10.ウレグ駅での検問
魔導列車の中からわたしとメロディは、車窓に張りついてドラゴンに見入っていた。
「ドラゴン、大きいですねぇ」
わたしが感心して声をあげると、向かいに座るメロディもうなずく。
「そうねぇ、成竜だと大人の背丈の三倍ぐらいあるわ」
魔導列車がウレグ駅のホームに滑り込むと、張りついていた二体のドラゴン達は列車から離れ、上空でゆっくりと旋回を始める。
ウレグ駅はエルリカに比べても大きな駅で、王都シャングリラから北西のサルカス、南西のカレンデュラに向かう際の経由地になっている。
赤レンガを積み上げた駅舎は、計算して設置された白い窓枠のデザインが美しく、駅前の広場も活気があるようだ。
上空を舞う白竜とは別のドラゴンが三体、広場を占拠するように翼を閉じて待機していた。白竜が二体、そしてひときわ大きな蒼竜が一体……建物と比べても、その大きさがよくわかる。
「あれ、ミストレイじゃないかしら!」
「ミストレイ?」
「竜騎士団の団長の騎竜よ!ほら、あのひときわ大きいの!」
メロディが指さしたのは駅で待機するドラゴンたちのなかでも、いちばん大きな堂々とした風格の、青みがかった光沢のある鱗が美しい蒼竜だった。
頭には角のような突起がふたつあり、大きく広がる翼に鋭いカギ爪があるワイバーン型。瞳は金色で、大地を踏みしめる二本の脚は太くたくましい。
ドラゴンを夢中で観察していると、車両の前方でドアが開き、立派な体格の竜騎士がふたり乗りこんできた。先頭にいた緑髪の竜騎士が、さわやかな笑顔であいさつをする。
「お急ぎのところ、お時間を頂いて申し訳ありません。ご協力感謝します」
そのまま前から順に乗客に話しかけ、手元の紙に何か書きつけていく。後ろに立つ金髪の竜騎士は何もせず、全体を監視するように目を光らせていた。
「お名前は?」「どちらから?」「失礼ですがどういったお仕事を?」といったやり取りが聞こえる。声は徐々に近くなり彼らはついに、わたしたちのところまでやってきた。
「お名前は?」
済ました顔でメロディが応じる。
「メロディ・オブライエン、王都で魔道具店を経営してます。サルカスに仕入れに行った帰りですわ」
緑髪の竜騎士はうなずいてサラサラとペンを動かし、次にさわやかな笑みをこちらに向けた。うわぁ、カッコいい。
「あなたは?」
「ネリア・ネリス、錬金術師です」
「!」
笑みを浮かべていた相手の目が見開かれ、そのまま背後にいる金髪の騎士を振り返る。うわぁ、こっちも美形だなぁ。
「……ネリア・ネリス?」
金髪の竜騎士が初めて言葉を発し、わたしをじっと見つめてきた。整った顔立ちはキリリとして、瞳は夏の青空みたいに濃く抜けるような蒼玉で、少しくせのある明るい金髪が額にかかる。彼は確認するように聞いてきた。
「エルリカから?」
「はい」
グレン以外の男の人と、こんな風に会話するのも初めてだなぁ……あれ?わたしエルリカって言ったっけな?……とぼんやり考えていると、彼はもうひとつ聞いてきた。
「イルミエンツの伝言は受けとったか?」
イルミエンツ?と一瞬考えて、あぁ!と思いだす。
「あなたが魔術師団長のレオポルド・アルバーンさん?」
でも全然、魔術師っぽくない……。
「ちがうわよネリィ、彼は……」
向かいに座っていたメロディがあわてて否定し、金髪の騎士も困ったように苦笑して首を横に振る。
「いや違う、私は竜騎士団長、ライアス・ゴールディホーン。魔術師団長レオポルド・アルバーンに頼まれ、あなたを迎えにきた」
「わたしを?」
それを聞いたメロディが目を丸くした。彼女はわたしと彼を交互に見て何か聞きたそうだけれど、わたしにも何が何だかわからない。
ライアスと名乗った竜騎士団長は、そのまま真っ直ぐにわたしを見つめてくる。
「あの?」
あまりにじっと見られるため、とまどって見返すと、まばゆい金髪の竜騎士団長はふっとその表情を和らげた。
「ああ、失礼した。声は聞いたが本当に女性なのだな。こんなに可愛らしい方だとは思わなくて」
そのとたん固唾を飲んで様子を見守っていた、まわりの乗客……主に女性たちから黄色い悲鳴が上がる。
真顔!真顔で言わないで!お願いだから!美形が言うともの凄い破壊力だから!
「王城まで我らがお送りしよう。荷物をこちらに」
団長がそう言うと、緑髪の竜騎士が心得たように手を差しだしてきた。そう言われても帆布製の肩掛け鞄だけで、わたしにはたいした荷物はない。……というか王城まで送るって……。
「もしかして」
ひとつの可能性に気づいたわたしは、ハッとして顔をあげる。
「何か?」
さわやかに首をかしげて促す騎士団長に、わたしは恐る恐るたずねた。
「わたしのために検問を?」
ドラゴンで魔導列車に並走したり、ウレグ駅の駅前広場を占拠したのは、すべてわたしのために?まさかと思ったけれど、相手は軽くうなずいた。
「そうだ。『三日後』という返答から、もし魔導列車を使うなら今日ウレグを通るのではと、レオポルドといっしょに当たりをつけたが、正解だったな」
いや、それ全然確実じゃないよ。馬車だったり、ただ片づけに三日かかるだけの近所の人かもしれないじゃん。
それで列車を止めて出発を遅らせるとか、他の乗客にとっては大迷惑なんじゃ……いや、そっちが勝手にやったことで、わたしのせいじゃないけどっ!
「一緒に来てくれないか。あなたが降りねば列車が出発できない」
わたしがぼうぜんとして動かないものだから、ライアスは重ねて促す。にこやかだけれど嫌とは言えない雰囲気に、わたしはあきらめて立ち上がった。
「メロディさん、お先に失礼します。ご一緒できて楽しかったです」
「えっ?ああ、こちらこそ!お店にもぜひ来てね!」
興味津々といった表情のメロディに軽く手を振り、わたしは竜騎士たちに促されるまま、魔導列車を降りた。ホームにいた人々の視線がいっせいに注がれ、わたしは一瞬身がすくむ。
そしてウレグ駅のホームには、黒縁眼鏡をかけた白いローブの男が待ち構えていた。