106.学園生達のリーダー(ユーリ視点)
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「私⁉」
メレッタは素っ頓狂な声を上げた。それは、だれもが意外な指名だとおもっただろう。
当のメレッタでさえ、おどろいているのだから。
レナード・パロウが抗議した。
「なぜですか、理由を教えてください!メレッタが副団長の娘だからですか⁉」
「ちがう」
「じゃあなんで!俺が考えた改良案のほうが完成度が高い!カディアンのだって、アイリのだって……ちゃんとしてる。メレッタの案はまっとうじゃない!」
僕は学園生たちの顔をみまわした。この決定に当のメレッタをふくめ、だれもが納得していない。僕は理由を説明する。
「理由はふたつある。ひとつは、メレッタが描くイメージのなかでは、ライガは『飛ぶもの』ときまっているからだ。リーダーには確たる信念が必要だ。……そしてもうひとつは」
みんなはネリアが乗るライガの印象がつよすぎて、あくまでネリアが飛ばしたライガを『改良』しようとしている。けれど、ネリアがもつ規格外の魔力でうごかすライガを参考にしていては、いつまでたっても正解にたどりつけない。その固定概念をうち破るためには……。
「いいか、ネリアがだした課題は、『ライガの量産化にむけての改良』だ。つまりメレッタを基準にしろ。メレッタが飛ばせるライガをつくれ」
アイリが目をみひらいた。
「メレッタが飛ばせるライガ……?」
「そうだ。メレッタが飛ばせるていどの、魔力消費と操作性を兼ねそなえたライガが理想だ。多くのものが乗りこなせてはじめて、量産化する価値がある。魔道具づくりの基本は、それを使う人間をイメージすることだ」
どんな魔道具でも、使う人間のことを考えていなければ、作るもののエゴがむきだしになる。
こんな新機能がついている、すごい性能だぞ、どうだ!……と世にだしたとして、受けいれられなければただのガラクタだ。
魔道具製作者は、自分が作りだす魔道具に思いいれが強すぎて、それが見えていないこともおおい。
「使う人間をイメージする……それがメレッタ」
レナードがつぶやいた。銀縁眼鏡の奥でまたたく目が真剣だ。うてばひびくように理解するところは、さすがに首席といったところか。僕はまだぼうぜんとしているメレッタに声をかける。
「どうするメレッタ?もちろんこの指名は断ることもできる」
「……私……」
メレッタがためらっていると、ニック・ミメットがたたみかけた。
「ことわれよ!お前にはむりだ。いつもレナードに邪魔者あつかいされているじゃないか。カディアン殿下だっているし……」
それを聞いて、メレッタははじかれるように顔を上げた。
「私やるわ!」
「なんだとお前、カディアン殿下をさしおいて……」
「そんなの関係ない!私が飛ばせるライガをつくるんですもの!私がやらなくてどうするの!」
ニックとメレッタのいいあいに、僕はわりこんだ。
「リーダーの仕事には、試運転でライガを飛ばすこともふくまれる。危険はある……保護者の同意が必要だ。メレッタ、それもとってこられるかい?」
「はい!ちょっと父のところに行ってきます!」
メレッタは即、行動した。決断がはやいのも彼女の長所だ。むこうみずだが、この場合はたすかる。彼女が工房をとびだしていったあと、僕はのこされたメンバーにむかって話をつづけた。
「メレッタを選んだ理由はほかにもある。昨日の様子をみていて、メレッタだけが自分で考えて錬金をしていた」
ニックが眉をひそめる。
「だけど、あれはメチャクチャで……」
「教科書にのっている知識が古いことは、ネリス師団長の錬金をみて、すでに理解しているはずだ。いいか、だれもやったことがないことをやり、まったく新しいものをつくりあげるんだ。必要なのはトライ&エラーだ。きみたちはメレッタをできる限りフォローしろ。それがチームというものだ」
各人がバラバラでも、無理やりにでもまとまってもらわなくてはこまる。そのためには、なんでも利用する。
「それに彼女は失敗してもめげない……メレッタが無事に飛ばせるまでにライガはなんども失敗するだろう」
カディアンがようやく気づいて、おどろきの声を上げた。
