100.職業体験が始まった(オドゥ視点)
一気に読者様が増えてびびってますが、よろしくお願いします。
大切なのに、壊したい。
隠したいのに、暴きたい。
ふたつの相反する望みが、自分のなかでせめぎあう。
きみはグレンのもたらした奇跡。
きみをバラバラにして、きみを構成するものひとつひとつ……すべてを知りたい。
けれどそれをしてしまったら、きみ以上のきみを創りあげる自信が今の僕にはない。
僕の前にはいつもグレン・ディアレスが立ちはだかる。
でも、もうあいつはいない。
きみの瞳に僕を映して。
きみの唇で僕の名をよんで。
きみを守るためなら、僕はなんだってするから。
だってきみは僕以上に孤独だ。
異界からたったひとり、僕のいるこの世界に堕ちてきたのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カーター副団長は木のてっぺんから救出される際に腰を痛め、研究室のソファーでうつ伏せで伸びていた。
「オドゥ・イグネル!聞いているのか!」
彼にどやされたオドゥは、のんびりとあいづちを打つ。
「あーはいはい、聞いてますよぉ、カーター副団長。それでネリアの魔力、属性はどうでした?」
「ぐぬぬぬ……学園で検査を見守るつもりが、このザマだ。騒ぎで記録も取れなかったというし、転移魔法だって私が寝こんでいるあいだに、初等科のロビンス教諭が教えてしまった」
ロビンス教諭はわかりやすい授業と穏やかな人柄で、生徒たちからも人気がある。
初等科のみを教えるマイペースな教師で、学園内での地位は高くないものの、魔法陣研究の第一人者だ。
「手間が省けてよかったじゃないですか。寝ているあいだに仕事が終わってるなんて最高ですよ」
「思いっきりバカにして、笑ってやるつもりだったのに!その寝こむハメになったのだって、もともとはあの女が!あいててて……」
オドゥは机に置かれたままの、ポーション瓶を手に取った。
「ほら、興奮しないで。ネリアにお見舞いでもらった師団長特製ポーション飲みましょうよ」
「ダメだ!研究用に残しておけ!あいててて……」
「家で寝てたほうがいいのでは?」
副団長はピタッと動きをとめ、抱き締めていたクッションをぎゅっと握りしめる。
「……独りものの、おまえにはわからん」
「なにが?」
「夫が!予定外の休みで丸一日家にいると知った!妻の凍えるような目だ!しかも寝ていたら〝お掃除君〟が私を生ゴミ扱いして捨てようと……。妻に文句を言えば、『初期設定のときに家にいないのが悪い』と……あててて」
掃除魔道具として人気の〝お掃除君〟は、初期設定で片づいた部屋の状態を覚えさせる必要がある。設定時になかったものは、ゴミとして片づけられてしまうのだ。
マニュアルを読んで、あとから〝お掃除君〟に副団長のデータを追加すればいいのだけれど、あいにくカーター夫人はペットのウポポを散歩させていた。
そしてゴミの分別もする、賢い〝高機能タイプお掃除君〟は手際よく、副団長を仕分けしたという。
「家でゴロゴロしている夫は、生ゴミとでも言いたいのか……」
「副団長見てると結婚に夢持てないよねぇ。僕、一生独身でいいや」
オドゥのつぶやきは、嘆く副団長の神経を逆なでしたらしい。
「オドゥ、おまえがポーションを作れ!」
「ええええ」
「さっさといってこい!」
「作ってきますから、下手に動かずおとなしくしててくださいよ?」
ようやくカーター副団長の愚痴から解放されたオドゥは、一階にある工房へとやってきた。
「うわっ!メレッタ!その素材はこっち!」
「えっ?もう入れちゃった!」
工房の雰囲気はいつもと違い、魔術学園生たちがワイワイと錬金釜を囲んで、それぞれ素材を運んで量って刻み、魔法陣を展開しては釜をかき混ぜていた。
「へー、魔術学園で習う錬金術ってこんな感じなんだぁ……」
ネリアはネリアで、学園のテキストにパラパラと目を通している。
「にぎやかだねぇ」
「あらオドゥ、どうしたの?」
「副団長、腰がまだ痛いんだって……ポーションがほしいみたい」
「えっ!お見舞いのポーション、効かなかったの?」
「ええと……いや、師団長のポーションはもったいなくて飲めないんだってさ。それより、なにしてんの?」
「魔術学園の子たちの錬金を、見せてもらってたの!」
ネリアとオドゥのうしろでドカン!と音がする。振り向くと錬金釜から煙がモクモクとでていて、アイリ・ヒルシュタッフの悲鳴があがる。
「メレッタ!だから言ったのに!」
メレッタと呼ばれた少女は、顔を真っ黒にして言い返す。
「うまくいくかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃない!」
眼鏡をかけたオドゥは中肉中背で、これといって特徴もない。彼は注目されることもなく、ネリアの隣で学園生たちを観察した。
(ふぅん……六名中四名が第二王子派か。これ、ユーリには厳しいメンバーだねぇ)
第二王子のカディアンといっしょにいる、グラコス・ロゲンにニック・ミメットは、どちらも第二王子の側近狙いだろう。
ヒルシュタッフ宰相の娘アイリは、幼いころからカディアンの婚約者候補として名が挙がっている。
(中立なのはカーター副団長の娘メレッタと、パロウ魔道具の御曹司レナードだけか……)
当のユーリは涼しい顔をして、生徒たちが提出したライガの改良案を眺めている。
王太子にカディアンを推す第二王子派にとって、生身の第一王子に接するのは初めてだ。
十四歳のユーティリス王子がグレンと契約して、その成長が止まったとき、彼のそばを離れた貴族は、魔術学園に入学したばかりの弟、カディアンを支持した。
将来、カディアンが立太子すれば、そのまま彼らの娘や息子が側近となる。
それに対してユーリには、親しい学友と呼べる者がいない。
学園に入学してすぐ、サルジアからやってきた留学生と親しくなった彼は、事件に巻きこまれてしばらく療養生活を送った。
もともと大人びた少年であり、級友たちと悪ふざけをするより、補佐官のテルジオと会話するほうが多かったという。
(ネリアがあらわれてから、年相応の顔をするようになったけど……)
研究棟にやってきたときの彼は、もっと生意気で冷めたガキだった。けれど母親譲りの優しげな顔立ちに反し、その性格は竜王をねじ伏せた祖先バルザム譲りの苛烈さだ。
黙っていい子にしていれば、王位が転がりこんでくる立場でありながら、なおグレンに契約を求めた。
(そんなかわいくないところが、かわいいんだよなぁ)
生まれたときから、その一挙手一投足を見られてきた生活ゆえだろう。ユーリは用心深い。
その感覚にはオドゥも舌を巻く。なにしろ、印象操作の眼鏡をかけている彼を、初対面で警戒したのはユーリとネリアぐらいだ。
今回の職業体験で何が起こるか。まだ学生だと侮らないほうがいい。オドゥもユーリも魔術学園にいたときから、すでに将来に向けて動きだしていた。
そしてネリアはまったく無意識に、その動きを加速させている。
(しばらく退屈しないですみそうだ……)
錬金術師オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけ、ずれを直すと人のよさそうな笑みを浮かべた。









