104.師団長会議、からの…
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レオポルドは難しい顔をしたまま、息を吐いた。
「この魔法陣は通行すら許可制だ。許されたものしか使えない。お前とグレンだけか?これを使ったのは」
「うん」
あ、でも……オドゥ・イグネルも使った。
デーダスの家に入りこんでいたオドゥを連れて、師団長室に急いで戻ろうとして、彼の名前も魔法陣に登録した。彼が魔法陣を作動させられるかまでは、確認していないけど……。
あのとき彼はなんて言った?
『ネリアが転移陣を動かして迎えにきてくれるのを待ってた』
わたしが彼を連れ帰るとしたら、かならず転移陣を利用する。彼の目的が魔法陣に自分を登録することだったとしたら……。
ぐるぐると回りはじめたわたしの思考は、レオポルドの声に中断された。
「とりあえずこの術式は、転移魔法陣としては使うな。錬金術師団の業務用としては、ものものしすぎる……まるで禍々しいものを封じているかのようだ」
「そうなんだ……」
がんばって必死に考えたのにな……。たしかに起動するのも大変そうな魔法陣だから、彼の意見に従うべきだろう。どうりでやたらにセキュリティが厳しいと思ったんだ。
レオポルドはふいに顔をあげ、わたしをまっすぐに見てきた。
「お前は……」
「なぁに?」
「デーダス荒野でグレンと暮らしていたのだろう?つらくはなかったか?」
「つらい、とかはなかったかな……グレンとはよくケンカしたけど、教わった錬金術はおもしろかったし、不自由さはあったけどわりと楽しく暮らしていたよ?」
「そうか……ならいいのだが……」
レオポルドはふたたび手元の紙に目を落とした。
「この魔法陣のもとになったグレンの術式の実物を、いちど見たいのだが……かまわないか?」
「えっ?もちろんいいよ!というか、デーダスの家にだって来ていいんだよ?グレンの息子さんなんだし」
「あいつを父親だと思ったことはない!」
レオポルドが声を荒げ、わたしはビクッと身をすくませた。やってしまった、彼にとってはデリケートな話題だとわかっていたのに。
「ごめんなさい……」
「お前のせいじゃない」
レオポルドがいらだたしげに顔をそむけ、アーネスト陛下がとりなす。
「まぁまぁ、とりあえず遠征前に設置できるよう、準備もあるだろうがレオポルド、よろしく頼む。では、ミスリル採掘のためにモリア山へ遠征する件についてだが、すでに各師団とも準備の最終段階にはいっていることだろう」
「ポーションの作製と納品は済ませました。魔道具の補充も終わっています」
「クオード・カーターとオドゥ・イグネルからも、整備済みの装備が竜騎士団にもどされてきた。竜騎士たちがすでに点検をすませ、ドラゴン達の体調も問題ない」
「魔術師団も遠征の準備はとどこおりなく。ただ魔法結界を再構築するのに人手をとられ、王城の守りについては最終点検がまだ終わっていません」
ひぇえええ……塔ではたらく魔術師のみなさま……まことにもうしわけございません。
「出発日までに終わりそうか?」
「それは問題ありません」
わたしは、アーネスト陛下にたずねる。
「ミスリルが採れるモリア山って、どんなところですか?」
「けわしい山だ……途中で魔獣もでるしな。興味があるのか?」
「それはもちろん。鉱物とかも大好物です!ケイ酸塩の鉱物だけじゃなく、きっと固有のものがあるんだろうなぁ……結晶の原子配列がどうなってるのかみたいですね!」
わたし鉱物標本、もってたよ!子どものころに鍾乳洞のお土産物屋さんで買った、しきりのついた紙箱に親指大の小さな鉱物がならんでいるの!さまざまな色と形の鉱物を眺めるだけでも、ときめくよね!
