外伝P5-05-04 工房 水谷理恵
これは、当初「パラセル - 俺が異次元娘の身元引受人になった件」の本編「5-05-04 工房 水谷理恵」として掲載を予定していた原文です。
本編は説明が多いために、この原文から何か所かを削除しました。
本編の文章をお読みになりたい場合は下記をご覧ください。
パラセル - 俺が異次元娘の身元引受人になった件
5-05-04 工房 水谷理恵
https://ncode.syosetu.com/n5859gc/133/
サリーが水谷さんに渡したエリクサー錠が役に立ち、彼の息子や従業員の命が助かったと、朝から水谷さんが息子さんを連れて挨拶に来ていた。
俺たちは、建物の修繕のためにチェックが続いている。
「とりあえず皆で昼食にしよう。
枝奈ちゃん、皆が食事できるように準備してもらえるかな?
テーブルはこの前の食事会のテーブルでいいよね」
俺は拠点前の道路に前回の食事会で使ったテーブルをストレージから出す。
このテーブルは摩導具で、地面に対して斥力と引力で、地面から一定の高さに浮いた状態で固定される為、テーブル自体には足がない。
使っていない時は薄くて軽い樹脂のシートであり、丸い物と四角いシートは、通常はくるっと丸めてしまう事もできる。
この摩導テーブルを平らに伸ばして、スイッチを入れて摩導具として起動させると、テーブル表面は地面に対して固定され、シートは板のように固くなる。
摩導具レベルを下げた状態で、配置は調整できるので、高さや傾きを調整する。
設置した後、シートの摩導具レベルを一番強くすると、置いた場所から動く事がなく、重い物を載せることが出来る。
摩導テーブルの上にはテーブルクロスをかけるので、足が無く浮いているようには見えない。
屋外で使用する場合、不安定な地面でも使用できる便利なテーブル板だ。
これは先日のイザベラの試作摩導具を薄いシートに応用したものである。
前回の試作では、あくまで摩導具の力を解りやすく見せるために、機能だけの物を作ったらしい。
彼女の世界の実際の摩導具というものは、このように何かに摩導回路を付与することで実用的な導具として使い、誰もが特に摩導具を使っている意識はしていないらしい。
まあ、それはこの世界の電気製品にも言えるが、慣れてしまうとそれは当たり前の物となって生活に溶け込んでいく。
我々の世界では、身の回りに電気を使った電気製品や電子装置があるように、彼女の世界では様々な物に摩導具が利用されているだけで、文化の違いである。
ただ、この空中に静止するテーブルは、空中に静止するドローンから発想されたイザベラのオリジナルらしく、同じものは彼女の世界にもないらしい。
枝奈ちゃんと食事会の会場の準備はサラッと終わったので、皆を呼んで実果さんに料理を出してもらう事にした。
「俺だけ実果さんのお昼をもらっちゃって、今日は来ていない佐々木君達には悪いな。
まあ、これは工務店の役得だな」
そう言いながらも、ちっとも悪びれずに、実果さんのランチを美味しそうに食べている水谷さん。
そういえば、この人たちは実果さんの食事が食べたくて集まって来たんだっけ。
おかげで、水谷さんとは深い良い関係になって来たな。
「いや、でもマリアちゃんの魔法っていうのはすごいが、工務店の俺としてはイザベラちゃんの建物補修などの摩導具ってやつも魅力的だな」
「あ、水谷さん。 これ特許取ってないから秘密でお願いします。 ちょっと冗談だけど」 と、サリーが突っ込む。 特許って言葉を知ってたの?
「もっと沢山作れるといいのですが、今のところイザベラの手書きなのであまり数が作れなくって」
「だったら、印刷で作れないのか?」
「摩導具に使うインクが特殊なので、普通の印刷だと無理だと思います」
「だったら、シルクスクリーンを使ったらどうだ?」
「シルクスクリーンって、簡単にできるのですか?」
「ああ、うちの娘が商売でそれをやっているよ。
Tシャツなんかをシルクスクリーンで造ったりしているなぁ。
俺も、時々内装用にタイルにオリジナルの模様を入れた印刷をしてもらったり、表に掲げるプレートや看板なんかも作ってもらっているぞ」
「え、娘さんが印刷できるのですか?
あ、でもイザベラが書く細かな模様をそのまま印刷できないと...」
「業務で作っているから、画像を読み込んだり、製版機などもあるから、一度試しに造ってもらったらどうだ?
