119.アイリとユーリ(アイリ視点)
職業体験も順調(?)に進行しています。
ドッゴォオオオン!
ネリアがでかけたあとの工房では、いつもどおりユーリの監修のもと、ライガ製作がつづけられていた。いまさっきの轟音は、メレッタの操縦するライガが研究棟の壁につっこんで、一階にあるヴェリガンの研究室の壁をぶっこわした音だ。
「ふ……ふがっ⁉」
研究室のなかでも風通しのいい場所、ミルハとサンザサの木のあいだに吊るされたハンモックで寝ていたヴェリガンが、衝撃でハンモックに寝そべったまま一回転し、キャンディのようにハンモックにくるんとつつまれてもがいていた。
「もうっ!スピードはでるのに、浮かないわねぇ」
ガレキのなかからひょっこり顔をだしたのは、試運転をしていたメレッタだ。防御魔法で物理衝撃をふせいでいるおかげで、メレッタとライガは無事だ。壁のほうはえらいことになっているが。
「メレッタ、きみの魔力で無理にライガを浮かそうとしないほうがいい、まだ重力魔法の術式は改良の余地がある。いまはライガの運転と、スピードや機体のバランスに慣れてくれ」
「はいっ!ユーリ先輩!」
「じゃあ、あとかたづけを終えたら休憩にしようか。ソラにつたえておくよ」
みんなが師団長室にいくと、大きな丸テーブルにウブルグが座っていた。学園生たちがテーブルに座り、ソラがお茶の用意をして運んでくると、カディアンがレナードに喝をいれた。
「おいレナード、お前がいつまでも落ちこんでいると、こっちの士気までさがる。いいかげん、元気だせよ」
「俺はオヤジに、錬金術師団で開発中だった魔道具の情報をもらした。もう卒業すら難しい……」
落ちこむレナードの肩をぽんぽんとたたいて、ウブルグがなぐさめた。
「そう悲観するな。ネリアがグリドルの開発をはじめたのは、みなでワイワイと楽しむためだというし、悪いようにはせんよ」
アイリは自分の鞄から、きれいな封筒をいくつかとりだした。アイリがそれぞれの名前を刺繍したハンカチをいれたものだ。封筒の表には錬金術師たちと学園生たちひとりひとりの名前がかかれている。みなに渡すなら、今がいいタイミングだろう。
「あの、私ね、今回の職業体験……おもいがけずいろいろな体験ができてたのしかったの!それでみなさんに記念にとおもって」
「えっ!マジ⁉アイリが刺繍したハンカチ?」
「まぁ!ありがとう!」
「うわ!全員分刺繍したのかよ!すげぇな、おい!」
みながワイワイとにぎやかに騒ぐなか、アイリからハンカチを受けとったカディアンは目をみひらいて、それから顔をくしゃっとさせて笑った。
「ありがとうアイリ、俺……小さなころからアイリが刺繍しているの、横で見ているのが好きだった。アイリは刺繍していると、いつもとってもたのしそうだもんな」
「え……でもカディアンはすぐ飽きて、どこかに遊びにいっちゃってたじゃない……」
「そりゃ、じっとしてるのは苦手だけど……アイリが刺繍しているのを見るのが好きなのはほんとうだ」
そういうと、カディアンは照れくさくなったのか、ぷいと顔をそむけた。
「昔はよく……刺繍しては俺にくれたのに……さいきんは勉強ばかりで刺繍しているところもみかけないから、もうやめてしまったのかと」
「えっ」
カディアンが自分の刺繍をたのしみにしていたなんて、ちっともしらなかった。カディアンに女の子の趣味をおしつけるのも悪いかとおもい、贈るのはやめてしまったのだ。
「もー!カディアンてば、素直にうれしいっていえばいいのに!」
「メレッタ、うるさいなっ!」
「ふふーん、私だってもらったもん!アイリの刺繍いりハンカチ!アイリありがとう!一生の宝物にするわ!」
そういってメレッタはアイリに抱きついた。
「おまっ、アイリに抱きつくなっ!」
