146.杖を作りたいと言いました
よろしくお願いします!
わたしの目が覚めたときにはもう翌日だった。
きのう魔法陣を敷いたあと魔力暴走をおこしかけて師団長室で倒れたわたしを、レオポルドが居住区まではこび薬も持ってきてくれた……と、ヌーメリアが教えてくれた。
「そう……一年以上おきていなかったから油断してた。レオポルドのおかげで助かったね」
「つらいですよね魔力暴走って……きょうも薬を持ってきてくれると彼はいっていましたよ」
わたしはベッドのうえで、自分の手を握ったり開いたりした。視界も良好で、体のうごきも問題ない。薬を師団長室に準備しているなんて……彼も魔力暴走には苦労したんだろうか。
中庭のベンチにすわり、コランテトラの葉影から差しこむ日ざしをぼんやりと眺めていたら、ソラがレオポルドの来訪を知らせにきた。
ソラに案内されて中庭に現れた彼は、昨日と変わらぬ黒い魔術師団長のローブ姿で同じようにゆっくりと歩いてきた。
中庭にいるわたしと目があった瞬間、すこし動揺したようにみえたのは気のせいだろうか……近くまでやってきた彼はあいかわらず無表情だった。
「レオポルド、きのうは迷惑かけちゃってごめんね……お薬持ってきてくれたんだって? ありがとう!」
ソラに薬を預けると、レオポルドはこちらの様子をうかがうように目を細めた。
「もう体はだいじょうぶなのか?」
「うん、まだちょっとクラクラするけど……きょう一日休めばなおると思うよ!」
「なんだか……うれしそうだな」
レオポルドの声はグレンに似ている。ちょっと夢を思いだすような気がして、わたしはうれしくなった。
「へへへ……夢の中なんだけどね、グレンにあえたんだ……」
「……そうか」
レオポルドが静かにグレンの話を聞いてくれるものだから、わたしはみた夢の話を彼にする。
「具合が悪くなって、つらかったんたけどね……夢の中でグレンがわたしに『生きろ』っていって……ずっとそばにいるって約束してくれたの!」
「……」
「……そしたら心がほわっと温かくなって落ちついてきて……もう少し頑張ろうかなって思えた……夢なんだけどね!すごくうれしかった!」
寝起きのせいかいつも束ねている髪は、ふわりと肩におろしている。絡ませた細い指を口元にあてて、うれしそうに微笑む娘をみおろして、レオポルドは「それは自分だ」とは、どうしてもいいだせなかった。
「……わたし、ここにいてもいいんだなって思えたの」
ささやくようにつぶやく娘を、レオポルドはまともに見られず、顔をそらした。
「私はお前がいなくなればいい……などと考えたことはない」
「うん……ありがとう、わたしを認めてくれて。ここにいさせてくれて」
そうじゃない……なにか言葉をかけたいのに、さびしそうに笑う娘の、しがみついてきた折れそうに細い体のぬくもりを思いだしてしまう。
レオポルドはネリアのほうを見ないまま、つぶやいた。
「礼をいわれるほどのことじゃない……」
約束する。
ずっとそばにいる。
どこにもいくな。
これまでも魔力が強いがゆえに、迂闊な言葉は使わないように気をつけていた。魔力持ちの言葉は〝言霊〟をもち、そのまま呪いとなってしまうこともあるがゆえに。
この娘はどれほど強い〝言霊〟で、自分を縛ったかすらわかっていない……。
それは恋というには乱暴で、いっさいの拒絶も妥協もゆるさず。
そしてそれに応えた自分は……。
おのれの発した〝言霊〟が、いまになってレオポルドを締めつけはじめた。
目の前にいる娘は、何ひとつそれに気づいていないというのに。
いまなら、落ちついて話ができるかな……。わたしはすぐそばに立ちつくしたままの、レオポルドをみあげた。
グレンはもういない。わたしはほんとうにこの世界にひとりぼっちだ。縛るものは何ひとつない……それは自由でもあり、心許ないようでもあり。
『魔術師の杖を作ってもらえないだろうか』
グレンから頼まれたのは、たったひとつ、それだけ。グレンからの頼まれごとにしがみついているのは、わたしのほうだ。グレンは他に何も言わず、わたしの好きなようにさせてくれた。
どんな経緯であれ、わたしはいま生きて動いている。彼からのたったひとつの頼まれごとぐらいは、ちゃんとやりたい。そう考えて、もしもわたしが『魔術師の杖』を作るとしたら……。
レオポルドはきのうの暴走をまのあたりにしたせいか、あのとき話していた件については、一切ふれようとしない。銀色の髪を風がなぶり、彼はどこか遠くをみていた。
わたしは思いきって、彼の横顔に話しかける。
「あの、レオポルド?いつかでいいんだけど……わたしにあなたの杖を作らせてもらえないかな?」
「私の……杖を……?」
レオポルドは目に見えて動揺した。
「それは……ムリだ……いくらなんでも」
「その、簡単に作れるとも思っていないし、時間はかかるだろうけど、わたしはレオポルド……あなたの杖を作りたいの!」
いつも怒っているとき以外は冷静な彼が、うろたえたまま言葉をつむぐ。
「なぜ……私の杖など……」
「グレンに頼まれたし……『魔術師の杖』を作るなら、あなたの杖がいいなって……」
そこまで話したところで、レオポルドが額をおさえ大きくため息をついた。
「……たしか、前にもそんなことをいっていたな……」
そこで、レオポルドの眼光が鋭くなり、眉間のシワがぐっと深まった。えっ?わたし、彼ににらみつけられている?
