわっておしゃべりしようよ!」


「では失礼します」


 アイリはわたしのむかいの椅子にふわりと腰かけた。ふわりですよ、ふわり!


 椅子に「ふわり」と腰かけられる人なんてめったにいないよ!


  なんだろう、この重力を感じさせない軽やかで楚々とした立ち居ふるまい……。見ているだけでこちらの女子力まであがりそうだ。ニーナやミーナもお茶にくわわり、こうなったらもう気のおけない女子会だ。


「アイリ、仕事はどう?」


「それが、すごく楽しくて。私が知っているよりもたくさんの色の種類があって、おなじ布でも産地によって風合いや光沢がまるでちがうんです!」


 アイリがうれしそうに説明をしてくれるので、聞いているわたしまで楽しくなる。


「それにニーナさんもミーナさんもまるで魔法の手を持っているみたい。作られる服も靴もすばらしいんです!」


「私たちもね、魔術学園は中退したのよ。だからこの仕事に賭けるしかないない!……ってがんばってきたの」


「そうだったんですか」


「さいしょはメロディみたいに魔道具師をめざしてたんだけどね。やっぱり服づくりが好きだから、学園にかよう時間がムダに思えてきちゃって」


「そうそう、だって『魔法詠唱』の授業なんて呪文の早口言葉よ?『レビガルデミグネイシスアバンガミヤデムレスファイルモミボイグ』を五秒でとなえろとかさぁ……やってらんないわよ」


「なにそれ」


 わたしが首をかしげる横で、アイリがふきだした。


「『レビガルデミグネイシスアバンガミヤデムレスファイルモミボイグ』……私もやりました。レビガルという魔獣を退治する呪文なんです」


 レビガルというのはウレグの南西に位置するカレンデュラ地方にでる魔獣らしい。ゴツゴツした甲羅をもつ巨大な魔獣で、岩山に擬態することもあるのだとか。


 アイリがそのレビガルの弱点は背中にある小さなコインぐらいの大きさの甲羅で、呪文を唱えてその甲羅を破壊するのだと教えてくれた。


 レビガルと遭遇するとおそわれるまえに詠唱をおえる必要があるため、魔術学園の授業ではみな必死に早口言葉の練習をするそうだ。


 わたしは紺色のローブを着た魔術学園の生徒たちが、いっせいに呪文を唱えるところを想像した。


「えっ、それ覚えなきゃだめなの?」


「まさか。レビガルってカレンデュラの近くにしか生息していないのよ、王都で服つくってるだけの私たちにはいらないでしょう?」


「それはたしかに……」


 アイリがお茶を飲みながら、ふと思いだしたように教えてくれた。


「そういえば、メロディさんがお店があって、きょうこられないのを残念がっていましたわ」


「アイリ、メロディともなかよくなったの?」


「はい!魔道具の勉強もしたくて、週二日メロディさんのお店でも働かせていただくことになったんです」


「うちが休日のときはメロディの店にいっているのよ。私たちも最初のころは休みなしでがむしゃらにやってたけど……はりきりすぎてアイリが体をこわさないか心配になるのよね」


 なるほど……それは働きすぎだわ。


 アイリがもじもじと恥ずかしそうにほほを染めた。ちょっとまて!ラベンダー色の髪の美少女が、紅の瞳をうるませて恥じらいながらほほを染めるなんて、眼福すぎてお姉さんこまるんだが!


「だって……恥ずかしながら、私……働くのがこんなに楽しいだなんて、しらなくて……」


 上目づかいキター!ほほを染めて目をうるませた美少女が、上目づかいにこちらをみつめてくるって……ヤバいよ、これはヤバい!


「海猫亭のみなさんともなかよくなれたし、ネリィさんのおかげです!」


 にこ。天使の微笑みにトドメをさされた……。


 あぁ……なんかしあわせです。海猫亭でアイリを拝んでいたお客さんのきもちがわかったよ……。





 アイリが準備のために席をたったときに、ミーナがそっと教えてくれた。


「アイリは立ち居ふるまいも完璧だし、魔力も私たちがうらやましいぐらいあるの……それだけに、残念ではあるけどね」


「残念?」


「きょうはネリィがお客様だからできたけど、『アイリ・ヒルシュタッフ』は知られすぎていて、ふだんはお店にだせないのよ」


 そうか……『アイリ・ヒルシュタッフ』を知るひとびとからしたら、彼女は〝罪人の娘〟なんだ……。


「だからスターリャとして、収納鞄の工房のほうで働くことになるわ。でもあの子すごいわ、泣きごとひとついわないの」


「うん……ユーリも感心してた。アイリはすごい……カディアンにはもったいないって」


 ミーナがうなずく。


「そこは同感ね」

そう、仕事って楽しい。達成感があってお金も貰えるしね!

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