118.ネリア、魔道具ギルドへ跳ぶ
ライアスはオドゥに釘を刺されます。
竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、ネリアにあうために研究棟をおとずれて愕然とした。
「ネリアは今日もいないのか?たしか遠征のための準備は錬金術師団はすでに終えて、あとは学園生たちの職業体験だけだろう?」
応対にでたオドゥ・イグネルは眼鏡のブリッジに指をあて、困ったような顔をした。
「ちょっとトラブルが発生して、きょうは魔道具ギルドにでかけているんだよね」
「そうか……」
ライアスが肩をおとすと、オドゥの視線がすこし鋭くなった。
「ライアスこそ、この忙しいのに毎日のようにネリアをたずねて、『エンツ』じゃすまない用事なわけ?」
「いや……そうだな、あとで『エンツ』を送ることにするよ」
あきらめたライアスに、オドゥは用心ぶかく遮音障壁を展開した。
「もしかしてさぁ、ライアス……ネリアをねらってんの?」
「それは……彼女の気持ちしだいだが……」
オドゥの斬りこむような問いかけに、ライアスの歯切れがわるくなる。
「ふうん……でも、それってネリアは困るんじゃないかなぁ。ネリアはデーダスからでてきたばかりで、まだ王都の暮らしにもなれてない。よせられる縁談だって、すべてことわっている。おなじ師団長から告白されても、断るとカドがたつしどうしよう……って思うんじゃないかな」
「縁談がきているのか⁉」
めをむいたライアスに、オドゥがあきれたようにため息をついた。
「ライアスって、そういう情報にうといよねぇ……自分が竜騎士団長に就任したときだってすごかったろ?」
「そうだったな……」
「ネリアを守っているのは、いまのところグレンのあの仮面だ。ライアス、お前……彼女をまもりきれる自信あるの?いざというとき、竜騎士団長のおまえになにができる?」
真正面から笑みを消したオドゥの瞳に見すえられ、ライアスは息をのむ。しらず拳に力がはいり、ライアスは逆にといかけた。
「それはオドゥ、お前も……ということか?」
「誤解しないでよね、僕はネリアが幸せなら、相手はだれだっていい。ただ、生半可な気持ちで手をだして欲しくはない。ネリアを傷つけることは許さない」
オドゥは深緑色の目をほそめ、眼鏡のブリッジを押さえたまま、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「それともうひとつ。僕はネリアから離れないからね。相手がだれであろうと、ネリアにはもれなく僕がついてくる……ってことをお忘れなく」
オドゥはそれだけいって、遮音障壁を解除した。
それは、相手の男だけでなくネリア本人もいやがるのではないか……とライアスは思ったが、当のオドゥはまったく気にするようすはなかった。
ビルのおぃちゃん、ことビル・クリントに『エンツ』を送り、魔道具ギルド長室に直接転移する。熱帯魚の群れもクラゲ型捕虫器もきょうはすどおりだ。
「ネリア・ネリス……きたわね」
ギルド長のアイシャ・レベロと、その秘書であるビル・クリントが待ちかまえていた。
「はい!状況の説明と、対応策を持ってきました」
わたしは、職業体験にきていた学園生のレナード・パロウの親子ゲンカが発端で、グリドルの開発がパロウ魔道具の社長にもれた経緯を説明した。アイシャは顔をしかめる。
「ちょっと情報管理がずさんじゃないかしら?学生たちはそのへんの認識はあまいだろうから、あなたたちが気をつけるべきところよね」
「そうですね……レナードの実家がパロウ魔道具だというのはわかっていたのですが……正直、パロウ魔道具があそこまで過剰に反応するとはおもっていませんでした……」
「ビル」
「それについては俺から説明しよう。新商品で売りだした『朝ごはん製造機』の評判がいまひとつで、社長が焦っている。いちばんのネックはスペースをとることだな。試作にはパロウ魔道具とは関係のうすい工房を選んだつもりだったが、さすが長年王都で商売しているだけあって、オヤジさんの顔のひろさは伊達じゃなくてな」
「そうですか……」