「お前は!グレンにいわれたから、私の杖を作るのか⁉」
「えっ!怒るとこそこ⁉」
それからしばらくたって、ウブルグ・ラビルが中庭にやってきた。
「長距離移動魔法陣は問題なく使えそうじゃな!おや……レオ坊は?きておっただろう?」
「それが……突然怒りだして帰っちゃった」
「やれやれ……グレンから代がわりして少しはようなったと思うたが。あいかわらず、魔術師団長と錬金術師団長の仲は最悪か……」
「……途中までは、いままででいちばん穏やかに話せたんだけどな」
わけがわからない。『魔術師の杖』ってそんなに禁句なの?
その疑問は、わりとすぐに解けた。お茶の時間になって、話を聞いたオドゥが目を丸くした。
「えっ?ネリア……レオポルドの杖を作りたいって、本人にむかっていっちゃったの⁉」
「うん。わたしがよく知っている魔術師ってレオポルドぐらいだし、わたしにとっては恩人の息子さんでしょ?作らせてもらえないか聞いてみたの。そうしたら怒りだしちゃって……」
「うわぁ……なんとなく状況はよめたけど……ネリア、ぶちかましたねぇ」
オドゥは天をふりあおいだし、ウブルグはほむほむとうなずいてニヤついている。
「ほお……レオポルド本人にむかって『魔術師の杖』をのぅ……作りたいと。ほむ、そりゃおもしろかったのう」
おもしろい?なに?なんなの?みんなの微妙な顔は……。みんなはわたしを蚊帳の外におき、ひそひそと話しだした。
「ネリア、ぜったい意味わかってませんよね……」
「どうする?教えてやる?」
ヌーメリアが意を決したように、口をひらく。
「あのですね……ネリア、杖自体は魔道具の一種で市販されているものもあるし、魔術師自身が自作することもあるんですが、錬金術師が杖を作ることや、杖作りを依頼されることはほとんどなくって……」
「そうなの?やっぱり作るのはむずかしいんだね」
錬金術師は魔道具作りのエキスパートだし、グレンが頼むぐらいだから、むずかしくても作れないことはないだろうと思っていたのに。
「むずかしいというか……魔術師にとって、自分の魔力の性質をつぶさに知られるのは致命的なんです。弱点から心の奥底まで見抜かれるようなものですから。その……家族や恋人のような親しい関係ならともかく……」
「えっ?」
ヌーメリアがなにを言おうとしているのか、よくわからなくて聞き返したわたしに、オドゥが苦笑しながら教えてくれた。
「つまりね、ネリアはレオポルドに『裸になれ』といったようなもので、プロポーズしたも同然ってこと」
「はい⁉」
「『魔術師の杖』は魔素を増幅するだけでなく、術者の集中力を高め、魔力の制御もつかさどる魔道具だ。とくに魔素のあつかいに精通した錬金術師が作る杖は、そのなかでも最高峰といわれ、魔術師にとってはのどから手がでるほど欲しいさ。……杖だけならね」
オドゥは自分の眼鏡のブリッジに手をあてて、深緑の瞳でわたしの顔をのぞきこんできた。
「けれどそのかわり、すべてをさらけだし、相手にゆだねなくてはならない……あいつがネリアにそんなこと許すとおもう?」
「思わない……」
「まぁ、レオポルドほど高位の魔術師の杖は、それにみあうだけの魔力を持ち、本人の魔力の性質を知りつくした相手にしか作れないだろうねぇ……できたとしたら国宝級だろうな」
「……」
なんだかわたしは、とっても無謀なことをしていたようだ。
すべてをさらけだせ……ってレオポルドに⁉
無茶言わないで!いや、言ったのはわたしだけどね……⁉
そりゃレオポルドもびっくりするし、怒るよね⁉
「まぁネリアが、レオポルドのすべてを一切合切ひきうけて、あいつに縛られてもいいっていうんならべつだけど」
オドゥがおそろしいことを言ったので、わたしは震えあがった。
無理!彼のそばにいるだけで、生きた心地しないのに!むこうだってイヤがるよ!
