13.団長が面白いことになっている(デニス視点)
「なぁデニス、ちょっといいか?」
ウレグ駅を出発する準備をしていたら、レインが話しかけてきて、俺たちのまわりに遮音障壁を展開した。
「ミストレイの様子がおかしいもんだから、アマリリスの機嫌が急降下してるんだが」
俺はミストレイを見上げたが、翼を畳んだ竜王は微動だにせず、悠然と佇んでいる。ふだんと変わりない、威風堂々たる王者の貫禄だ。
一方レインの騎竜アマリリスは落ち着きなく、イライラしたように翼を震わせている。
「ミストレイのようすはふだんと変わりないようだが?俺のツキミツレは何も感じてないぞ?」
俺たち竜騎士に必須のスキルとして、〝感覚共有〟というものがある。
自分の騎竜であるドラゴンと感覚を共有するのだ。これを覚えないと竜騎士団に入団して見習いとなっても、竜騎士になることはできない。
ドラゴンが乱れ飛ぶ激しい空中戦の最中、「スピードを落とせ」「右へ退避」などと頭で考えながら操作しているヒマはない。
感覚共有があるおかげで、俺たち竜騎士は勘のいいドラゴンが察知した異変に、すぐ気づくことができる。
負傷したときもお互いわかりやすいし、細かい指示をださなくとも、ドラゴンがこちらの意思を読みとり、機敏に動いてくれる。
竜騎士とドラゴンが一心同体となって戦うために、必須のスキルとなっている。
だがこの〝感覚共有〟というスキル、ドラゴンが持つ好悪の感情もダイレクトに竜騎士へ伝わる。
人間は絶対食べないような、ドラゴンの好物の魔獣がおいしそうに見えてしまうことも。
それだけでなくドラゴンが人間に抱く、『好き』『嫌い』の感覚も共有してしまうのだ。
『竜騎士の縁はドラゴンが結ぶ』と言われることがある。
ドラゴンが嫌う女の臭いを感じとると、その竜騎士は騎乗を拒否されるだけでなく、ドラゴンの持つ『うわ、嫌だなぁ』といった感覚も、自分のものとして感じ、相手とうまくいかなくなる。
反対に自分の騎竜が相手を気にいると、竜騎士までもがその女性を好きになってしまうことがあるのだ。
例えばレインは竜騎士としてもベテランの妻子持ちだが、彼の馴れ初めはきヤツの騎竜アマリリスがきっかけだった。
相手はドラゴンの餌を納入する業者の娘で、竜舎に出入りするついでに、アマリリスにオヤツをあげていたらしい。
レイン自身は最初、何とも思わなかったらしいが、彼女がやってくるとアマリリスから『嬉しい』『美味しい』『幸せ』という感情が、伝わってきてしまう。
(あの子がくるたびに、俺まで幸せな気分になるんだが……なんで?)
それで意識するようになり、会話をするようになっていつのまにか、性格もよくて働き者なその子のことを、レインも好きになってしまっていた。
人と共存しているとはいえ、神経質でプライドが高いドラゴンには簡単には近づけないし、ドラゴンが竜騎士以外に懐くことは珍しい。人間には分からない相性があるのかもしれない。
「アマリリスとウチのカミさんは仲がいいからさ。最近、アマリリスが夫婦ゲンカの仲裁をしてくれるんだよ」
「ほぉ」
それとミストレイとなんの関係が?
「ほら、男ってカミさんが何に腹立ててるか、わからない時あるだろ?ドラゴンは言葉を話さないから、具体的なことを教えてくれないけど……カミさんが感じてるらしい『感情』を、『感覚』として俺に伝えてくれるんだよ」
「それは凄いな」
アマリリスとレインの付き合いは十年以上になる。それだけ長ければ感覚共有も磨かれるのか。俺が感心しているとレインは、ミストレイをちらりと見上げて続けた。
「そこでだ。いいか、ドラゴンは言葉をしゃべらない。あくまで俺に伝わってくる、今のアマリリスの『感覚』を、俺なりに翻訳した『ぼやき』だと思ってくれ」
そう言ってレインが伝えてきた内容に、俺は自分の耳を疑った。
(もーっ!ミストレイ様ったら最悪!早くあの子を乗せたいからってソワソワしちゃって!『鱗も撫でてほしい』とか、なぁにが『鼻先も撫でてくれないかな、匂い思いっきり嗅きたい』よっ!あああ!『もうお腹なでて欲しい』とか思ってるぅう!強くて格好よくて憧れだったのにぃ!ミストレイ様に幻滅よ!幻っ滅っ!キィイイイイ!)