「それじゃ、メレッタが危険じゃないか!」
「まさか、それでリーダーを殿下ではなく彼女に……」
グラコス・ロゲンが恐ろしいものでも見るような目つきで僕をみる。僕はかるく肩をすくめた。
「それは関係ない、さっきもいったとおり彼女がいちばん適任だと判断したからだ。安全対策で物理衝撃を防御する魔法陣はほどこすさ……ネリス師団長ほどの防壁は本人にも負担が大きいからやらないが……」
本人が無傷だとしても、何回もライガで墜落したら、それがトラウマになる可能性もある。
レナード・パロウが青ざめた顔で拳を握りしめた。おなじ学園生をおもう、熱いところもあるらしい。
「メレッタを……利用しようっていうのか⁉これだから王族ってやつは……っ!」
僕は、つめたくいいはなった。
「彼女が心配なら、きみたちが気をつければいい。だって彼女はきみらがつくる機体にのるのだから」
「そんなのムリだ!できっこない!」
「……きみらは爆撃具もつくる錬金術師の仕事が危険じゃない……とでも思っていたのか?」
そうたずねると、だれもが無言になった。実験中の事故など、錬金術にはつきものだ。
「できなくてもやるのよ……それがネリス師団長のだした『課題』だとしたら……やるしかないわ」
アイリは青ざめた顔で、くちびるをかみしめた。……これで、チームはまとまった。
「理解がはやくて助かる。今後はメレッタを中心にすすめてくれ」
いきおいこんで二階にある父の研究室へむかったメレッタだったが、クオードは猛反対した。
「ダメだダメだダメだ!キケンすぎる!」
「なんでよっ、一生に一度のチャンスなのよ!お父さんのケチ!石頭!わからずや!」
「ケ、ケチ……⁉」
動揺した父にむかって、メレッタはとどめの罵声をたたきつけた。
「もういいわよ!お父さんなんて、大っきらい!」
「だ、だいっきら……」
カーター副団長を絶望のふちにたたき落したところで、メレッタは父の研究室をとびだした。
(なんとしてでも、同意をとりつけるわ……こんなの、もう二度とない……一生に一度のチャンスだもの!)
工房にもどると、みななぜか緊迫したようすで黙りこんでいる。メレッタが「父は反対した」と報告すると、全員ほっとしたような顔になった。
「それじゃあ……」
ムリだね、といわれるまえにメレッタは先手を打った。
「父がダメなら、母という手があるわ!」
メレッタは自分の鞄をごそごそさぐってなにかをとりだすと、レナードに渡した。
「ユーリ先輩、協力してもらえますか?カディアンも、ちょっとこっちにきて!レナード、撮ってちょうだい!ふたりとも笑顔でおねがいします!」
いきおいに押されてレナードがシャッターを押すと、ちまたで流行りの『フォト』というやつに、二人の王子にはさまれたメレッタが、にっこりとかわいい笑顔で写っているものができあがった。
「これを母にみせるの!キラキラ王子様たちに囲まれて、たのしく研究してますってアピールするのよ!母は父に夢がもてなくなってから、キラキラ王子様がだいすきだから、このフォトをみれば絶対オーケーがでるわ!」
(……それでいいのか……)
このときだれもが、メレッタをとめられないことを悟った。
その様子を窓越しに見ていたものがいる。人ではない、深緑色の目をした一羽の黒いカラスが、工房の外に植わる木の枝にとまっていた。やがてカラスは飛びたち、二階で窓を開けていたオドゥの研究室にはいっていく。
「おかえり、ルルゥ」
眼鏡をはずしたオドゥ・イグネルがおやつのクッキーをさしだすと、それをくちばしでうけとったカラスの目は深緑から黒に色をかえた。
「お前はいい子だね……僕のみたいものをみせてくれる」
自分の使い魔であるカラスがクッキーをついばむ様子をほほえんでみまもってから、オドゥは吸いこまれそうに深い淵をおもわせる、その昏い緑の瞳をかくすように眼鏡をかける。とたんに彼は印象のうすい、どこにでもいそうな男になった。
「……さぁて、カーター副団長の愚痴につきあってやりますか」
オドゥは眼鏡のブリッジに指をかけて位置を調整すると、人のよさそうな穏やかな微笑をうかべ立ちあがった。
メレッタちゃんのお母さんは、キンプリ好きのお母さん風なイメージです。












