102.そして1日は終わった
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夕方になり学園生たちが帰り、師団長室でマカロンをつまみながらお茶を飲むころには、どっと疲れていた。甘味がうれしいよぅ……。
「はぁ~つかれたねぇ……」
なんか、精神的にも肉体的にもいろいろと。
「通常の業務をこなしながら、生徒たちの面倒をみるわけですからね……おつかれさまでした」
「ユーリもつかれたんじゃない?」
「僕はレナード・パロウと話していただけですから、それほどではありませんでしたよ」
結局、午前中は生徒たちの作業はすすまず、『師団長のポーションづくり見学会』になってしまった。
午後はソラがついてカディアンたちは素材を下ごしらえする練習。めんどうな作業だけれど、下ごしらえを丁寧にやると、おなじ素材をつかってもポーションの出来がちがう。
錬金術師としてやっていくなら、じっさいに素材にふれ、その品質をたしかめるのはたいせつだ。錬金術師になる気がなくとも、いまは職業体験なのだから、きちんとやってもらいたい。
大きさを均一に素材を刻む作業をひたすらやらせていたら、途中でグラコスが発狂しそうになったが、かれが暴れだすまえにソラが一瞬で黙らせた。
グラコスは体術の大会でなんども優勝するほど、自分の腕っぷしに自信があったようで、こどもにしかみえないソラに、一瞬でとりおさえられるとは思わなかったのだろう。
ソラは片手でグラコスの巨体をとりおさえ、もう片方の手で銀のナイフをくるくるともてあそびながら、静かにたずねた。
「排除されるか作業をつづけるか、どちらになさいますか?」
「さ、作業……」
真っ青な顔でこたえたあとは、グラコスはとても静かに素材を刻んだが、彼の手はぶるぶると震えがとまらなかったので、結局あまり上達したとはいえなかった。
カディアンとニックは、そんなグラコスの様子を見てがぜん作業に身がはいり、一日のおわりにはまともなポーションが作れるようになっていた。
メレッタは五回目にしてようやくポーションを完成させた。
「おねがいだから、教科書通りにつくって!」
「……しょうがないなぁ」
アイリが泣きそうになったところで、メレッタは錬金釜をかきまぜはじめた。
「やっぱり、教科書どおりのやりかたがいちばん成功率が高いのね!でも、師団長のドーン!ギャリギャリ……ボワーン!もいつかやってみたいわ!あっ、でもわたし、錬金術師にはならないんだった!」
そしてメレッタはポーションができあがったのがうれしかったのか、「興味ない」といっていた二階にある父の研究室にも、自分でポーションをもっていった。
「お父さん!これ私のつくったポーション!……どうかな?」
カーター副団長は、愛娘がじぃっとみまもるなか、彼女のつくった……なぜか茶色いポーションを、涙目になりながら飲んだそうだ。
「こ、これはっ!世にだすわけにはいかん……すべて私の腹のなかに……ぐぉおっ!」
などといいながら、ものすごく気合いをいれて飲んだカーター副団長は、そのあと全身から汗を噴きだし、さっさと早退していったという。
「錬金術師の父が飲みほしたんだから、ぜったい大丈夫ですよ!自分がつくったものが人を助けるっていいですね!ハマっちゃいそう!」
メレッタは父の飲みほしたポーションの空き瓶を持って、にこにこともどってきた。腰がいたくて動けなかった副団長が帰宅できたんだし、ききめはちゃんとしてるはず……茶色かったけど……。
それからアイリとメレッタは一緒に、ライガの術式を検討する話しあいにくわわったけれど、アイリは力つきたのか午前中のいきおいはなく、しずかに話を聞いていた。
ユーリが三人の提出した改良案にコメントをつけていく。
「レナードの改良案は、不足する魔力を魔石で補充しているが……動力不足はおぎなえるが、コスト的にはどうかな。アイリのは、筐体そのものを軽くする方法を模索していて、素材の比較がわかりやすい。メレッタのは……『ライガの飛行プラン』?」
「はい!ライガでの飛行をいかにして楽しむか、いろいろと考えてみました!初速からいきなりドーン!とか、急上昇してからの急降下とか!あと、ひねりをいれての宙返りとか!どれも全部やってみたいんですけど、どうでしょうか?」
うん……メレッタ……ブレないね。ユーリはにこっと笑った。
「それは師団長に提出して、じっさいにやってもらったらどうかな?」
「いいんですか!ほんとに⁉」
それはもう、花が咲くようにメレッタがぱあっと明るい笑顔になった。あ……ヤバい。
「じゃあ、師団長おねがいします。僕はレナードとアイリで話をつづけますので」
ちょっとまてユーリ!わたしを売ったな!
