101.こいつら、ギラッギラだ
よろしくお願いします。
「アイリはメレッタがちゃんとポーションを作れるようみてあげてくれる?カディアンたちはソラについて素材の下準備の練習……ちゃんとナイフとハサミは使えるように……あとはレナードね」
さすがレナード・パロウ、首席の名はダテじゃない、みごとな出来のポーションだった。このまま店にだして売れそうだ。
「当然ですよ。身分だけにあぐらをかいて、努力ってものをしらないやつらとは違います」
ふふん、とバカにしたようにカディアンたちをみやるレナードに、カディアンはともかくグラコスとニックがけしきばむ。
うわぁ……。
メレッタに話をきいたときは、キラッキラの青春かと思ったけどちがう。
こいつら……ギラッギラだ。
「レナードはユーリとライガの術式について検討にはいって。ユーリ、よろしくね」
「はい、彼がいちばん術式を読みこんでいるようですからね……じゃあレナード、こちらに座って」
「……よろしくお願いします」
レナードはユーリの顔をじっとみたあと、ユーリとおなじテーブルに座った。生徒たちの世話はユーリにまかせるとして、いまやらなければならない錬金術師団のおもな仕事は、モリア山にあるミスリル鉱山へ行われる遠征のための準備だ。
「わたしはモリア山にむかう遠征隊のために、ポーションづくりをするから。ヌーメリア、てつだってね」
「はい」
それをアイリ・ヒルシュタッフが聞きとがめた。
「ヌーメリア・リコリスが……ただのてつだい、ですか?おてつだいなら私もします!さきほどのポーションは合格だったでしょう?ポーションづくりぐらいなら私だって……!」
「あぁ、うん……そうなんだけど。アイリは、メレッタがポーションを完成させられるようみてあげて」
アイリは不満そうだったが、わたしがそういえば従うしかない。生徒たちとじゅうぶん距離をとり、わたしとヌーメリアは作業をはじめた。
今回はちゃんと、予算を考えて素材をそろえた!高価な稀少素材を減らしたぶん、素材の種類や量を増やしておぎなう作戦だ。
〝地域別魔物図鑑〟で下調べをしたところ、北方のモリア山中は寒い場所のせいか、炎を吐いたり、逆に氷の攻撃をしてきたり、温度調節系の魔物が多いらしい。ゴリガデルス、マウントダボス、ガルバード等々……体の表面が硬いのも特徴だ。
季節は夏だけど、火傷や凍傷のそなえも必要なのね……。体が硬いなら、通常の物理攻撃で倒すのはたいへんなので、身体強化や魔力回復のポーションも必須だろう。
まずはおおきめの魔法陣を敷いて、素材の下準備だ。風の魔法陣に素材をぽんぽんほうりこみ、浮かせた素材を風で洗い、細かなゴミをとり除いていく。ゴミをとり除いたあとはこまかく術式で調節し、素材を刻んで均一な大きさにそろえていく。温度管理の術式で一定の温度を保ち、素材の質を保つことも忘れない。
素材の下準備が終わったところで、錬金釜内部における空間の条件を設定する。
そのあとは、ヌーメリアがわたしの指示にあわせて、タイミングよく素材をいれてくれる。この辺はなんどもやっているので、ふたりの呼吸はピッタリだ。
素材をいれるたび、その素材固有の『力』を引きだすための魔法陣を展開し、勢いよく魔素を叩きこみ、素材そのものの『力』を奪いとってゆく。
「魔法陣の多重展開……⁉」
だれかが息をのんだ気配がしたけれど、いまはそんなことにかまってなんていられない。いくつもの魔法陣が鮮やかに光を発し、音を奏でまわりつづける。
錬金術師の作るポーションは、運命すらねじまげる。
あらゆる角度から『死』に向かって落ちていく『運命』に逆らい、『生』に引き戻す。
傷つきし者に『再生』を。
目が見えぬ者に『光』を。
死にゆく者に『生存』を。
毒に侵され朽ちゆく体に『浄化』を。
力尽きた戦士に、漲る『力』と溢れる『闘志』を。
魔力を失いし魔術師に、高い『集中力』と澄みきった純粋な『魔素』を。
ギャリギャリギャリギャリ……。
素材自体が抵抗し、魔法陣同士も反発しあい、干渉しあい、耳ざわりな不協和音を発するが、あえて逆らわず、そのなかからただしい波動を選びとっていく。
どんなに素材が抵抗しようと、どうせすべての力はわたしのものになる。
