147.休息とライアスの見舞い
よろしくお願いします!
動揺しすぎて口がきけなくなっているわたしをよそに、オドゥは指で眼鏡のズレを直すとため息をついた。
「でもさぁ、ファンタジーっていうか、魔術師と錬金術師って相性わるいしね。絵空事だよ」
「相性……わるいの?」
レオポルドとわたしの相性はまちがいなく悪いけど!
ウブルグが自分のヒゲをひっぱりながら、ほむほむとうなずく。
「ほむ……物質をあつかうのが得意な錬金術師と、事象をあつかうのが得意な魔術師は、魔力の使いかたも魔素にたいする考えもだいぶ違うでのう。それに魔術師のやつらは、魔術師になれないできそこないが錬金術師になると思うとるしな」
「錬金術師は人の心がわからない、モノは愛せるがヒトを愛せない……そういわれることもあるよ」
オドゥのその言葉にはなにかひっかかりを感じたので、わたしは反論した。
「えっ、でもわたしから見たら、研究棟のみんなだって穏やかで優しいひとたちじゃん。人を愛せない……なんて、そんなことないと思うけど」
そういうとなぜかその場にいる全員がしん……と黙りこんだ。オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけて表情をかくすように顔をふせた。
「……それはさ、ネリアがやさしい人間だから僕たちがそうみえるんだよ。ネリアにはグレンだってやさしい人間にみえたんだろう?」
「……うん」
オドゥの深緑の瞳が暗くなった。
「……僕らにとってのグレンは、ネリアの知っているグレンとはちがう」
「そうじゃのぅ……ほむ、わしらはヒトを愛することはできるが、接しかたは知らんの。目に見えない〝ひとのきもち〟など、さっぱりわからん。モノのほうがよほどあつかいやすいわい。大事にすれば長持ちするし、こわれても直せるしな」
ウブルグがさばさばと言い、オドゥはくすりと笑った。
「魔術は人の〝願い〟を具現化するもの、だけど錬金術は……人の〝欲望〟が根底にある。価値のないモノを価値あるモノに変え、生命すらもあやつろうとする……〝不死〟や〝蘇生〟、〝生命の創造〟……人のものではない領域まで踏みこもうとする、人の飽くなき〝欲望〟そのものだ」
錬金術は、人の欲望が根底にある……それは実際そのとおりで、けれど、それだけじゃない何かもあるはずで。
未知なるものへの好奇心や、新たなものを発見したときの新鮮なおどろきや……それらは純粋な喜びで……わたしがどういおうかことばを探していると、ヌーメリアが口をひらいた。
「でも……ネリアは錬金術を人の役にたつものに変えようとしているじゃありませんか。影のような存在だった私たちにも、ちゃんとした居場所あたえてくれました」
ヌーメリアがそういうと、ユーリもうなずいた。
「そうですよ、ネリアは『自分の仕事がだれを幸せにするかを考えろ』……っていう師団長ですしね。僕たちはネリアにしたがうと決めたんですから」
ウブルグはお茶に添えられたビスケットをつまみながら、オドゥに水をむけた。
「だが実際どうなんじゃ? あの容姿じゃさぞかし、レオ坊もモテるのではないか?」
いわれたオドゥは腕組みをしてすこし考える。
「うーん、あいつは美人で自分に自信のある女にモテることが多いかなぁ? 自信がなかったら、あの美形のそばになんか近寄れないよ。ライアスは結婚を夢みる貴族の令嬢たちにモテるから、モテかたはちがうよねぇ」
オドゥはウブルグに答えると、眼鏡の奥にある深緑の瞳をほそめてわたしにも念を押す。
「ネリアも気をつけなよ? 遠くからながめてるぶんには、ものすごい美形じゃん? それにひかれて近寄ると、とりつくしまもない冷淡な態度で、完膚なきまでにたたきのめされる……なのに面倒見がいいもんだから、グラッとくるんだよ」
「グラッと……」
「レオポルドはそんな気ないんだろうけどさぁ。ギャップ萌えというか、魔術師団の女たちはみんな一度はあいつに恋をして、あきらめたやつらばかりだから……いまとなっては親衛隊みたいになっててこわいのなんのって」
「レオポルド親衛隊!? そんなのいたの?」
わたしがぎょっとすると、オドゥは肩をすくめてうなずいた。
「いるいる。おっかない美人のお姉様たちが、塔にうじゃうじゃいるよ~」
魔力持ちの美人のお姉様たち……怖い! 怖すぎる!
