100.魔術学園の五年生達
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「ネリス師団長、できました」
アイリ・ヒルシュタッフがわたしのところに、できあがったばかりのポーションを持ってきた。教科書通りのいいできだ。
「みせて……うん、いいね」
アイリ・ヒルシュタッフはラベンダー色の髪をハーフアップにした、紅色の瞳をもった美少女だった。立ち居振る舞いにも品があり、正直、カディアンにはもったいないと思う。彼女は、わたしのほうをまっすぐに見て、うったえてきた。
「ありがとうございます……私は魔術師志望で、ポーションの作成はひととおりできます。私の腕に納得されたのでしたら、ほかのことがやりたいのですが」
「ほかのこと?ライガの改良以外になにかやりたいの?」
「はい……できればヌーメリア・リコリスから直接、『毒』について学びたいのです」
「『毒』について?」
美少女の口から「『毒』について学びたい」などという言葉がでるのが意外で、わたしはおもわず聞きかえす。
「そうです!代表的な『毒』の特徴、その見分けかた、体内にはいってしまった場合の対処法……とにかく、学びたいことがたくさんあるのです」
「ええっと、それってあなたにとって必要な知識なの?」
「ユーティリス第一王子殿下が六年前に毒をうけたとき、毒の特定から解毒までをヌーメリア・リコリスがおこなったのは有名です。その際、テルジオ・アルチニは彼女に直接指導を受けたとか」
「ユーリ、それほんとう?」
わたしがユーリに確認すると、彼はうなずいた。知らなかった……そんなことがあったんだ……。
「ほんとうですよ、だから王家はヌーメリアに恩があるんです。なかなか、返させてくれませんでしたけどね」
そうだね。ヌーメリアはきっとあたりまえのことをしただけで、彼女は研究棟でただ平穏にすごすことを望んでいたのだから。
ユーリが手に持っていた術式の束を机におくと、アイリにむきなおった。
「だがアイリ・ヒルシュタッフ、君の望みは職業体験の内容を逸脱している。ネリス師団長は、ライガの改良を課題ときめたはずだ」
「おことばをかえすようですが、ユーティリス第一王子殿下!カディアン第二王子殿下が卒業し成人するあかつきには、そのそばにいる者にも、テルジオ・アルチニが得たのと同様な知識が必要かと存じます」
「……研究棟ではユーリ・ドラビスでいい。その議論もふくめて、いますべき話じゃない……ひかえろ」
「……あなた様がただのユーリでいい、とおっしゃるならなおさら!ではネリス師団長にお願いします。ポーション作りでもなんでもします!私にヌーメリア・リコリスから学ぶ許可を!」
「……アイリ・ヒルシュタッフ、あなたのいいたいことはわかった。『毒』に関する知識がほしいってことだね」
「そうです!」
「でも、それはあなたの気持ちだけ……ヌーメリア・リコリスがあなたに教えたいと思うか……という視点がぬけている。許可をとる相手は、ユーリでもわたしでもなく、ヌーメリアでしょ?」
「ならば、彼女にかけあえばいいのですね!」
アイリ・ヒルシュタッフはいきおいづいたが、ちょうどそのとき素材を持ったアレクやソラと一緒に、ヌーメリアが工房にはいってきた。話がきこえていたらしい彼女の返事は、そっけないものだった。
「おことわりします」
「なぜですか⁉」
ヌーメリアは素材を机の上におくと、アイリ・ヒルシュタッフにむきなおった。
「『毒』の知識は諸刃の刃……ひとを助けもすれば、殺しもする……おいそれと渡すわけにはいきません」
「まなぶ機会をあたえず、知識を独占するおつもりですか!」
つめよるアイリに、ヌーメリアは困ったように眉をひそめる。わたしはアイリを制していった。
「アイリ、わたしは、ヌーメリアが『毒』のエキスパートでありながら、それを用いてだれも殺すことはなかった……という事実により、彼女を認めています。そしてその知識を渡すよう、彼女に強制する権利は、師団長にも王子にも……アイリにもない」
アイリだけじゃなくその場にいる全員に聞こえるように、ハッキリと宣言した。
