120.ニーナ&ミーナの店、再び
よろしくお願いします。
わたしは魔道具ギルドのすぐそのあと、ニーナ&ミーナの店にも跳んだ。自分の収納鞄から、レオポルドに借りた〝古代文様集〟の本をとりだして二人にみせる。
「なぁるほど、収納ポケットの術式に『古代文様』を使うのね!」
「ただ本だけだと、まだ『生きている』文様なのか、もう忘れられて風化した文様なのか……区別がつかなくて」
ニーナがパラパラと本をめくり、ミーナも横からのぞきこむ。
「ふぅん……でもこうやって記録が残っているのなら、人々の記憶をよびさまして、文様の『意味』を復活させることもできるんじゃない?」
「文様を復活……そうか、使うようになれば、また生活のなかに根づいていくかもですね」
「あっ、これチャム……『魅了』って意味の古代文様よ……私たちもよく使うわ」
ニーナはあるページで手をとめて、チャムの文様をゆびさした。『魅了』ですと⁉
「まぁ、効果としては男を前後不覚にするほどのものではなくて、『あれ?いつもよりちょっとキラキラしてみえるかな?』ってていどのものだけどね」
「へぇぇ……」
「でも、ドレスにびっちりチャムの文様を刺繍しても粋じゃない……と私はおもうの」
ニーナは腕組みをして難しい顔をする。ふむふむ、デザイナーならではのこだわりなのかな。ニーナはこっちにウィンクをして、楽しそうに話を続けた。
「たとえば襟のウラ、それとかスカートの裏地のすそ……人からみえないところにワンポイントいれるの!まっ、秘めたる想いってやつ?」
「秘めたる想い……」
そこまで話したところで、ニーナの目がキラリと光った。
「そぉよぉ……ところで、ネリィとライアス・ゴールディホーンとはどうなってるの?」
「えっ、どうもなってませんよ!」
おもってもいなかった名前にびっくりして声を上げると、ニーナのほうがもっと大声をだした。
「なんですって⁉そんなの、こまるわ!」
「なんで、ニーナさんがこまるんですか?」
首をかしげると、ミーナがやれやれ、といった顔をする。
「あーだってニーナ、もう作っちゃったしね」
「作った?……なにを?」
「ディナー用のドレスよ!いい生地は見つけたらすぐおさえないと買えないし!」
「ええっ!」
そういえばライアスと王都見物にでかけたときに、レイバートの店でライザ・デゲリゴラル嬢に遭遇し、お昼ごはんを食べそこねた話をしたっけ。
残念がるニーナとミーナに、かわりにお店からディナーに招待されたと教えたら、ニーナの目がキラーン!と光っていたけれど……わたしはすっかり忘れていたのに、忘れていない人がここにいた!ニーナは頬に片手をあてて、ほう、とせつなげにため息をつく。
「このところ収納鞄関係の仕事ばっかりで……ストレスが溜まりまくってたの!ドレス作りでいやされたくってー」
う……ストレスをかけた原因はわたしですね……すみません。
「みてみる?」
そういいながら、ミーナが奥からトルソーごと持ってきたドレスに、わたしの目はクギづけになる。
「こ、これ……?」
「きれいでしょう?最高級のメニアラ産で、羽根のようにかるい透ける素材をかさねたの。このグラデーションの美しさといったら!まるでカゲロウの羽根のようよねぇ……これきたらぜったいネリィは妖精のようにみえるわよ!」
たしかに生地はうつくしい。淡い水色から黄緑のグラデーションは、光のかげんでキラキラときらめいて、それに青い雫のような形をつらねたビーズストラップがついている。だがこれは……想像以上に……。
「このドレス布地がすくなすぎですよ!ほぼ紐と布きれじゃないですか!こんなの着たら風邪ひくし、おなか壊しますよ!」
「だいじょうぶよ夏なんだし!心配なら保温の術式つけとくわ。ネリィはグラマーじゃないから、胸元と背中がぱっくりあいてたってやらしくないし!」
「グラマーじゃないのは認めますけど、ぱっくりは必要ないです!」
わたしは抗議したけれど、ニーナもゆずらなかった。
「ええぃ、往生際がわるいわね!いい?女はなにもしなくたって、ほっとけばババァになるの!二十歳のアナタがぱっくりを着なくていつ着るの?今着なけりゃ、永遠に着れないわよ!」
「……はい」
ニーナの剣幕におされて返事をしてしまったけれど……ニーナって、こんなキャラだった⁉ミーナが苦笑しつつとりなした。
「ニーナは服のことになるとゆずらないから……まぁ、ダマされたと思って着てみなさいよ。最高にネリィににあうわよ」
「はぁ……」
あっ、でもライアスからはべつに食事のお誘いはないし、ニーナには悪いけれど、ほうっておけばいいんだ。遠征から帰って誘われたとしても季節はかわっているし、このやたらきれいな布きれはお蔵いりだね!よし解決!