でも、塔で会ったことのある女性って、マリス女史ぐらいだけど……と、思い返してきがついた。
わたし、窓から師団長室にでいりするか、転移しか使っていなかったよ……。
一日休んでだいぶ調子をとりもどした夕方に、ライアスが研究棟をたずねてきた。
「ネリア、倒れたと聞いたがだいじょうぶか?」
「うわぁ……ライアスまできてくれたの? はずかしいなぁ、もぅ。長距離移動魔法陣を敷いただけで倒れるなんてなさけないよね」
ライアスは心配そうに、わたしの顔をのぞきこんできた。
「いや……そもそもひとりで長距離移動魔法陣を敷けるのは、ほかにはレオポルドぐらいだろう……師団長になってからの疲れもでたのではないか?」
わたしは力なく笑った。身のまわりの環境が激変した自覚はあるけれど、きのうの騒ぎはそれだけが原因じゃない。でもそのことについては、あまり考えたくなかった。
「そんなに根をつめたつもりはなかったんだけど、まだ王都の暮らしになれてないのかもね」
「あすは約束した食事の日だが……中止にしようか?」
そういうわけにもいかない……あさっては遠征の出発日だ。ほんとうにギリギリになってしまって、これいじょう日程をずらせない。
「だいじょうぶ、レオポルドにもらった薬がよく効いたし……問題は体調じゃないの……体調じゃ……」
「?」
ライアスに食事にさそわれた……と伝えたら、ニーナは飛びあがってよろこんだ。あすはアイリも一緒になって、ヘアメイクからドレスの着つけまで手伝ってくれる。もうまな板のうえの鯉になる準備は万端だ。
はずかしいから絶対に逃げだしたいけれど、わたしの羞恥心を克服して、ライアスが楽しみにしているタクラ料理を食べさせてあげたい。
でもね、わたしは高校時代……外出着は制服で、家ではほぼジャージで、デーダスでは三年間着ざらしだったんだよ?
そんなわたしに、アカデミー賞のレッドカーペットみたいなぱっくりドレスなんて、ハードルが高すぎると思うの。
水着とかのほうがまだはずかしくないよ……あしたまで意識不明だったらよかったのに!
わたしの体調を気遣ったのか、ライアスはすぐに帰ろうとした。
わたしがライアスを研究棟の入り口まで送ると、ちょうどオドゥがだれかとエンツのやりとりをしている。
「……わかった、じゃあ楽しみにしてるよ」
エンツをおえたオドゥはすぐにわたしたちに気づき、ライアスにむかい穏やかな笑みを浮かべて、自分の眼鏡のブリッジに指をかけた。
「やぁライアス……やっとネリアに会えたんだね。何日も通ってたもんな」
ライアスはオドゥにむかってすこしきまり悪そうにうなずく。
「ネリアとあす……レイバートで食事する約束をしているんだ。体調がよくないと聞いたが、だいじょうぶというものだから……」
先日釘を刺されたこともあって、ライアスはいちおうオドゥに報告した。
それを聞いたオドゥは深緑の瞳をまるくすると、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「ほんと? 〝レイバート〟とは、ライアスもはりきったねぇ……ネリアは外で食事するなんてあまりないから、楽しんできてね」
「うん」
「でもきのう倒れたばかりだからなぁ……ライアス、たのむからうちの師団長に無理をさせないでくれよ?」
「ああ」
やっぱりオドゥは釘を刺すのを忘れなかった。
「オドゥってモテるよね……いつも夕方になると女の子たちからエンツが飛んでくるし」
わたしがそういうと、オドゥはこまったように眉をさげた。
「やだなぁ……ネリアそう思ってたの? 僕にエンツを送ってくるのは、研究費をだしてくれるスポンサーだよ。食事だってスポンサーととることが多いしね。なぜか僕のスポンサーは女性が多いんだよ」
「スポンサー!?」
わたしが聞き返すと、オドゥはかんたんに説明した。
「僕は貴族でもないし……カーター副団長の下についていて、研究費が潤沢にあるわけじゃないから……スポンサーになってくれそうなひと大勢に会うようにしてるのさ」
「えっ、スポンサーあつめってたいへんなんじゃ……やっているのはオドゥだけ?」
スポンサー集めなんて初耳だ。わたしはたしかに彼の研究についてよく知らないけれど、錬金術師の研究費用はすべて、研究棟でまかなえているものと思いこんでいた。
予算的にはきびしいと、ユーリからも前にきいていたのに。
「そうだねぇ、ひとりに負担させるのは大きいから、僕は大勢と会っているだけだけど、ほかの錬金術師はあまりやってないかな? ヌーメリアやヴェリガンは対人コミュニケーションが苦手だし、ユーリは王子様でポケットマネーが意外とあるし、ウブルグはああみえて爆撃具やオートマタで稼いでいて、カーターは予算を握っているからね」
「でも……オドゥは、資金を集めてなんの研究をしているの? 錬金術師団の仕事をしているほかに……ってことだよね?」
ウブルグも「あやつは錬金術でなにがしたいんじゃ?」といっていた。オドゥは眼鏡に手をあてて、うれしそうにくすりと笑った。
「なぁにネリア、僕のことに興味あるの?」
「興味……っていうか、もちろん気になるよ。スポンサーに会って研究内容をプレゼンしたりするんでしょう? その内容を師団長のわたしには教えてくれないの?」
「……教えたらネリアも協力してくれる?」
「内容によるけど……」
なんだかオドゥにはぐらかされそうで不安になる。オドゥはいつも肝心なことはいわない。その様子をみかねたのか、ライアスが口をはさんだ。
「ネリアそんなに心配する必要はない。オドゥにはちゃんと資金源がべつにある……」
「ライアス」
オドゥが笑みを消して、ライアスに鋭い視線をむけた。
「お前の仕事は国防の花形……竜騎士団長だろう。僕の仕事なんかに興味をもつ必要はないと思うね。ネリアには僕から話すから、よけいなことを言わないでほしいな」
「……わかった」
オドゥにそういわれて、ライアスまでも黙りこんだ。
「ネリア、いつか説明するよ……ちゃんとね。だからいまは余計なことは考えず、ライアスとの食事を楽しんでおいで」
そういうと、オドゥは優しく笑った。
連載時、長くなるからと削った部分を加筆しました。









