143.長距離移動魔法陣の完成
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とりあえず資金のメドがついたらという話になり、おもしろがったオドゥやユーリまで知恵をだし、ヴェリガンはなんと市場にコールドプレスジュースの屋台を出店することになった。
どうやらわたしが海猫亭でおこなった、グリドルの製品テストを兼ねたお好み焼きとタコ焼きの販売がヒントになったらしい。
市場ではたらく人たちはいそがしいから、食事も立ってササッと食べられる屋台飯が人気だそうだ。
カットフルーツなんかも売っているけれど、効能や吸収の効率まで考えたコールドプレスジュースは斬新だそうで。
じっさいにヴェリガンの顔の肌艶がよくなっていくのをみていた、なじみの青果店が協力してくれることになり……オドゥも面白がって加わっているから、話がどんどん進んでいく。
けれどヴェリガンがやる気をだしたキッカケが川を作りたい……って。きみのやる気スイッチはそんなところにあったの⁉わたしは頭をかかえた。
「どうして川を作ろうなんて発想になるんだろう……」
「えぇ?ネリアが言ったんじゃん」
たしかに言ったけれども!本気にするなんて思わないじゃん!グレンもデーダス荒野にわざわざ工房をつくったけれど、研究室に川なんて必要ある?ないよね?
まぁ、いつも顔色がわるくて生きるという努力をとことんしなかったヴェリガンが、やる気になっているのならそれでいいけど。
そしてようやくレオポルドが今日、師団長室にやってくる。彼に長距離転移魔法陣の完成につきあってもらえば、わたしのサンゴ礁で泳ぐという夢に一歩ちかづく!
「とはいえ、緊張するなぁ……」
わたしは師団長室でひとり準備をしながら気が重くなった。
訓練場ではわりと普通に話せたけれど、それはライアスやオドゥがいたからだ。レオポルドに会うのはやっぱり緊張する。
シャングリラにきたばかりのころ、わたしはなんとか彼と話をしたかった。
単純にグレンの話を聞きたかったし、グレンの遺した言葉の意味も……彼と話せば何か手がかりがあるかと思ったのだ。
だけど彼らの親子関係は信じられないほど疎遠で、わたしにたいする彼の態度もひどかった。
いまはレオポルドの態度は多少やわらかくなったけれど……わたしに好意的なライアスや竜騎士団のみんなとくらべれば、どうしたって距離がある。
「うん、がんばろう!」
わたしがふたたび気合をいれたとき、ソラが師団長室の扉をあけた。
「レオポルド様がおみえになりました」
「ありがとう、通してくれる?」
黒いローブをはおった長身のレオポルドが扉のところに立つと、師団長室の大きな扉も小さく見える。
銀の髪はたばねずに背中に流したまま、彼はゆっくりと師団長室にはいってきた。
きょうの彼はいかにも魔術師団長らしい格好で、耳たぶにもローブにも魔石をあしらった護符がいくつも揺れ、ライアスと訓練場で剣を交わしていたときとはまるで別人だ。
薄紫色の瞳で中をみまわしたレオポルドは、わたしと目があうなり「このあいだはすまなかった」と謝ってきた。
「えっ?」
まさかレオポルドに謝られるとは思わなくて、わたしはおどろく。
「途中で私が帰ってしまっただろう……本当はもっとはやく設置するはずだったのに、ウブルグ・ラビルを待たせてしまったな」
あ、あのときのことか……。
「そんな……だいじょうぶだよ、ウブルグは整理した資料を読みかえして、楽しそうにしていたし」
「さっそくはじめよう」
そういってレオポルドはすぐに、テーブルにひろげて置かれた、わたしが描いた術式をチェックしだした。息をつめて彼を見守っていると、やがて彼が静かにうなずいた。
「術式はこんなものだろう……あとは設置するだけだな。長距離移動魔法陣は設置にも動かすにも魔力がいる……お前のことだから心配はしていないが、いちおう魔力回復のポーションを用意しておけ」
「わかった。ソラ、用意しておいて」
「かしこまりました」
わたしが緊張してもう一度術式に目を通して手順をチェックしていると、そのようすを黙ってみていたレオポルドが言った。
「べつに一回勝負というわけじゃない……失敗したらしたでポーションを飲んでまた挑戦すればいい」
「レオポルドも何度も練習したの?」
つい質問するとレオポルドは無表情に淡々とこたえた。
「あたりまえだ。魔術師団は現場へ出向く……転移魔法が使えなければ意味がない」
「そうだよね……」
なんかあたりまえのことを聞いちゃったよ……。
目をふせたわたしにむかって、レオポルドがまるでひとりごとのようにぼそりと言った。
「だが……長距離を跳ぶ訓練をしたのは、自分が自由にどこにでも行きたかったからだ」
「自由にどこにでも?」
わたしが顔をあげると、まったく表情をかえぬままレオポルドがうなずく。