「……話をもどしますけど、術式の固定に『プリント』と『刺繍』ってどんなちがいがあるんですか?レオポルドの黒いローブって、めだたないけど刺繍がびっちりなんですよね」
「もぅ……試着ぐらいしてみればいいのに。プリントはもともとは、染料で魔法陣を手描きしていたのよ。刺繍は染めた糸で魔法陣を刺繍するの」
ニーナはまだドレスに未練があったようだが、それでも説明してくれた。
「刺繍のほうが時間もかかるし、生地も重くなるわ……魔術師団長のローブなら、王城の服飾部門にそれ専門の職人がいるはずよ」
「それでも刺繍をつかうメリットはあるんですか?プリントも生地から染めてしまえば、耐久性もあるし、てがるでしょう?」
「単純に生地が丈夫になるというメリットもあるけれど、刺繍糸そのものに、きざむ魔法陣を補助する効果もあるの。糸を染める染料に念をこめると、刺繍糸自体が効果をもつのよ。古代文様みたいなものね」
「刺繍糸自体が……効果をもつ?」
「そう、たとえばこの青い色は、カザという植物から抽出するのだけど、カザは虫や病気につよくて成長のはやい草なのね。だからこの青い色には『健康』や『成長』をねがう祈りをこめやすいの」
あ……草木染めもそんな目的でおこなうって聞いたことがある。
「刺繍糸を染めるために、素材をあつめて効果をもつ染料を、錬金釜で合成したりするのよね」
染料の合成⁉それって錬金術師の得意分野だよね!なにその異世界合成……やってみたいかも!
「そうそう、『呪術師』がいる隣のサルジアにはね、ウワサだけど……『呪いの色』もあるらしいわ」
「『呪いの色』⁉……『呪術師』ですか⁉」
「そ。なんでも我がエクグラシアの『王族の赤』によく似た赤色らしいの。その昔、竜王の加護を受けるエクグラシアの王をねたんで、サルジアの『呪術師』が作りだしたらしいのよね」
「うわ、迷惑な話ですね」
「なんでも、魔力をもつ人間が『呪いの色』で染められた赤い糸で、呪いたい相手のなまえを刺繍する……そこから『呪い』が発動するのよ。命をむしばむ『呪い』が……」
「こわっ!」
わたしが夏の怪談話をきくような気分で、『呪いの色』についてきいているまさにそのとき、王城の研究棟において、その『呪い』は発動しようとしていた。
そして同じころ、王都十番街の貴族街の一角、ヒルシュタッフ宰相の壮麗な屋敷の書斎において、アイリ・ヒルシュタッフはふるえながら自分の目をみひらいていた。
「そんな……どうして……」
「ご協力に感謝いたしますよ……お嬢様のまっすぐで純粋な想いが、二人の王子にわが呪いをとどけてくださった」
書斎の中央でほほえむ黒髪の男は、マグナス・ギブス……アイリに赤い刺繍糸をくれたサルジアの貿易商だ。アイリは父の書斎にはいるなり、ふたりの男に押さえつけられ、身動きがとれないでいた。
「騒がれると……私の手元が狂って『呪い』がもう一方にいってしまう……弟のほうにね。おとなしく術の完成をみまもっていてください」
そういうと黒髪の男はアイリの目のまえで、自分を中心に赤くまがまがしい魔法陣を展開した。
ありがとうございました!