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135.王子様とカエルの卵

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 ようやく『研究棟』に戻ってくると、ユーリが待ちかまえていた。


「ネリア、おかえりなさい!どうでした?」


「うん、アイリ喜んでたよ!」


「そうですか……それはよかった」


 ユーリはほっとした顔をする。


「だけどユーリは自分のことに集中して。体がまだ本調子じゃないでしょう?ようやく職業体験も終わったんだし、しっかり休んでね」


「はい……」


 あの日、ライガでわたしの後ろに座り、腕を回してきたユーリの体は凄く熱かった。ほんとうはすぐにでも寝かせたほうが良かったんじゃないかと思う。


 翌日もふつうに『研究棟』にやってきて学園生たちの相手をしていたけれど、レオポルドから痛みを感じなくなる『痛覚遮断』の術式を聞きだして使っていたと、あとから聞いておどろいた。


 ユーリは無意識に、弱みをみせないようふるまうくせがついているんだろう。


 わたしがじっとユーリの顔を見つめると、彼は不思議そうに首をかしげた。


「どうしました?」


「うん?ユーリはおっきくなってもユーリだなぁ……って思って」


「ええ?それはどういう……?」


「雰囲気とかガラッと変わっちゃったらどうしよう……って思ってたけど、ちゃんと面影は残っているし、目元は変わらないよね……なんか安心したよ」


「そうですか?まだちょっと自分では違和感がありますが……」


 ユーリは自分の顔を確かめるようにさわった。うんうん、ほんとうにかっこよくなった!優し気な雰囲気はかわらないけれど、前髪をおろしているときよりも、あげたときに精悍さがまして、横顔なんかキリッとしている。


「ユーリもちゃんと中身どおりの外見になったんだしさ!これからどんどん王城の外に出たほうがいいよ!世界を広げれば、ユーリと話のあう魔道具好きの女の子もきっとみつかるよ!」


 うれしくなってそういうと、ユーリは「えっ……」と微妙な顔をした。


「それ……ネリア本人がいっちゃ、いちばんダメなやつ……」


 よこで聞いていたオドゥが苦笑し、ユーリははぁ、とため息をついた。


「だれに認めさせるよりもまず、ネリアに認められなきゃ……ってことがよく分かりました……」


「えっ?ユーリはりっぱな錬金術師だよ!認めているよ!」


「いや……もういいです、ようやくスタート地点に立ったわけですからね……」


 ユーリは遠い目をしてそういった。







 ところで、ユーリの『サプリメント大作戦』は、研究棟のみんなが協力しあい、いまも継続中だ。


 ヴェリガンがアレクと一緒に市場で材料をえらび、ヌーメリアが成分を抽出する。


 その際にヌーメリアが毒のチェックもするし、テルジオが最後に味のチェックをして完成だ。


 そう、まるで……『チーム・ユーリ』だ!


 最初はユーリもひどい味と臭いに、泣きそうになりながらとっていたらしいが。


 ピュラルのジュレを師団長室でテルジオが偶然食べたときに、「これ、サプリメントに使えるんじゃ?」という話になり。


 仙草ゼリーとかあるもんね!


『サプリメント』をゼリーで固めて、味を誤魔化すためにミッラの蜜を煮つめたものをかける。あと味の悪さは残るけれど、だいぶ食べやすくなったらしい。


「ラミネートチューブがあれば、健康食品として販売できそう……」


「ラミネート?」


 ハッ!でもアルミニウムの精錬って大量の電気を使うんだ……こっちにボーキサイトがあるかも分からないし。


「ううん、なんでもない」


 タピオカでも寒天でもグミでもいいんだけど……なにか代用できて、ソフトカプセルのようなものを作れる素材はないだろうか、とヴェリガンに相談したら『ボルンガヘッグの卵』を提案された。


「ボルンガヘッグ……の卵?」


「沼地にいて……おおきくて」


 よくよく聞いてみると、ヴェリガンの故郷の方に、猫ぐらいの大きさのボルンガヘッグというカエルがいるそうで。


 その卵は珍味とされており、粘液に包まれた卵の皮はつるつるとしていて丈夫で、その卵の中身を『サプリメント』に入れ替えたらどうだろう……と、さっそく取りよせることになった。


 ……イクラの卵みたいなものかなぁ?