「え?今のは……?」
思わず確認すると、レインは渋い顔で念を押す。
「だから俺に伝わってくる、アマリリスがミストレイに幻滅している『感覚』だ」
俺はミストレイを見上げたが、翼を畳んだ竜王は微動だにせず、悠然と佇んでいる。ふだんと変わりない、威風堂々たる王者の貫禄だ。
「え?嘘だろ?」
あの誇り高いうえに気難しいミストレイが?
竜騎士団でも最強と認められた者にしか騎乗を許さない、『竜王』と呼ばれる蒼竜が?
早くあの子を乗せたい?
鱗撫でてほしい?
鼻先とか腹とか撫で……?
俺自身、ライアスの前に団長を務めたときは手を焼いたものだ。そのミストレイが……。
「は、腹っ!腹だとっ⁉︎あり得ないっ!」
俺が全力で否定すると、遮音障壁を展開しているにも関わらず、レインはさらに声を潜めた。
「俺だって信じられん。だがアマリリスを信じるなら、ミストレイはネリア嬢をものすごく気にいっている」
俺は思わず自分の騎竜であるツキミツレを見た。ツキミツレはミストレイと違い、のんびりのほほんとした性格で、俺にはその感覚が伝わってくる。
え?なにその(しょうがないよねぇ)みたいな感覚。(生温かい目で見守ろうぜぇ)って……えっ?そうなの?
「で、俺が気にしているのは、ミストレイの感情が団長にどこまで伝わっているかなんだが」
レインが困ったように、俺に相談してくる。
「団長に?いまのところ団長はふだん通りだが……」
むしろさっきはオドゥ・イグネルとかいう、錬金術師のほうがグイグイいっていた。
なにしろドラゴンと竜騎士は、必ずしも同じ相手を気にいるわけじゃない。
選んだ女とドラゴンのソリが合わなければ、騎竜を取り替えたり、騎士団を抜けるヤツだっている。
さすがに竜王を取り替えるわけにはいかないから、団長はそのままミストレイに乗り続けるだろうが。
ライアスは昨年二十二歳で竜王戦を制し、団長に就任したとたん、その見目麗しさから物凄くモテだした。何しろ顔が良い、しかも性格も生真面目で温厚だ。竜騎士団最強でなければ団長にはなれないから、その強さも申し分ない。
騎士団長に就任したては、彼目当ての令嬢たちが騎士団の訓練場にまで、わんさか押しかけたため、ブチ切れたミストレイが〝竜の咆哮〟で彼女らを気絶させる事件もあったぐらいだ。
それほどモテるのに浮かれるどころか、生真面目なライアスは竜騎士団の職務を第一に考え、令嬢たちにも丁寧に対応していた。
舞踏会でも礼儀正しく穏やかな笑みを浮かべ、彼女たちのお相手をきっちり一曲ずつ務める。
決して深入りはしないが、その誠実さが逆に好評なようで、舞踏会終了までダンス相手には事欠かないほど、令嬢たちは列をなしていた。
「まぁ、一応報告したからな」
そう言ってレインが遮音障壁を消したので、俺は出発の準備をするために、団長たちのところへ向かう。
小柄なネリア嬢は夢中になって、ドラゴンたちに見入っている。それどころかミストレイの鼻まで撫でて、俺は彼女が竜王の鼻息に吹き飛ばされないか心配になったが……ミストレイは怒りもせず、おとなしくしていた。
団長までも不思議そうな顔をして、自分の鼻をさわっている。ドラゴンに人がさわると、そのサイズ感の違いからか、竜騎士には小人がまとわりついているように感じる。
まぁ、ちょっと面白い感覚なんだ。
その後ミストレイに乗る際に、何を間違えたのかネリア嬢は爽やかな笑顔でハッキリ言った。
「じゃあ、ライアスさんには抱いてほしいです」
言ってから慌てている彼女に、素知らぬフリで大人の対応をしようとしたのだが。
団長がみるみる耳まで真っ赤になっていく。
(これは)
(間違いなく伝わってるな)
俺とレインは無言で視線を交わし、たがいに確信した。
うちの団長が面白いことになっている……と。
感覚共有は「実際に生身の人間がドラゴンに乗って、例えば300メートル上空を飛ぶとか、けっこう大変なんじゃ……」と考えているうちに思いつきました。
副団長のデニス・エンブレムは前任の団長です。
「肩の荷が下りた」と補佐役を楽しんでます。