午後でも娘の工房に行ってみるか?」
「えっ、いきなり工房にお邪魔しても良いのですか?」
「何、工房って言ったって俺の家だからいいさ。
女房も息子の事で感謝しているから、一度君たちを連れて来てほしいと言われてもいるからな。
だったら、今娘に連絡を入れておくよ」
ということで、俺と3人娘は水谷さんの家にお邪魔する事になった。
「初めまして、加納と申します。 突然お邪魔してしまって申し訳ありません」
「とんでもありません。 水谷理恵と申します。
加納さん達は弟の命の恩人とお聞きしています。 本当にありがとうございました。
それで、何か印刷したいものがあると父から聞いたのですが、印刷する原稿はお持ちですか?」
「あの、これをお願いしたいのですが。
シルクスクリーン印刷で線の太さなどが再現できるか試したいので、何度か試してもらう事ってできますか?」
イザベラは、ストレージから自分のノートを取り出し、その中のページを指さした。
「これは実寸ですか?」
「ええ、これは評価しやすいように、大きく書かれていますが、これでも大丈夫です。
線の幅の比率が同じであれば、大きさは替わっても構いません。
でも、印刷できる中で、なるべく小さくなる方が良いです」
「では、これを取り込んでみますね」
理恵さんは、スキャナにノートをセットし、スキャンを実行する。
取り込まれたノートの画像が大きなモニタ画面に表示された。
「もし画像を修正されるのであれば、ここのPCを使ってください」
イザベラはまだPCが操作できないかと思ったが、理恵さんの操作を少し見ていると、画面に対してタッチペンでの操作であったため、自分でやってみるようだ。
不要なごみを消したり、角などを綺麗に掃除している。
ある程度満足できたようなので、理恵さんにその後の処理をお願いする。
「線幅が重要な事と、インクが特殊と伺っています。
しかし、実際使われるインクの粘性など判りませんので、この原稿を基に線幅を何パターンか変えて、インクの浸食による潰れをテストしてみましょう。
とりあえず、隙間を空けて並べますと、全体が30cmより少し小さいくらいに収まりますので、A3用の版を使い9パターンを一度に焼き付けますが、何に印刷しますか?」
画面を見ると、縦方向と横方向にそれぞれ3段階 線幅を細め、普通、太めと線幅補正を掛けた物を作ってくれるようだ。
「でしたら、これにお願いします」 と、今拠点の壁の補修で使っている薄いプラスチックシートを渡す。
理恵さんは製版機から出力された版を、印刷台にセットして、印刷の最終準備をしている。
「使うインクはありますか?」
「あの、これです」
イザベラは重量級であるマナインクポットをドスンと取り出す。
さっきから、イザベラが見えないストレージから物を取り出すたびに、理恵さんが『びくっ』としているが、あえてそれについては何も聞いてこない。
お父さんから何か言われているかもしれない。
「えー、これは綺麗な金色のインクですね。 この入れ物も とてもきれいですね!」
「そのインクポットは見かけ以上に重いですから、注意してください」
理恵さんは印刷するシートを印刷台にセットし、版をその上に固定する。
ステンレスのへらでマナインクを掬い取り、刷版の上に流し、スキージーで一気に刷り上げる。
インクの流れを確かめた後、そっと版を持ち上げると、プラスチックシートには綺麗な9個の摩導パターンが印刷されていた。
理恵さんがルーペでチェックするが、擦れは出ていないようだが、何か困った顔をしている。
どうやらプラスチック表面でインクが乾かないようだ。
そこで、イザベラは1本の塩ビパイプを取り出した。
その先からはエターナルが風のように吹き出す、マナインクを乾かす摩導ドライヤーである。
イザベラが手書きで摩導パターンを作るときに使っている、彼女専用品のようだ。
シートにマナドライヤーの風を当てると、マナインクはすぐにプラスチックシートに浸透して、乾いていった。
マナインクって、プラスチックにも浸透するんだ。
イザベラはプラスチックシートに1~9までの番号を振り、それぞれをカッターナイフで9片に切り離した。
そして、次々とマナクリスタルを付けていくと、短時間のうちに9個の摩導パターンが出来ていた。
大きめに作ってある摩導パターンなので、肉眼でもそのまま作業が出来るようだ。
あとは動作試験を行う事になる。
最初は中央の補正無しとして作った摩導パターンから試すことになった。
出来た摩導パターンにマナクリスタルの小片を付けていく。
摩導パターンにマナクリスタルを取り付け、1つの機能として動作できるようになったモジュールを摩導回路や摩導モジュールなどと呼ぶ。
さらに、何かの素材か道具、例えば塩ビパイプでも良いが、それに摩導回路を取り付けると、それは摩導具と呼ばれるようになる。
修繕用の摩導具を張り付けた床や壁が摩導具と呼ばれることは無いので、これは摩導モジュールではあるが、これ自体を摩導具と呼んでも良いだろう。
マナクリスタルの接続を確かめた後、スイッチとなる部分をタッチすると、金色の摩導パターンが一瞬きらっと光った。
どうやら成功の様であるが、この補修用の摩導具は動作した際の結果がすぐに解らない。
実験に用いるにはちょっと不適当だったかもしれない。
スイッチを切り、工房の床につける事で、動作を試させてもらう事に成った。
「あ、ここが良いかも」 サリーが勝手に人の家の床を指さす。 それって失礼でしょうが!
