144.魔力暴走
ブクマ&評価、そして誤字報告ありがとうございます!
レオポルドはその黄昏色の眼差しを、まっすぐにこちらにむけた。
わたしの背にじわりといやな汗がにじむ。心臓の音がどくどくと激しくなって、おもわず呼吸が浅くなる。意識しないと、呼吸のしかたを忘れそうだ。空気がほしくて、肺から息をおもいきり吐きだした。
「……どうしてそんなことを……」
「不自然だからだ。よっぽどの僻地でもないかぎり、魔力持ちがそれと気づかれずに生きていくことはむずかしい。とくに大きな魔力を持つものは、その制御に苦しむことになる」
「……」
「お前が先天的な魔力の持ち主か……それとも後天的な魔力の持ち主か……それを考えたときに、お前のそばにグレンがいたという事実があれば、後者の可能性を考えるだろう」
「なるほど……わたしを観察してそう考えたのね」
レオポルドは厳しい顔をして、わたしをにらみつけた。
「王都三師団はたがいに抑止力だ。錬金術師団が暴走したら、それをとめるのは魔術師団や竜騎士団だ……調べるのは当然だ。お前だって私を警戒しているのだろう?」
そうだった……彼は油断のならない相手で……わたしは最初、彼をオドゥとおなじぐらい警戒していたのに。
「それと……お前の魔術は魔力の使いかたが力任せで、分かってないと感じることがある」
彼は容赦なくわたしの『欠点』を突いてくる。
わたしは魔力の使いかたが分かってない。
それはそうだ、この世界にくるまで魔力なんて使ったことないもの。
「お前は術式を紡いで、魔力を考えて使うことはできる。だから錬金術ができるのだろう……だが、呼吸をするようには自然に魔力を使えない……こんなふうに」
レオポルドはすっと指先に炎を灯すと、ふっと息を吹きかけた。風で揺らいだかに見えた炎は、1匹の蝶に姿をかえ、ヒラヒラと飛んでいった。
「きれい……」
そうだ。彼の魔法はいつ見てもきれいだった。
グリンデルフィアレンを燃やした白い焔も、ライアスと訓練をしたときの氷や炎も氷晶も。
なんとなく、グレンの錬金術をおもいだす。
グレンの錬金術も、本人は散らかった部屋にすむボサボサ髪のお爺さんでも、その手が創りだすものはきれいだった。
ソラも、きっと二人にかけられた〝契約〟も。彼は不器用だけれど、優しい人だった。だから、ユーリにかけられた術も変なことにはならなかった。
グレン……あなたを信じていいよね?あなたを信じるように、目のまえの彼を信じてもいいだろうか?
魔術師団長という重責を負いながら、得体のしれないわたしに、真摯にむきあってくれようとしている彼を。
わたしは決意すると口を開いた。
「グレンは……わたしと〝星の魔力〟をつなげてくれたの」
「ネリア、お前がこの世界に定着できるように、〝星の魔力〟とお前をつなげた」
グレンはまだ動けないでいたわたしに、そう語りかけた。
「お前はどんなことがあろうとも、『生きたい』と願え。少しでも『死にたい』とか、『この場所にいたくない』と思えば……この星とお前との『つながり』はかんたんに切れる」
あのときは、すぐには……いわれた意味がよくわからなかった。
「だからネリア……お前は、どんなときでも『生きたい』と願え。この世界で生きていくために」
そういう彼に、わたしはこう答えた。
(じゃあ……グレンがそばにいて『生きろ』っていってくれる?そうしたら頑張るよ……)
「〝星の魔力〟だと……バカな!」
レオポルドが驚愕したように目をみはり、たちあがった。椅子がガターンと音をたてて倒れるほどのいきおいだ。
レオポルドはまったく気にせず、顔をこわばらせたままわたしを見おろしている。
「レオポルド……アホ面とかバカとか……わたしをみくだす言葉にバリエーションつけなくてもいいから……」
「ちがう、そうじゃない。グレンが……〝星の魔力〟を人間につなげたなど……ありえない!」
レオポルドは激しくかぶりをふった。
「それは禁術……〝死者の蘇生〟につかう術だ……!」
こんどは、わたしが目をみひらく番だった。自分の耳がひろった彼の言葉を反芻する。
いま、彼はなんていった?