「そーいうときは『俺のアイリに抱きつくな!』でしょ?しーらない!いまはまだアイリはだれのものでもないもんねー!」
メレッタとカディアンがしょうもない言いあいをはじめたので、アイリはあわてて割ってはいった。
「あのっ、みんなのぶん刺繍したから凝ったものはできなかったんだけど……カディアンとユー……リ先輩のは、おそろいの赤い刺繍糸なの」
「兄上とおそろい……」
カディアンがじわじわと顔を赤らめる。うれしそうだ。ものすごくうれしそうだ。ほかの人間ならひくだろうが、アイリはほほを染めてカディアンをみつめている。
「お父様のお仕事関係のかたからいただいたの。サルジアの刺繍糸で、まるで『王族の赤』みたいなきれいな赤色だったから」
「ほんとうだ……俺と兄上の色だ」
アーネストの色でもあるのだが、それはカディアンの頭にはなかった。カディアンはうれしそうに赤い刺繍に手をふれた。
「うれしいよ、すごく。俺がどんなに兄上のことが好きか、アイリはわかってくれているんだな」
いやそこは、『きみが好き』というべきだろう。臆面もなく『兄上が好き』といいきる男のどこがいいのだ……メレッタをはじめ周囲にいた人間はおもった。だがここは二人がうちとけたことを喜ぶべきだろう……。
レナードだけが、アイリからもらった封筒をにぎりしめたまま、「なんでそんなやつを」とか「俺だってきみのことを」とかつぶやいていたが、カディアンをみつめるアイリの耳には届かなかった。
「私、ユーリ先輩にも渡してくるわね!」
きゅうにはずかしくなって、アイリは師団長室を飛びだし、三階にあるユーリの研究室にむかった。みんなの前でカディアンに渡すべきではなかったかもしれない。いまになって顔がほてる。顔の赤さは急いで階段をあがったせいにして、ごまかしてしまおう。
アイリをむかえたユーリは、椅子をすすめるとみずからお茶を淹れはじめた。アイリがドギマギして礼をいうと、優しげな微笑がかえってきた。
「テルジオにもほめられたから味はだいじょうぶだと思うけど」
おそるおそる封筒をさしだすと、ユーリはかるく目をみひらいてそれをうけとった。
「僕に……?ありがとう。そういえばカディアンが、きみは刺繍が得意だといっていた」
カディアンは自分の兄にまで、そんな話をしていたのか。ほほを染めるアイリの顔をみつめて、ユーリは静かにいう。
「きみは本当に弟を思ってくれているんだね……それは兄としてうれしくもあり、きみにすまないとも思う」
「ユーリ先輩?」
「弟は、きみになにもいわないだろう?どうやら僕より先に相手を決めるわけにいかない……と考えているようなんだ。僕に遠慮をする必要はないのにね」
「それは……」
私のほうこそ、彼のことをまったく考えていなかった。カディアンが彼をたいせつに思っている気持ちさえ、無視しようとしていた。
「僕はグレンと契約したときに、きみやカディアンへの影響までは考えず……結果的にきみの気持ちを傷つけることになってしまった」
淡々とつげるユーリに、なにかいわねば……とアイリが口を開こうとしたとき、ユーリがしずかに聞いてきた。
「きみは、ヒルシュタッフ宰相に僕のことを報告したかい?」
アイリは目をみひらいた。毎日の父との会話で、なんどもユーティリスの話はでた。父はこの国の宰相をつとめ、尊敬できる人物だと信じているからこそ、アイリは彼の話をした。
「しました。でもそれは……」
「わかっている。それはきみの義務だ。でもすまない……僕はきみを泣かせることになる」
ひとつの可能性に気づいて青ざめたアイリに、ユーリは悲しそうに微笑んだ。
1日に書くのは3話まで、と決めて腱鞘炎の神様となんとかおつき合いしています。
「紙に手書きだったら、絶対に止めているレベル」と、指圧のおぃちゃんに言われました……。