「それと、パロウ魔道具の御曹司……あれはオヤジさんが店を継がせようと、長年手塩にかけて育てた息子だ。その息子と跡を継ぐ継がないでもめているうえに、自分とこの商品をけなされたんじゃ、頭に血ものぼるってもんだ」
「あちゃ~」
「なんとも最悪なタイミングで、彼を職業体験に受けいれたわね……」
そうだよ……魔力適性検査でシャングリラ魔術学園にいくまで、パロウ魔道具の御曹司であるレナード・パロウが職業体験にくるなんて知らなかった。
グリドルの開発はそのまえからはじめていたし……ビルのおぃちゃんから、パロウ魔道具の社長から横やりがはいる可能性について聞いてはいたけど、それなりに慎重にことを進めていたのに。
「彼はどうなるの?職業体験のまえに、錬金術師団の守秘義務に関する項目に、彼はサインしているはずでしょう?」
「してますね……もらした内容によっては、レナード・パロウは処罰される可能性もあります」
グリドルの開発は国防や内政にかかわるような重要項目ではない……未成年ということを考えても、重い処罰をうける可能性はひくい。
ただ事実だけをかんがえれば、パロウ魔道具の社長は、レナードが処罰されてもかまわない……つまり自分の息子をきりすてるという決断をした、ともとれるわけで。
かしこいレナードは、すぐそれにきづいて師団長室でくずれおちたのだろう。
どうする?
おおごとにすればビジネス戦争で全面対決、レナードの職業体験は中止……ヘタすれば退学もありうる。この騒動をうまく、錬金術師団内でおさめるには……。
「これは俺からの提案なんだが……いっそグリドルの術式を、権利もろもろ全部ひっくるめて、パロウ魔道具に売りつけちゃどうだ?」
ビルの提案はこうだ。
「社長も頭がひえれば、錬金術師団とことを構えるのが得策じゃないのはわかるはずだ。なによりかわいい跡とり息子の将来をつぶしたくないだろう。オヤジさんの声かけひとつで、工房は製作をはじめるだろうし、いまなら高値で売りつけてやれるんじゃないか?」
「それはわたしも考えました」
「なら……」
「けれどそれはダメです。そんなことをしたら、レナードは父親にだしぬかれたことになる。王族にもむかっていくような、負けん気のつよい彼にがまんできるとは思えません」
アイシャ・レベロが冷静にといかけてくる。
「……じゃあ、どうしようというの?」
「いままではグリドルの情報がもれないよう、工房をしぼって試作品をつくりました。もうパロウ魔道具にももれてしまったし、秘密でもなんでもない……グリドルの術式をひろく公開しようと思います」
「ひろく……公開?」
「そうです。いまある試作品の製品テストを大々的におこない、グリドル製作になのりをあげた工房には、一定の手数料をおさめてもらって錬金術師団から術式を提供します」
「工房を募集するっていうのか……⁉」
「術式さえ手にいれれば、どんな小さな工房だって第二第三のパロウ魔道具になれる……そのチャンスをあたえるんです……工房をしぼるよりもそのほうが一気に広まる。消費者の選択肢もふえます。もちろんパロウ魔道具も、手数料を払えばグリドルを作ることができますよ」
錬金術師団は術式の提供のみで、販売も各工房にまかせてしまえばいい。売れれば売れるほどいいわけだから、各工房もがんばるだろう。
製品テストの結果では、どの工房も大差はなかった。どこがつくってもいいのなら、各工房で競うようにグリドルをつくったらいい。そのうちタコ焼きプレートだけじゃなく、ワッフルプレートなんかもつくるメーカーもでるかもしれない。
「だが工房を集めての大々的な製品テストなんて……またパロウ魔道具の邪魔がはいるかもしれんぞ」
「それについては、もう会場もきめてきました。社長が圧力をかけるなら、その圧に負けないほどの風をおこせばいい」
わたしは、自信たっぷりにみえるように、にっこりと笑った。
「場所は六番街の『海猫亭』、店先をかりて鉄板焼きとタコ焼きの提供をします!」
なぜネリアはこんなにがっつり仕事をするのか?それはネリアのお仕事シーンが意外と評判良いのです。恋愛物を書いているつもりなんだけどなぁ……。