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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第五章 ネリアと二人の師団長
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145.パズルのピース

ブクマ&評価、誤字報告ありがとうございます!

「……熱が高いな」


 額にひんやりとした大きな手があてられ、わたしは熱に浮かされたままぼんやりと声をかけた。


「……グレン?」


 手がピクッと反応し、スッとひかれようとしたため、その手にあわてて追いすがる。


「待ってグレン!」


 いきおいよく起きあがったつもりだったのに、めまいがしてよろけたところを、がっしりとした腕に抱きとめられた。


 手にふれるグレンの体は温かく、実体をもったその感触にわたしは心底ほっとした。


 わたしは涙があふれてそのまますがりついた。必死にしがみつかなければすぐに彼が消えてしまう気がした。


「グレン! グレン……あいたかった……もぅどこにもいかないでよぉっ!」


「待てっ、私はグレンでは……!」


「レオポルド……仲良くしたいのに……仲良くしたかっただけ、なのに……」


 しがみついたグレンの体が、身をこわばらせる。


「最初からわたしをバケモノあつかいしてっ……あんなやつ、だいっきらい!」


 涙がとめどなくあふれ、視界が緑色ににじむ。


「わたしがどんなにがんばっているか、知りもしないで! わたしがどんなに努力しているか、わかりもしないくせに! あんなやつっ!」


「……おちつけ……たのむから落ちついてくれ……」


 大きな手がそっとやさしく背中に添えられる。じんわりとつたわる温かさが、わたしの魂が体から抜けでるのをとめているようだ。もうすこし、もうすこしだけわたしのそばにいてほしい。


「グレン……いつもみたいに『生きろ』っていって。わたしのそばからいなくならないで、ずっと一緒にいてよ……お願い、どこにもいかないで。もう、ひとりぼっちはいやだ!」


 最後のほうは、叫びというよりも悲鳴に近かった。背中に添えられた大きな手が、なだめるように背をやさしくさする。


「お前は……ひとりぼっちじゃ……ないだろう」


「ひとりぼっちだよ……わたし、いつまでたってもこの世界の人間にはなれない……」


「この世界の……人間……?」


「バケモノあつかいされるぐらいなら……あなたとふたりでデーダス荒野で暮らしていたほうが楽しかった……こんなところ、もういたくない!」


 わたしのなかで、なにかが勢いよく嵐みたいに吹き荒れる。視界が真っ赤に染まり、心臓の音がドラムが鳴り響くようにやかましいほどの大音量で、自分の鼓膜にうちつける。


「……っ、魔力暴走が……っ! おいっ、『生きろ』っ……!」


「『生きろ』というなら、約束して……ずっと、わたしのそばにいて……」


「…………」


「いえないなら、もうわたしのことは……ほうっておいて」


 そうしたら、ここではない静かなところにいくから……。自分の体の感覚が何もない。感じられるのはかろうじて背にあてられた手の温かさだけ。いまなら真っ暗な闇の底は、手をのばぜばすぐ届くところにあるような気がした。


 このままグレンといっしょに消え去ってしまうのもいいかもしれない……そう思ったのに。


 闇に落ちる寸前に、ひとことひとこと区切るようにはっきりと、グレンの低い声が聞こえてきた。


「……約束する。そばにいる……だから『生きろ』……どこにもいくな」


「本当? そばに……いてくれる?」


「あぁ……そばにいる。だから『生きろ』……」


 私はようやく満足して、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま笑った。グレンの体に手をまわし、ぎゅっとしがみつく。抱きかえしてくれる腕も、背中にそえられた手も温かくて、もうそれ以上言葉はいらなかった。


 これはきっと夢だ……目がさめたら、グレンはきっともういない。いなくなってしまうのはわかっていたから、無理にでもつよい言葉で約束させた。ごめんね、グレン……ありがとう……。





 ネリアが動けなくなったときに『ひきつぐもの』としてレオポルドを指名していたおかげで、師団長室の護り手のソラはなにもいわず彼を居住区まで案内した。


(帰ってきた……)


 アルバーン領のどこか小さな家だと思っていた……あかるい日ざしが差しこむ中庭、大きなコランテトラの木とその下に置かれたベンチ……その奥にある扉をあけると、生活スペースだ。


 時がさかのぼり、いまにも母の笑い声が聞こえ、父の大きなうしろ姿がどこかにみえるかのようだ。


 こどものころ中庭ではしゃいだあと、明るい夏の日差しのなかから屋内に飛びこむと、一瞬だけ目がくらんだ。そのときと同じように目をまたたくと、すぐに視界が慣れて見慣れたキッチンやテーブルが目にはいる。


(……もっとひろく感じたものだが……)


 居心地のよさそうな居間に、そのむこうがキッチン……左手にむかえば寝室……何もかもがレオポルドの記憶どおりでかわらない。


 レオポルドは「ただいま」といいそうになるその感覚をふりはらい、腕にかかる重みだけに集中して歩を進め、ネリアの寝室に足を踏みいれた。


 娘を寝かせるとレオポルドは塔の師団長室にもどり、仮眠室の薬棚を乱暴にあさる。


 信じられないほど気がせいていた。なぜこんなに焦るのかわからない。グレンが死んだのと同じ場所で、突然目の前であの娘が倒れたからか?


(あの娘が消えてしまう……)


 ただそれだけが直感でわかった。


(消えるな……! )


 腹がたつほどに、いつもくってかかるあの元気のよさはどうした!