わたしに『魔術師の杖』は作れません!不可能です!
だからグレンは『杖をつくれ』ではなく『杖をつくってもらえないだろうか』と頼んできたんだ。
グレンが持っていたすべてが必要になるだろう……そして、それを全部つかったとしても、やりこなすのは難しいミッションだ。
たぶん、死期をさとったグレンは『不可能』だとわかっていて、頼めるのはわたししかいなかったのだろう……。
「ひと昔前に、錬金術師の青年と魔術師の女の子との恋を題材にした『魔術師の杖』という小説がはやったのも、ネリアは知りませんよね?」
「……うん」
ヌーメリアが教えてくれた小説なんて、わたしは知らないけれど、オドゥも知っている有名なものらしい。
「あーはやったよねぇ、それのおかげで僕も魔術師の女の子に言い寄られて困ったけどさ。たしか錬金術師がおのれの唯一と認めた相手に、杖を贈って告白するんだろ?」
「こくはく」
おうむ返しにつぶやく。こくはく。いや……字をあてはめたくない……。酷薄とか刻薄とかじゃダメだろうか。
「えっと、オドゥはなんで杖を作ってあげなかったの?」
話をそらしたくてふったのに、オドゥはあきれたようにため息をついた。
「ええ?ネリアってほんとなんにも知らないよね……魔術師の連中がどれだけ嫉妬ぶかいかわかってないだろ。杖なんか作ったらものすごい執着されて、心変わりしようもんなら八つ裂きにされるよ」
嫉妬ぶかい?魔女たちならともかく、レオポルドにそんなの当てはまりそうにないけど……。
「まぁ、ある意味魔術師にとっちゃ、ステータスシンボルだよ。『自分に杖を作ってくれる錬金術師の恋人がいる』ってことだから」
「こいびと」
ぼうぜんとしているわたしに、ウブルグが最後のダメ押しをした。
「レイメリア・アルバーンもグレンを口説くときに、『私の杖を作ってください』と言っておったしなぁ」
……っ!息子なんだからレオポルドは、とうぜんそれ知ってるよね⁉
「グレンはそんなのひとことも……!」
「あぁ、ヤツは恋愛小説など読まんからのぅ……『きみは杖を作ってほしくて、寝ていた私の上に降ってきたのか?』と真顔でレイメリアに聞いておった」
グレン爺!
オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけ、困ったように深緑の瞳をほそめた。
「ネリアに真剣に『あなたの杖を作りたいの!』なんて迫られたら、僕でも動揺するだろうな~」
「えっ!」
決してそんなつもりでは!ユーリも考えこむように、あごに自分の手をあてた。
「僕だったらネリアがわかってなくても、言質とったことにして即聖堂に連れこみますね」
「ええっ!」
「レオ坊は断るでもなく、怒りだしたか……ほむぅ」
ニヤニヤと笑いつづけるウブルグの横で、オドゥが肩をすくめる。
「そりゃそうだよ、本気で迫られたと思ったらさぁ、本人はまったくわかってないんじゃねぇ」
「ほむほむ……おもしろいことになりそうじゃのう」
お母さん、わたしはどうやらまた、墓穴を掘ってしまったようです……きっともう彼の顔がまともにみられません。
そうかぁ……『手づくり』ってこっちの世界でも酷薄……もとい、告白アイテムだったんだ。
でもさ……杖がそうなるって、あっちの世界じゃよっぽどおじいちゃんの恋だよ!わかんないよ、そんなの!
ネリアがどうやって杖を作るのかという、長い物語がようやくはじまります(ここから⁉)