その床板には、重い物を落としたのか? 大きな凹みが有り、表面も割れている箇所があった。
凹みの上に摩導回路を貼ってしまうと修繕するところが見えなくなるため、凹みの横に摩導具を貼り、スイッチを入れてみる。
すると、摩導具を中心として、床の色がゆっくりとすこし濃い色に変わりはじめ、へこんだ部分は盛り上がり、やがて平らになった。
床の変化はそのまま続き、部屋全体の床が変化するまで続いた。
すると、そこには新築当時の床が広がっていた。
そして効果は床だけであり、壁には広がっていなかった。
「この摩導具はワンタイムの使いきりで、使えなくなるまで使うことが出来ます。
これまだ摩導具は大丈夫だからそのまま貼っておけば、当面は使えそうですよ。
最後まで使い切ると、摩導回路が壊れてしまい、2度と使うことは出来ません」
とりあえず、1枚目の摩導具はうまく動作したようだ。
残りの8枚についても調べてみる事にした。
家中の床や壁のあちこちで試していく。
結果、イザベラが言うように線幅がやはり重要なようで、縦横が同じ補正を掛けた2つしか動かなかった。
結局9枚中の3枚が正しく動作できたようだ。
やはり、補正については細くとも太くとも縦横比が同じであれば動作するようで、この大きなサイズであれば、変に補正する必要はなさそうであった。
何故、補正を試したかと言うと、純金から作られるマナインクは粘性が、かなり高いと思われたためだ。
その為、シルクの版からインクが流れにくく印刷した線が細らないか? もしくは版に押された時に広がって太らないか?
など、版とマナインクの相性を調べるために行った。
補正無しがうまくいくと言う事は、漬けペンのインクよりは粘性がかなり高いようであるが、マナインクとシルクスクリーンのインクはあまり変わらない粘性なのかもしれない。
でも、このインクが純金から作られていることを、理恵さんには言わない方が良いな。
シルク印刷には結構たくさんの量のマナインクを惜しげもなく使っているから、使ったインクの値段を聞くと恐ろしくなるだろうな。
そういう余計な考えが入り、インクをケチると印刷結果が悪くなる。
今度は、大きさのチェックだ。
順にサイズを小さくしたパターンを、今度は32種作って製版してもらった。
ここの業務用製版機は解像度が1200dpiなので、かなり細かい線が再現出来るので小さなパターンまでの版は作ることが出来そうだ。
あとは、マナインクの粘性が、どこまで細かな線までインクが通り抜けられるか調べる解像度のテストになる。
それと、重要な事は、この製版機は写真製版を使ったアナログ式ではなく、微細サーマルヘッドで製造するデジタル方式だ。
そのため、デジタル製版された摩導パターンについて、それが摩導具として動作するためには、どこまでドットの影響が許されるかまだわからない。
そう、一本の線を表現するとき、ドット数が少ないと、斜め線や曲線となる箇所では、ジャギーと呼ばれるギザギザが発生したり、線幅が保てない部分が発生する。
まあ、実際にはインクの粘性などで、隣り合うドットがつぶれて、1ドットごとがくっきりそのまま印刷できるわけではないが。
なので、摩導具が必要とする精度の線幅にまで細かいドットをたくさん並べて、線の太さが一定になるように描く必要があるのだ。
1200dpiが印刷できると言う事は、ドットの間隔が0.021mmなので、実験なので最低線幅を5ドットを用いた0.1mm幅くらいまで細めて試作してみる。
ただ、これだけ線幅のドット数が少なくなると、斜線部や曲線部で線幅を維持する事が難しいと思う。
イザベラに言わせると、手書きではそんな細い線を使う事は絶対無理と言う。
摩導具の中でも最高密度の物で、線の太さはせいぜい1㎜程度が一番細いのではないかと言う。
1mm幅あれば、50個のドットを並べる事ができるので、それだけドットが多ければ問題はないと思われる。
でも、どこか一か所でも太さが狂えば、そこまでせっかく書いた摩導パターンでも動作しないらしい。
なので、さっき印刷で成功した線幅の太さから始め、最小と考えられる線幅0.1mmまで、32段階くらい段階的に縮小したものを作ってみる事にした。
結果、やはり線幅0.1mmでは細すぎて、摩導回路としては動作しなかった。
出来たパターンをルーペで見ると、ドットが見受けられた。 ドットが見えるようでは、線幅云々と言っているレベルではない。
