124.収束(ユーリ視点)
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チョーカーが外れ全身を激痛がはしり、ユーリは「もうダメだ」と正直思った。
だが突然ハンカチの刺繍糸がはじけとび、心臓に手をのばしてきた『呪い』が力をうしなう。
「ユーリ!だいじょうぶ⁉」
起きあがったユーリの目のまえに、ネリアがあらわれた瞬間、結界も消しとんだ。魔術師団の『塔』でやらかしたネリアの魔力も、ここではいいほうに働いた。おたがいしばらくポカンと見つめあった。
「ええと……カディアンが『ユーリが呪われて死にそう』って泣きそうに連絡してきたんだけど……あなた、ユーリで合ってる?」
「……ええ」
ネリアに確認されたことで、じわじわと『呪い』がとけた実感が体をつつむが、いまは時間が惜しい。
「これが『呪いの色』ね!まず成分解析を……」
ハッとしたように散らばる糸に目をやったネリアが、なにか魔法陣を矢継ぎばやに展開する。
「話はあとです!呪いをたどってすでに転移魔法陣は構築したので、呪術師のもとへいきますよ!」
「ちょっとまって!この『赤』が鉱物由来か、有機化合物かだけでも……」
「はやく!彼女を助けたいんです!」
アイリは床にへたりこんだまま、呪をよけることもできず目をつぶる。だが衝撃のかわりになにかがアイリにおおいかぶさった。
「ぐああああっ!」
アイリが目を開けると、なんと父が自分をかばい倒れていた。
「お父様⁉」
「すまんアイリ……お前が生死の境をさまよったとき、私はわらにもすがる思いでサルジアの『呪術師』にすがった。そのとき『呪術師』はこういった」
呪にむしばまれながらも、うわごとのように父は言葉をつづけた。
「『お嬢様は母君を失い、今も病に倒れるという不運に見舞われました……だからこの先の人生には輝くばかりの幸運を……お嬢様は美しく成長され、いずれ王子の妃にもなられるでしょう』……だから私は……私は……すまん、アイリ……」
「まって!いやぁっ……おとうさまっ!」
「チッ」
マグナスはふたたび攻撃しようとしたが、部屋の中央にまばゆく光る白い魔法陣とともに二つの人影があらわれ、まがまがしい赤い魔法陣は霧散し、彼は衝撃にふっとばされて転がった。
あらわれたのは錬金術師団の特徴的な白いローブ……ひとりはネリス師団長、そしてもうひとりは赤い髪と瞳をもった背の高い青年……アイリは目をまたたいた。
「カディアン……?」
「ごめんね、『弟』じゃなくて」
カディアンによくにた赤い髪の青年は、こまったように優しげな笑みを浮かべた。
(あぁ……彼だ……無事だった……)
自分の刺繍は『彼』の命をそこなわなかったのだ。アイリはほっとして気をうしなった。
床にふっとばされたマグナスはうめきながら、突然あらわれたふたりをにらみつけた。
「ううう……クソッ!なんだおまえたち……私の魔法陣をどうした⁉」
「……ごあいさつですね、じぶんが呪った相手の顔もわからないとは」
さっきまであやつっていた『呪いの赤』のような、真っ赤な髪と瞳をもつ背の高い男が、マグナスをにらみつける。その面差しはエクグラシア国王ににていながら、繊細で優しげな印象だ。
「まさか!あの第一王子は『呪い』で少年の姿のはずだ!もっと小さくて……」
「『呪い』じゃなくて『契約』だというのに……小さいも余計だ!まったく……」
ブツブツいいながらユーリは蜘蛛型のオートマタを繰りだし、屋敷内にいたマグナスの部下たちをつぎつぎに拘束する。
「えーい、くらえっ」
なんともまのぬけたかけ声とともに、ネリアの描いた白い魔法陣がまばゆい輝きとともに、マグナスの周囲に出現し、彼を中心に包みこむように収束していく。
「うわぁああああ!」
白い魔法陣が吸いこまれるように彼のなかに消え……。
そして、なにも起こらなかった。
「?」
マグナスは自分の体を見おろす。
高魔力で魔法陣がたたきこまれたにもかかわらず、なんともない。
ユーリが不思議そうに小首をかしげた。
「ネリア……なにをしたんです?」
「ちょっと免疫系の操作を……あっ、逃げた!」
われにかえったマグナス・ギブスの逃げ足ははやかった。彼は拘束された部下たちはみすてて、屋敷外に転移した。
だがすでに、シャングリラ上空には二体のドラゴンがいた。王都三師団はサルジアから送りこまれた工作部隊の掃討を開始していた。ライガがそれに加わり、三師団の長が一堂に会する。
「ライアス、追撃は?こちらは捕縛陣で残党を狩る」
レオポルドが杖をかまえ、魔法陣を展開する。総勢三十名の魔術師たちがいっせいに転移し、残党狩りをはじめた。
「東方向に二十……すでに戦闘に入り、撃破数十五……討ちもらすな!」