「そうだ。すべての魔術は〝願い〟が根底にある。魔術は自分の望みを具現化する手段にすぎない……お前が転移魔法で何をしたいのか、それを忘れるな」
「……うん」
転移魔法のなりたちは、恋唄だとロビンス先生が教えてくれた。「会いたい人に会いにいく」という術者の願いをかなえるためのものだと……。そこまで考えてふと思った。
「自由にどこにでも行きたかった」というレオポルドの〝願い〟……彼はだれかに会いたくて、転移魔法を練習したわけじゃないんだ……。
レオポルドは工房に続く扉よりに立つと魔法陣を展開し、そのあたりの床を調べてからうなずいた。
「このあたりが広さからいっても設置するにはよさそうだな」
「そうだね」
わたしは深呼吸をひとつしてから、見当をつけたあたりに魔法陣を構築していく。
床に術式を刻むといくつもの線が走り、さらにそれに重ねるように古代文様を魔法陣に配置していく。
ふつうの転移魔法陣はもうなんども使っているけれど、海洋生物研究所はわたしも行ったことがない場所だから、座標の指定は慎重にやる。
そのほかに使用者の権限の設定や、魔法陣がきえないように固定の術式……誤作動をふせぐための隠ぺいの術式……複雑で細かい術式をいくつも書きこんでいく。
そそぐ魔素には強弱をつけて……一瞬たりとも気がぬけない……わたしは無意識に唇をなめた。
魔法陣は願いをこめるもの……ウブルグが海洋生物研究所で好きな研究にうちこめるように。
床にえがいた術式を、ひとつひとつつなげて、ひとつの魔法陣を形作っていく。
みんなでマウナカイアを訪れることができるように。わたしにとって、まだ見ぬ世界がどんどんひろがっていくように……。
わたしの願いをかなえるために、刻んだ術式に沿って魔素が走る。魔素は魔法陣の実行をつかさどる結実紋〝エレス〟へとむかっていく。ロビンス先生の言葉を思いだす。
『結実紋は魔法陣の要……うむをいわせず実行できるだけの力強さが必要です』
すべての未来に通じる扉になるように……ここに、魔法陣を……置く!
床に敷かれた魔法陣のなかで術式と文様がひとつにつながり、魔素を注がれた魔法陣がまるで命をもつかのように輝きだす。
最後にもういちど〝エレス〟におもいっきり魔素をたたきこむと、魔法陣全体がまばゆく光り固定が完了した。
床に刻まれた魔法陣から魔素の光がうすれて消えるまで、わたしは息をとめてみまもっていた。
「……みごとだった」
黄昏色の瞳をもつ銀の魔術師がうなずき、わたしは彼に認められたことがうれしくて、自然に笑みがこぼれた。
「レオポルドのおかげだよ……ここまでつきあってくれてありがとう!」
肩の力をぬいたら、思ったより足がふらついた。レオポルドが体を支えてくれて師団長室の椅子に腰を下ろすと、ソラが準備していたお茶とポーションを運んでくる。
「ありがとう、ソラ」
レオポルドはソラが部屋にはいってくると眉をひそめ、視界にいれたくないのか顔をそむけた。だされたお茶にも口をつけようとしない。わたしは思いきって聞いてみる。
「あの……レオポルド、やっぱりソラを見るのは不快なのかな?」
レオポルドは銀の髪をかきあげると、「まあな」とため息をついた。
「……昔は双子のようだといわれた……私も長いことあれぐらいの背だったからな。なんであんなものを創りだしたのか知らないが、グレンは趣味が悪い……」
ソラの外見に関していえば、あの透明感のある美しさはむしろ、初めてみる人間はみな言葉を失うほどで……けっして趣味が悪いとは思えないのだけど、姿を写された当人にとってはいい迷惑なのだろう。
ソラにそっくりだった……という、こどものころのレオポルドも見てみたかったけど……。
「あ、そうだ!収納ポケットは遠征に間に合うように仕上げて、参加者の装備にとりつけさせてもらうの。それで収納ポケットの術式も、見てもらおうと思って用意したの」
ワッペンに仕立てた収納ポケットの実物と、魔法陣の術式を記した紙をおそるおそるレオポルドに見せると、彼はそれをじっくりとながめてからうなずく。
「……よくできている」
彼の表情をみまもっていたわたしは、そのひとことでホッとした。
「ありがとう! それで……貸してもらった〝古代文様集〟を、まだ借りててもいいかな。遠征が終わるまでとかでもだいじょうぶ?」
「かまわない。役にたったのか?」
「うん、すごく! 文字とはちがうから、どんな願いをこめたのかな……とか想像しながら読むとたのしいよ。貴重な本を貸してくれてありがとう!」
「……そうか」
レオポルドはふいっと顔をそらした。あ、なんかふつうに話せてる。
それにふいっと顔をそらすこのしぐさ……まえにもみたことがある。顔色がまったくかわらず無表情だからわかりにくいけれど……もしかしてレオポルド、照れてる?