 そうやって準備されたボルンガヘッグの卵の載せられた皿を前に、ユーリは心なしか顔色が悪い。


「カエルの卵……ですか」


「ヴェリガンの故郷の珍味だって!ヴェリガンも食べたことあるらしいよ」


「生ですよね……」


 ユーリは自分の前にある器をじっとみおろした。


「凍らせると……卵がこわれるから……生のまま運んだ」


 卵の状態で運ぶと生臭くなってしまうため、産卵期のカエルを捕まえてもらい、テルジオが王城の総力をあげボルンガヘッグの輸送を手配した。


 魔術師が眠らせ、転移魔法で運んだボルンガヘッグを、ヴェリガンがさばいたらしい。


 そう、ユーリが味に悩まされずに『サプリメント』を摂取出来るように、皆が考え工夫をし、これだけの労力がかかっているのだ。


 産卵期のカエルを捕まえるなんて、カエルに申しわけないような気もするが、ほっとくと大繁殖して沼地からあふれて道路を埋めつくしたりするから、適度にまびく必要があるらしい。


「つぶすと中身が出てきちゃうから、かまずに飲みこんでね」


「これを、まるのみ……」


 ユーリは自分の前にある器をじっと見下ろした。よこに控えるテルジオが心配そうに声をかける。


「殿下……」


 ふぅ、と息を吐くとユーリはわきにおかれた銀のスプーンを手にとった。


「今さらだ……なんでもやるよ、僕は」


 ユーリは優雅にスプーンでボルンガヘッグの卵を掬うと、口に運ぶ。


 こくりと嚥下すると、ナプキンで口をぬぐった。


「……そうですね、味もないですし、たしかにツルっとして飲みこみやすいです」


「よかった!」


 ユーリはヴェリガンに微笑んだ。


「ヴェリガンもありがとう。ボルンガヘッグの卵を用意して、中身をしこむのは大変だったろう?」


 ヴェリガンがうれしそうにもじもじする。


「ユーリが少しでも……飲みやすければ……」


 ユーリはそんなヴェリガンに、やさしい笑顔でひとつうなずき、テルジオにもねぎらいの言葉をかけた。


「テルジオも……新鮮だったから、まったく生臭みを感じなかったよ。輸送の手配、ご苦労だった」


 テルジオはキリリとした表情を作る。


「殿下のご負担をへらすのは、補佐官として当然のつとめです」


 産卵期のあいだはボルンガヘッグの卵を使えるので、そのあいだに、手にはいる素材でソフトカプセルの開発を進めようと打ちあわせる。


 ほかにもいくつか打ち合わせをしてから、チーム・ユーリはそれぞれの仕事にもどった。


 部屋を出て行くとき、いつの間にかわたしの後ろに立っていたユーリから、声をかけられる。


「ネリア……」


 そのまま首の後ろからギュッとユーリが腕をまわし、肩ごとわたしを抱きしめてきた。ひゃっ!


 すぐに腕はとかれたが、その一瞬にわたしの耳元でささやかれたのは、甘い言葉ではなかった。


「絶対……いつか泣かす」


 ……なんで⁉







 後年、地方で少数民族の独立の機運が高まったときに、ユーティリス・エクグラシアがみずからその地に赴き、事態をおさめたことがあった。


 王城の使者としてあらわれたユーティリス・エクグラシアを、民族の長は度胸試しのつもりで、現地では食するものも減ってきたボルンガヘッグの卵をだし歓待したというが、彼は顔色ひとつかえずに、器に盛られたぬるぬるした卵をすべて飲みくだし、現地の者を驚かせつつ信頼を勝ちとった……という逸話がのこっている。


 その際、ユーティリス・エクグラシアは、「ネリアの『サプリメント』が役に立ったな」という、謎のことばを残したという。

錬金術師団……大真面目に変な奴ら。

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― 新着の感想 ―
感想が大変遅れましたが、ここまで拝読していました。とても面白かったです。ユーリとオドゥ推し(イチオシはオドゥ)の私にはご褒美でした。ユーリって苛烈な性格だったんですね。成長した姿もりりしいです。 学…
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