ライアスのゲキがとび、東の方角から竜の興奮したおたけびがあがる。血気盛んなドラゴンたちは、遠征前に力がたまりまくっていた。
「転送魔法陣を展開……ユーリ……爆撃具の用意は?」
ネリアのうしろに乗りこんだユーリが、『ユーティリスモデル』の黒い収納鞄からとりだした爆撃具を手に、にっこりと笑う。
「はやいとこ僕のライガを開発しないと格好がつかないですが、両手が使えるのはいいですね」
ネリアはレオポルドとライアスから状況報告を聞きながら、敵の位置にあわせ転送魔法陣をつぎつぎに展開する。もう、転送魔法陣の乱発といってもいい。『自分』を送りこむ転移魔法にくらべれば、座標の指定だけだから転送魔法なんてラクラクだ。
ユーリはそれにポイポイ爆撃具をほうりこむだけだが、投げこむときに麻痺や眠りといった付加効果をつけるのを忘れない。まさにダメ押しのいやがらせだ。
「どこまで転送できるか……ためしてみないとね!」
その騒ぎのなか、深緑色の瞳をしたカラスが空を飛ぶ。カラスはシャングリラ上空をぐるりと旋回した。研究棟では眼鏡をはずしたオドゥが、中庭でソラといっしょに空を見上げながらつぶやいた。
「うわぁ……みなド派手だねぇ……怖ぇのなんのって。僕、相手に同情するよ」
にげるマグナス・ギブスは死ぬ思いをした。どこまで転移しても瞬時に座標が解析され、爆撃具が送りこまれる。
必死に、魔力回復のポーションをガブ飲みしながら、転移して転移して、ボロボロになって命からがらサルジアとの国境にたどりついた。当然、マグナスについてこられた部下は、一人もいなかった。
この晩、サルジアの対エクグラシア工作部隊は、マグナスひとりをのこして壊滅したのである。
その後、師団長たちにかこまれたユーリは、まずネリアにデコピンされた。
「って!」
「もう二度と!だまって一人で危ないことしない!いい?」
「……すみません。どうしてもあの呪術師をあぶりだしたくて……つい無茶を……」
あの呪術師からは、六年前のサルジア皇太子の死に関する真実を聞きだしたかったが、これ以上の深追いはいまは無理だろう。
「呪術師のマグナスは取りにがしたが……結果的に、エクグラシアにくいこんでいたサルジアの影響はとりのぞけた。われわれが遠征中の、アーネスト陛下の仕事がふえたな。だが事前に相談ぐらいあってもよかったと思うが……」
ライアスは渋い顔だ。ネリアからのしらせに、竜騎士団も魔術師団も即座に対応はしたが、こころがまえがあるのとないのとでは全然ちがう。
「宰相サイドに情報がもれるわけにはいかなかった……それに三師団のことは信頼していましたから」
「……ユーティリス、われわれはお前の駒じゃない……いつでも都合よく動かせるとおもうな」
レオポルドは釘を刺しつつも、確認した。
「それと……これはお前が次代をになう意思表示をしたと、われわれは受けとめるがそれでいいか?」
「はい……」
ユーリは決意をこめて力強くうなずいた。
ネリアがいった。
「あの呪術師にはお土産持たせたから、しばらくはおとなしくしてるでしょ」
みなネリアの持たせたお土産が気になった。
「ネリア……呪術師にどんな土産を……?」
「え?とっさだったから、たいしたものじゃないんだけど……いやがらせとしては結構エグいと思うわ」
「あれるぎー?」
「それはなんだ?」
「『色』も錬金釜で合成するってニーナたちに教えてもらったから。成分分析してみたの」
抗原抗体反応……アレルギーをおこす原因ともなる、だれもが持っている生体の防御機構だ。
サルジアの『呪術師』は、合成から保管、運搬、使用まで、さんざん『呪いの色』にふれていた。だからほんのひと押しするだけでよかった……と、ネリアはいった。
「免疫系を操作して『呪いの色』に反応するようにね……『呪いの色』を作ることも触ることも、操ることもできなくしたの。ふつうに暮らすぶんにはなんの問題もないわ」
「はぁ……」
ネリアの簡単すぎる説明では、みんな理解できなかった。レオポルドは眉をひそめた。
「呪いをかけるのとは違うのか?」
「呪いはとけば治るけど、アレルギーは発症したらもどんないの」
呪いのようにときたいと願う、アレルギー患者がどれだけいるだろうか。
「治療法は減感作療法とかないわけじゃないけど……それを教えるのは、彼がじゅうぶん反省してからになるでしょうね……」
彼女の攻撃の威力は、だれよりもマグナス・ギブス本人が、身をもって知った。
「じんましんがっ!体がかゆいっ!やめろっ!私にそれを近づけるなぁっ!」
彼は今後いっさい『呪いの色』にはさわれなくなったのである。
良い子はたとえ魔力があっても人の免疫系をいじってはいけません。
個人的にはマグナスの容態よりも、花粉症やアトピーを『解呪』出来たらなぁ……と思います。