わたしの支配下においたそれを、ヌーメリアが丁寧に混ぜあわせていくと、やがてすべての術式が違和感なくなじんで溶けあい、ひとつの波動を紡ぎだす。
だんだんと魔法陣のかなでる音が、澄んだ音色に変わっていき……最後にぼわん、と錬金釜の中でポーション全体が光り、にごっていたポーションが徐々に透きとおっていく。そこに状態保存の術式をまとめてかけた。
ポーションを瓶に封入し、破損防止の術式をほどこすのは、見物していたオドゥが暇そうだったのでまかせる。
オドゥは錬金釜に天秤があしらわれた錬金術師団の紋章を、瓶にひとつひとつ刻みこんでいく。おおお、このペースなら、ポーションづくりはさくさくはかどりそう。
「これを、午前中にあと三セットすませるから。みなの調子はどうかな?……っと」
生徒たちのほうをふりむくと、みんな、ぽかーんと口をあけて手がとまってるよ……ぜんぜん作業すすんでないじゃん……。ユーリもそういえば、最初のころはそんな感じだったなぁ。
術式を刻みおえた瓶を箱にならべ、オドゥがクックックと笑いながら、眼鏡のブリッジに指をかけて位置を調整する。
「わかった?これが『錬金術師団長』だよ。学生たちのお遊びとはちがうんだ」
アイリはさっと顔を赤らめ、レナードは目をむき、カディアンたちはうつむいた。
「ネリア、錬金術師はなりてがいないんじゃない、グレンについていける者がすくなかったんだ……それに、錬金術師は秘密主義だしね」
オドゥはそういうと、作業を再開したメレッタに声をかけた。
「メレッタ、ポーションができたら二階にいるお父さんに持っていってあげて?娘の作ったポーションなんて、副団長喜ぶだろうなぁ」
「いいですけど……ネリス師団長の錬金とくらべたら私のポーションづくりなんて、おままごとですよね……」
「いいのいいの、気持ちなんだから。娘の作ったポーションなんて、世界にひとつだけだよ!」
オドゥはちゃっかりと、副団長に頼まれたポーションづくりを、メレッタに押しつけた。
午前中の作業がおわったら、中庭で昼食だ。師団員たちは研究棟からでないので、中庭に移動する。学園生たちはお弁当でも、王城の食堂に食べにいくのでも、自由に過ごしていいのだけれど、カディアンがユーリと一緒に食べたがったので、みなぞろぞろと中庭にやってきた。
いつもは昼食は軽めだけど、きょうは学生たちも加わるから、がっつりとカレーにした。
ソラがきょうは実習を手伝っていたから、中庭で昼食の準備をしたのは、ヴェリガンとアレクだ。ほら、カレーって野菜が生煮えとかじゃなければ、そうそう失敗はしないじゃない?野菜が煮えたら、これまた用意しておいたカレールゥを溶かすだけだし。
これなら生活能力のまるでなさそうなヴェリガンでもできるはず!野菜の下ごしらえだけはしておいたので、ヴェリガンはカレーを作り、鍋をかきまぜてくれていた。手はつかわずにぐるぐると……って錬金釜を煮つめる要領じゃん!鍋のなかでカレーが変質してなければいいけど……。
だけど初めてカレーをみた弟くんたちには、カルチャーショックだったらしい。眉間にシワを寄せて、得体のしれないものを見る目つきで、自分たちの前におかれた皿を見つめている。
……サンドイッチとかハンバーガーとか、ほかのものにすればよかったかな。
「この、えらくみための悪いたべものはなんだ……」
「まるで……」
「シッ、言うな!」
「だがこんなものを、デカいスプーンひとつでたべろ……だと?」
なんかいろいろめんどくさい……。昼のまかないに、なに芸術的もりつけを望んでるのよ。
「いやなら、王城に食べにもどれば?」
「いやだなんて言ってない!兄上が食べるんだったら俺も食べる!」
「殿下!おまちください!」
「毒味はわれわれが先にっ!」
あぁもう、なんだかなぁ……。
カレーを食べるために、わたしもようやく仮面をはずし、ソラに預けて正面をむくと、弟くんがびっくりした顔をして、わたしの顔をまじまじと見ていた。
なにかわたしの顔についてる?そう思ったとき、カディアンはぽつりとつぶやいた。
「かわいい……」
そのひとことに、ユーリの眉がぴくりとうごき、アイリの顔色がかわった。