「ネリス師団長、いきましょ!きょうはいいお天気だから、私もぅ朝からソワソワしてて!」
そのままわたしは、メレッタにひきずられるように中庭に連れていかれた。ライガに乗るのはわたしも好きだし、いいんだけど……。
「すごい!いまのもう一回いきましょう!つぎはひねりを三回くわえてください!」
はしゃぐかわいい女の子をうしろに乗せて空をとぶって……たのしいよね?
「きゃっふーっ!おちる直前の浮遊感さいっこうーーっ!きゃーっ!」
はしゃぐかわいい女の子をうしろに乗せて空をとぶって……た、たのしいけど……。
「つぎ!つぎはですね……!」
またいくの⁉
「あーっ!すごくたのしかった!さけびすぎて喉かわいちゃいました!」
けっきょく、メレッタが喉のかわきを訴えるまで……計八回、わたしは曲乗りをするはめになった……。
そんなわけで、いまわたしは魂がぬけたように師団長室で座りこみ、お茶を飲みながらマカロンをもそもそ食べている。
学園生のパワーすごい……。
「企業の採用担当者様が感じる苦労がよくわかったよ……」
「でも今回やってきた学生たちのなかで、錬金術師志望の子はいませんでしたね」
そこなんだよね……すべてが徒労におわる可能性はある。つかれた……。
「あすは師団長会議でわたしぬけちゃうけど、ユーリひとりでだいじょうぶ?」
「だいじょうぶですよ……そんなに心配ですか?」
ユーリがいたずらっぽく笑った。そうだよね……だいじょうぶか、なんてユーリに失礼だ。ユーリならきっとだいじょうぶ!
アイリ・ヒルシュタッフは家に帰り、父にきょうの報告をした。
「そうか……第一王子と師団長の関係はどうだ?」
「仲は良好のようです。ユーティリス第一王子はすっかり研究棟になじんでいるようにみうけられました」
「ふむ……あの師団長の下につくのは内心おもしろくないのでは……と思っていたが」
父親であるヒルシュタッフ宰相は、思案するようにあごをなでた。
「錬金術師団で警戒すべきはヌーメリアの『毒』だ。その気になれば、彼女はいともたやすく暗殺を実行できる……カディアンを守りたくば職業体験のあいだにすこしでもちかづいておけ」
「はい」
「ほかに報告することはあるか?」
「……ありません」
ほんとうは、ほかに報告すべきことはいくつもあった。ヌーメリアに教えをこうのは断られたこと、眼鏡の男が「これが錬金術師団長だよ」と、誇らしげにつげたネリアの実力……。どれもまだ、自分のなかでうまく整理して父に報告できそうにない。
そしてなによりショックだったのは、師団長の仮面をはずしたネリアは、アイリ自身もおどろくほど、かわいらしかったことだ。
ふわふわとした赤茶色のくせっ毛にふちどられた顔は、きれいというよりもかわいらしい顔立ち。化粧などまったくしていない自然な素肌は健康的で、頬もふっくらしており、唇は赤く紅をさしていないのにふるりと柔らかそうで、濃い黄緑色の大きな瞳は煌めいている。
華奢な骨格で年齢よりもあどけなく、妖精のようなつかみどころのない雰囲気……それでいて線のほそい儚げな横顔。
「かわいい……」
おもわず口からこぼれたようなカディアンのつぶやきに、アイリの胸はぎゅうっと締めつけられた。
わかっている。ただの感想だ。けれど……。
(私は『かわいい』なんて、いわれたこともない……)
そんなことは、父にはいえなかった。
学園No.1 美少女のアイリちゃんにそこまで褒められるとは……あんなに口が悪くてガサツなのに。ヌーメリアに肌のお手入れを聞いといて良かったね!