「なんか知らんが『見たい』というのはわかった」
「モリア山かぁ……ちょっと気になるなぁ。錬金術師団はいかないんですよね?」
壁にかけられた地図を見ていると、ライアスが困ったような顔をした。
「ネリア、連れていきたいのは山々だが……きみの防御魔法陣がしっかりしているのは知っているが、きみは戦えないだろう?」
「そうですよね……足手まといですよね……」
レオポルドが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「それよりもお前が来ると、何が起こるかわからん……」
そんないやそうな顔しなくたっていいじゃん……いいよ、ちゃんと留守番してるよ……。
「きょうの会議はここまでだな」
アーネスト陛下が会議の終了を宣言しようとしたので、わたしはあわてて声をあげた。
「あの、すみません!グレンの魔法陣が使えないことがわかったので、本物の長距離転移魔法陣を見たいです!」
レオポルドが渋面のまま、首を横にふった。
「魔術師団への立ち入りは遠慮してもらいたい。、ネリア・ネリスの名前を聞いただけで、血圧が上昇するものが何人もいる」
「そんな……」
レオポルドからあっさり断られ、困ってしまったわたしに、陛下が声をかけた。
「では王城の長距離転移魔法陣をみせるか。帰るついでだ、俺が案内しよう」
「ありがとうございます!ではレオポルド、魔法陣を描きなおしたらまた見てもらいますね。『エンツ』で連絡します」
「ああ」
ライアスは、アーネスト陛下と一緒に転移するネリアを見送った。遠征に出発するまえに、ネリアを六番街の『レイバート』に誘うつもりだったが、きょうの会議では声をかけるチャンスがなかった。
(しかたない、あとで研究棟にいくか……)
ここのところ、ライアスは遠征のための訓練と職業体験にきた学園生たちの相手に終われ、ネリアに会うチャンスがなかった。遠征に出発したらまたしばらく会えないし、彼女の顔を見てちゃんと話がしたい。
アーネスト陛下について、わたしは王城へ転移した。転移魔法をおぼえてから跳べる先を増やそうと、懸念事項を片づけがてら、ヌーメリアと王城内をあちこち探索しているけれど、やってきたのは初めて来る場所だった。
陛下の案内でいくつかの扉を抜け、まっすぐな廊下を進み、王城のなかでも静かな、だだっ広い空間に案内される。どうやら転移陣専用に使われている部屋のようだ。
「これだ」
「ほんとだ!転移陣と同じ文様が刻んである!ちょっとメモさせてください!」
床に敷いてある魔法陣をしばらく夢中で観察していたわたしは、部屋に人が入ってきたのに、すぐには気づかなかった。
「リメラ……」
アーネスト陛下が呼びかける声にようやく顔をあげると、榛色の髪を綺麗に結いあげ、したてのいいツーピースの胸元に、エクグラシアの国花である赤いスピネラのブローチをあしらった、琥珀色の瞳をもつ上品な女性が、おつきの人を従えて近づいてくる。
「ネリス錬金術師団長が来ているとか。そちらのかたかしら?」
「あ、ああ……ネリス師団長、妻のリメラだ」
「あっ、はい、よろしくお願いします。ネリア・ネリスと申します」
妻……ってことは、王妃様……ってことだよね。もしかして、ユーリとカディアンのお母さん?そういえば似てるかも……。リメラ王妃はじぃっとわたしをみつめて視線をはずさない。
「そう、あなたが……ウワサだけはうかがっているのだけれど……こうしてお会いするのは初めてね?」
ウワサ……どうせろくでもない予感……。この国のファーストレディというべき貴婦人は、わたしにむかって優雅にほほえんだ。あっ、笑うと……ユーリそっくり。
「せっかく奥宮までいらしたのですもの……ぜひわたくしに、おもてなしをさせてくださいな。一緒にお茶はいかが?研究棟でのユーティリスの様子もうかがいたいし、今はカディアンまでお世話になっているのでしょう?」
ふぇっ⁉
王妃様とお茶……⁉
それ、いきなりハードル高くない⁉
「じゃ、じゃあ……俺は仕事にもどるから」
「ちょっ、陛下!おいてかないでっ!」
わたしはうっかり、アーネスト陛下の袖をつまんでしまった。そう、うっかりだ。
「あらまぁ……陛下とも親しげですのね……ふふ、よろしいこと。わたくしともなかよくしていただけるかしら?」
ふふ、と笑う王妃様の目が笑っていない!
その瞬間、夏だというのに、まわりの気温が一気に氷点下までさがったようなきがした。
リメラ王妃、登場。服装はドレスにするかどうするか悩んだのですが、ある程度現代風の方が良いだろう、と考えました。イメージ的にはシャネルのツイード上下、ですかねぇ。