結局、この製版機で作ったシルク印刷では、線幅0.2mm程度まで太らせれば、摩導パターンの線幅はなんとか許容できる事がわかった。 細線幅あたり10ドットだ。
それでも、イザベラの世界の摩導パターンは最小で1mmが限界と聞いているので、それより5分の1くらいまで小さくすることが出来る。
さらに摩導パターンは小さく作った方が、その性能が良くなると聞いているので、これは期待できる。
問題は、ここまで小さな摩導回路となると、取り付けられるマナクリスタルも、それ合わせて小さくする必要がある。
まだそこまで小さなマナクリスタルは作っていないので、今回は摩導パターンをあえて大きめに作り、3cm角程度に拡大した補修用摩導回路を作る事にした。
ここまでの作業がだいたい終わると、イザベラから、
「それと、もう一つ作って頂きたい物があるのです。
それは、今作った摩導回路を他人の目から隠すための摩導シートです。
摩導回路の上から貼る事で、下にある摩導回路の模様や素材の状態を、上に貼ったシートの表面に作り出す事が出来ます。
どの摩導具でも、摩導回路がどこにあるのか分からないのは、このシートが貼ってあるからです。
このシートは、海底にいる鰈や、陸上にいるカメレオンのように、背景に合わせて表面を変化させる事で、周囲に溶け込みます。
手触りも固い物に貼れば硬く、柔らかな物に貼れば柔らかく、ほとんど下地と変わりがない手触りになります。
なので、摩導回路が下に隠されていることすらわからなくなります。
シート自体も1つの摩導回路ですが、マナクリスタルは必要ないと言う、ちょっと特殊な物です。
摩導回路に張り付けた際、下の摩導具のマナクリスタルからの僅かなフォースを吸い上げ、一体化した摩導具として動作するためです。
更に大事な事は、一度このシートを貼ると、あとから剥がして中の摩導パターンを見ることが永久的に出来なくなります。
これを使う事でライバルの摩導工房に、中の摩導パターンが盗まれる心配が無くなります」
俺たちには摩導具の秘密を開示してくれているけれど、イザベラの国でも摩導具の秘密はとても大事なようである。
「そんな大事な摩導具の秘密を、俺たちに教えても良かったのか?」
「いえ、互いに秘密主義により発展が止まったしまった摩導工房に風穴を開ける為に、私は前の旅によりいくつもの工房の人たちに教えられて育ちました。
そして今、この世界に摩導具の技術を伝える事こそが私の仕事であると思っています。
でも、どのように良い技術であっても、どの世界でもそれを悪用をする人はいるはずです。
一番大切な情報を安易に開示してはいけないと考えますので、このプロテクトシートは必要であると考えています」
シルク印刷での製造はうまくいき、最終的に、プラスチックシートに、縦横10個、1シートに100個の摩導パターンを面付けしてもらったシートを20枚ほど刷ってもらった。
信じられないことに、この短時間で2000個の建物補修用の摩導具が出来てしまった。
印刷としてはたったの20回であり、これをイザベラが一人で手により作っていたら一体どれだけの時間がかかったであろうか?
さっきからずっと、イザベラがひどく興奮している。
いつも冷静な彼女が、これほど感情を表に出すのは珍しいな。
そして、イザベラはしばらくここに残りたいなどと言い出しているが、理恵さんもまだ工房の仕事が残っているので、今日は連れて帰ることにした。
今度正式に理恵さんに依頼を出すことにしよう。
そしてこの日の夜、教授宅は摩導工房へと変身していた。
持ち帰った摩導パターンにマナクリスタルを取り付ける事が必要になる。
そのために、大きなテーブルには手先が器用な女性陣がずらっと並び、大きな虫メガネとピンセットで取り付け作業をする事に成った。
最後は女工さんたちの手作業に掛かっているって、ああ、ここは野麦峠か?
それに、こんなに大量に作ってしまって…… まあ余ったらパラセルで売るかな。
この工房で、俺は一つ失敗をした。
イザベラがインターネットにつながっている理恵さんのパソコンから、"摩導具"というキーワードについて検索をしたのだった。
幸い検索結果は0件だったので、その時はそれでパソコンの検索は終わった。
でも、何気なく行った検索ではあるが、これが将来的に思わぬことにつながっていく事に成る。