禁術!?
シシャノソセイ……なにそれ……グレンは何をしたの!?
「ネリア……お前は……」
レオポルドが信じられないものを見るような目つきで、わたしを見ている。
「お前は……まさか……」
ちがう!
やめて、そんな目で見ないで!
「……じゃあなに? わたしが〝死者〟だ、とでもいいたいの?」
いい返した自分の声はふるえていた。気がついたときにはグレンがわたしのそばにいた。でも事故の記憶自体はうろおぼえで……。
どうして?
こっちの世界にきたとき、わたし、生きてた? それとも……。
「ネリア、お前がこの世界に定着できるように、星の魔力とお前をつなげた」
それって……どういう意味だった?
「お前はどんなことがあろうとも、『生きたい』と願え」
どうして、それを願わなきゃならない?
「この星とお前とのつながりはかんたんに切れる」
つながりが切れたら、どうなる?
やめて、知りたくない!
「……おいっ、しっかりしろ!」
だれかのあわてたような声がすぐそばで聞こえたけれど、もうそのときには遅かった。
わたしの体のなかで魔力があばれだす。魔素の流れがせきとめることのできない濁流となり、いまにも体を内側から破ろうとしている。
(もういやだ……こんなところ、いたくない! )
「ネリア、きみに移りゆく王都の季節をみせるのが楽しみだ」
(ごめんなさい、ごめんなさい……ライアス! )
「お前はどんなことがあろうとも、『生きたい』と願え」
(グレン……それはどうして? )
グレンに聞きたい。グレンに会いたい。けれど彼はもう……絶望とともに、わたしの視界が緑色に染まった。
この世界にたどりついたとき、バス事故に巻きこまれたわたしの体は、いろいろなものを失っていた。
わたしの瞳はペリドットという黄緑の石から作られている……と、グレンはいった。デーダス荒野のちかくで採れる、その土地の魔力に親和性のたかい石だそうだ。
そのため、わたしの瞳が視えるようになったばかりのころ、世界はペリドットを通した光で緑色に色づいていた。
ふだんは視神経がひろった情報を脳内で映像化するさいに、もうひとつ術式を挟むことで、ふつうの色に変換して視えているのだけど……。
わたしの体はいま魔力暴走を起こしかけていて、その術式がうまく働かない。瞳がひろう緑色の映像が、脳内にそのまま流れこむ。よくない兆候だ。暴走を……とめなければ。グレンはどこ?
いつも魔力暴走を起こしたときは、グレンがとめてくれていたのに。わたしのそばにいて「生きろ」といってくれていたのに。
ああ、でももう何もかもがどうでもいい……だって、グレンはもういないんだもの。
力を失ったわたしの体はその場でくずれおち、それをだれかの腕が抱きあげる。
「ソラ、ネリアが倒れた!」
わたしを抱きあげる、この人はだれ?
「魔力暴走を起こしかけている! 居住区でやすませる!」
「魔力暴走……!? でもなんの変化も……」
女性の声が頭にひびく……たしかヌー……だれだっけ?
「全部、体の内側にむかっている。このままでは体がもたない……魔力暴走の薬なら魔術師団の師団長室に常備してある。私が取ってくる!」
「どうしてこんなことに!? レオポルド、お前なにした!」
「オドゥ、あとだ! とにかく薬を飲ませるのが先だ!」
「いそいでください!」
緑色に染まる視界……わんわんとひびく声……油断すると、なにもない暗い宇宙の底へ吸いこまれそう……静かなところにいきたい、こんなところにもういたくない……もっと静かなところへ……。
「薬を……飲めっ!」
せっかく静かになったのに、すぐそばでだれかの怒鳴り声がする。うるさいなぁ……もう、放っておいて!
わたしはだれかの腕をふりはらった。静かにして……そっとしておいて!
そうすればわたしはここではない、どこかに行ける。もっと静かなところへ……。
「このっ……!」
わたしの唇はなにかに塞がれ、薬がのどの奥に注ぎこまれた。それと同時にわたしのなかで暴れる魔力を抑えこむように、抱きしめるようにしてなにか大きな魔力に包みこまれる。
こくり、とわたしの喉が動き……薬を飲みくだした。そのまま全身の力がぬけていき、わたしは意識を失った。
ありがとうございました!