え?レオポルド……なんかかわいくない?
やばい、わたしなにかおかしい……。しぐさのくせに気づいたとたんに、レオポルドがかわいく見えるなんてありえない!
わたしはあわてて話題を変えた。
「あのね、レイメリアの魔石は落ちついたらデーダスに探しにいこう……と思っているけれど、その、みつからないかもしれなくて」
レオポルドの顔は凍てついたように無表情だけれど、銀の髪は彼が首を横にふるとそれだけで、流れる川のようにきらめいた。黄昏色の瞳がすこし遠くをみる。
「……ただの感傷だ、気にするな。もう二十年近くまえの話だ……みつかるとも思っていない。ほんとうに探したければ、グレンが生きているうちになんとかしただろう」
彼はそういうけれど、わたしはやっぱり気にしてしまう。
「そういってもらうのは……ありがたいんだけど……」
「お前はグレンからすべてを引き継いだことで、なにか私に負い目があるのかもしれんが……私には必要ないものだ。むしろお前のような者がいてくれてホッとしている。そのままにしておくわけには、いかなかったろうからな」
グレンは偏屈な老人だったけど、なんだかんだで優しかった。彼はわたしの命を救っただけではなく、わたしに錬金術を教え王都にわたしの居場所をつくってくれようとした……と、いまならわかる。
けれど居心地のいい師団長室の居住区……護り手のソラ……いま見えているこの中庭の景色も、ほんとうはすべてレオポルドのものだったんじゃないだろうか。
本来なら彼がいるべき場所に、わたしが居座っているような気がする。
この世界にわたしのものなんてなにひとつない。あるのはこのわたしの体だけ……そう考えるとすこし心細くなった。
「グレンにはほんとうにお世話になって、簡単には返せないぐらいのものをもらったから……あなたは嫌がるかもしれないけれど、わたしにとっては恩人の息子さんだよ」
「…………」
レオポルドはしばらく無言だったが、やがてためらうように口を開いた。
「お前は……グレンからひどいあつかいをされなかったのか? たとえばデーダス荒野に監禁されるようなことは?」
「えっ、ちがうよ。わたし瀕死の重傷を負って死にかけてたの。グレンに助けてもらっても一年ぐらいは動けなくて、デーダスで怪我の治療とリハビリに専念してたから……」
レオポルドはおどろいたように目をみはった。いまとなっては事故にあったなんて、ぱっと見ただけではわからないだろう。
「それほどだったのか?」
「うん……なんの関係もない他人だから、放っておいてもよかったのにね。グレンはわたしを助けて、回復するまで面倒をみてくれたし、錬金術の手ほどきまでしてくれたんだよ」
(よかった……彼とちゃんと話せてる。あともうひとつ、杖の話をできないかな……)
わたしがのんきにそんなことを考えていると、こんどは彼のほうから質問してきた。
「そうか。もうひとつ質問したいのだが」
「なぁに? わたしレオポルドに質問されるようなこと、あったかなぁ……?」
わたしが首をかしげると、彼は鋭い視線をこちらにむけた。
「答えられる質問だけでいいから答えろ。お前の魔力の源についてだ」
「魔力の……源?」
わたしの心臓がどくんと跳ねた。
「そうだ。ふだんはうまく隠しているようだが、お前の魔力も強大だ」
「そ、そう?」
とぼけても無駄だろう。彼の前ではさんざんやらかしている。最初からたぶん目をつけられていたし。レオポルドはその眼光を強め、まっすぐにこちらを射るように見てくる。
「ここにいるのは私だけだから答えろ。お前の魔力を増やすために、グレンは何をした。私のような成長をとめる〝呪い〟とはちがうだろうが、何か人為的な手をくわえているはずだ」
ありがとうございました!