「ヌーメリアの知識は、彼女がみとめた者にのみ渡される。グレン・ディアレスの知識が、わたしに渡されたように。あなたはその知識をえる資格があると、ヌーメリアに認められていない」
アイリは無言で唇をかみしめると、ヌーメリアに頭を下げた。
「……もうしわけありませんでした。ヌーメリアさんにも非礼をおわびします」
「……わかっていただければいいです」
ようやくひきさがったアイリの背中をみながら、オドゥが感心したようにつぶやく。
「『毒』について知りたい、なんて……しょっぱなから飛ばしてくるねぇ。僕なんか、グレンの知識がほしいから、あっさり錬金術師になっちゃったけど……彼女、魔術師になりたいんだろ?」
そうなんだよね……錬金術師にはなりたくないけど、知識だけはほしい……かぁ。
「なおさら教えられません……魔術師の女性は、自信過剰のかたが多くて……にがてです」
ヌーメリアは顔をしかめた。なにかイヤな思い出でもあるのかな。でも、アイリ・ヒルシュタッフかぁ……弟くんの婚約者候補というから、もっと甘々なふんわりした感じの子を想像したんだけど。
で、その弟くんたちはというと、大失敗したメレッタよりはマシだが、なんとか形になっているというていどだ。
「カディアン、グラコス、ニック……あなたたちは素材のあつかいが雑すぎる。ナイフやハサミの使いかたに慣れてないのはしかたないけど、もっとていねいに刻んで。ソラ、あとで見てあげてくれる?」
「かしこまりました」
グラコス・ロゲンという、ひときわ体の大きい少年が、その巨体を揺らしながら吠えた。
「素材の下準備など助手にやらせればいいだろ!われわれにライガをさっさと作らせろ!」
助手がどこにいるってのよ。
「あのねぇ、いまやってもらったのは学園での授業の復習……つまり、できてあたりまえのことなの!それができてないといってるのよ!錬金術師の職業体験をやりたいんだったら、きちんとできるようになりなさい!」
「だけど、ここにいるのは第二王子殿下だぞ!そのような雑用をわざわざやる必要は……」
「僕はその兄だけど?」
ユーリが口をはさみ、その矛先をカディアンにむけた。
「カディアン……お前なぜ黙っている。そばのものが暴走したらそれをいさめるのがお前の役目だろう……研究棟で師団長に従えないものは必要ない。やる気がないならでていけ」
グラコスがバカにしたように上からユーリを見下ろした。
「それこそ従えません!あなたはただのユーリ・ドラビス……さきほどあなた自身がそういった」
カディアンがあわてて立ち上がった。
「グラコス、やめろ!兄上、もうしわけありません!俺はちゃんとやるから、グラコスもニックも協力してくれ!俺は今回、兄上と過ごせることを楽しみにしていたんだ!」
工房が、しん……と静まりかえった。
ええと、ただ素材をていねいに刻むように……という話だけで、なぜこのようなハードモードな展開に……?
むこうの世界でインターンとかも経験したことのないわたしには、わからないんだけど。
職業体験って、こんななの⁉
そのときドカン!と音がして、ふりかえるとメレッタの錬金釜からまた煙が上がり、アイリが悲鳴をあげる。
「メレッタ!また!」
「うまくいくかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃない!」
「なんで教科書通りにやらないのよ⁉」
「どうしてこのやりかたをだれもしないんだろう……って思ったからよ!失敗するのね!ようやくわかったわ!」
メレッタは浄化魔法で自分と釜をきれいにすると、目を輝かせながら素材を選びはじめた。
「つぎはマルボ草とトリモナの組みあわせを試してみるわ!」
「だから、どうして教科書通りにやらないの⁉」
「だって錬金術師になる気なんてないもの!研究棟にくる機会なんてもうないわ!せっかくだからいろいろ試したいじゃない!」
あの、メレッタ、素材で遊ぶのはやめてね……。
とりあえず、場の空気はかわった。
メレッタちゃん最高だぜぇー!と思う方は両ヒレを上げてください。