 叱り飛ばしたい思いでふたたび居住区に駆けつけ、どうにか薬を飲ませた。


 ベッドにねむる娘の静かな呼吸をたしかめたあと、ようやく息をついたレオポルドは、寝室をみまわした。奥の壁にドアをみつけた彼は、すいよせられるようにそのドアへむかう。


 そのドアをまよわず開けると、そこは小さな部屋だった。部屋の中央には魔法陣が敷いてあり、レオポルドは息をのんだ。


「なぜ……ここにこれを……」


 目の前にあるなにもかもが信じられない。部屋のすみには雑然と箱などが積み重なり、倉庫として使われているようだった。レオポルドは灯りをともすと、部屋をみまわした。


「ここは……こども部屋だったはずだ……」


 よくみれば若干色あせてはいるものの、雲と虹が描かれたかわいらしい壁紙がはってある。その壁紙に指でふれ、レオポルドはようやく確信がもてた。


「まちがいない……私はここで暮らしていた……」


 このへやの床に座りこみ、おさない自分はよく遊んでいた。へやの中央にはそこにあったはずの遊び道具やタオルケットなどはなく、ものものしい魔法陣がひとつ敷いてあるだけだった。


 その魔法陣の存在だけが、あの優しい記憶はもうどこにも存在しない、過去のものだという事実を、ようしゃなく自分につきつけてくる。


 そうだ……母も……父も……もうここには存在しない。


 なつかしいわけじゃない。恋しいと思ったこともない。ただ自分のなかの空虚な部分をうめるパズルのピースが、ここに転がっているような気がするだけだ。


 レオポルドは床に膝をつくと、銀の髪が肩をすべって床におちるのもかまわず、指で術式をたどった。


 レオポルドには権限がないため、魔法陣にふれても動かすことはできないが、それを読むことはできる。


(あいつはなんのために、デーダスに工房を?そしてなにを思ってここに魔法陣を……)


 その疑問にたいする答えは、おそらくすべてあの娘が持っている。


 移動の機能をもちながら、その魔法陣の使用はきびしく制限してある。


 封印しなければならないほど……だれかにふれられるのを恐れるほど……あいつにとって大事なもの、それがデーダスにあったとしか思えない。


『デーダスの家にだってきていいんだよ? グレンの息子さんなんだし』


 師団長会議でネリアにそういわれたときは反発したが、いずれ自分はそこへいかなければならないだろう。


 ネリアが瀕死の重傷のところを助けられ、つい最近までそこで過ごしていたというデーダス荒野の家までいけば、多くのことがわかるはずだ。





 レオポルドはもういちど寝室にもどると、黄昏色の瞳で生気のない娘の寝顔をみおろした。


 人ぎらいで知られるグレンとて、この娘は持てあましたろう。


 それなのになぜ三重防壁をほどこし、すべてをゆずったのか。もっともあんな細い体ですがりつかれたら自分でも、なにがなんでもあの娘を守ろうとするだろう。


 くるしげに顔をゆがめると、レオポルドは暗闇でひとりごちた。


「まさか……自分の父親に嫉妬することになろうとはな……」


 なぜ、あそこまで慕う。


 なぜ、あそこまで求める。


 あとをソラとヌーメリアにたくし、レオポルドが釈然としない想いをかかえたまま中庭にでると、コランテトラの木にもたれるように人影がたっていた。


 オドゥ・イグネル……レオポルドと同期で、学園時代からグレンに心酔して研究棟に通いつめ、卒業後は錬金術師になった男だ。


「ネリアは落ちついた?」


「……ああ」


 横をとおり過ぎようとしたとき、中肉中背でありふれたこげ茶の髪に眼鏡をかけた男は、なにげないようすで話しかけてきた。


「レオポルド、きみは自由じゃない……エクグラシアの魔術師団長で、アルバーン公爵家の人間だ」


 そのことばに、学園時代から天才とよばれ成人すると同時に魔術師団長となった、〝銀の魔術師〟ともよばれる男は足をとめた。


「なにがいいたい……」


 平凡な顔だちをした眼鏡の男は、だれにも警戒心をいだかせないような、人のよさげな笑みを浮かべる。


「僕はなにがあってもネリアを守るよ。きみとちがって自由だからね……でもきょうは助かった。僕にグレンのかわりはできない」


 銀の魔術師は無表情のまま、だまってオドゥの言葉をきいた。


「ネリアは無意識にお前とグレンを重ねているだけだ。お前を求めているわけじゃない……自分がいちばんよくわかっているだろう? お前はただの代役だ……銀の()()()()のな」


 そんなことは、いわれなくともさっき彼女に聞かされたばかりだ。


「……わかっている。彼女は私をきらっている」


 銀の魔術師がそれ以上の会話をこばむように転移すると、中庭にはさっきまでの静寂がもどってきた。


「まったく……ネリアってホント油断ならないよね。グレン・ディアレスにも、当初の予定をかえさせるしさぁ。僕自身の計画もだいぶくるってしまった。これ以上の()()()()はやめてほしいね」


 オドゥは暗闇にひそむ自分の使い魔に愚痴をこぼした。

ありがとうございました!

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ブルーベルの咲く森で

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― 新着の感想 ―
[良い点] オドゥ怪しい!いつもより!
[気になる点] 父親に嫉妬!!!! [一言] ( ゜д゜) (つд⊂)ゴシゴシ (;゜д゜) (つд⊂)ゴシゴシ   , . (;゜ Д゜) …?! (つд⊂)ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…
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