【 7 】
「無事腕輪を渡せたようですね」
クローディアが退席するのを見送ってぐったりしていると、ジークハルトが近付いてきた。
「ああ、腕輪が相当気にいったみたいだな」
「本当に楽しそうでしたね。もっと嫌がるかと思ったんですが」
「嫌そうには見えなかったよな」
ジークハルトは頭をかいた。
「遠くから見た感じでは、最初は不安というか不信感のようなものが見えましたが、腕輪が出てきてからはかなり楽しそうでしたね」
そりゃあ今まで婚約者なのに無関心だった男から、急にお茶でもなんて言われたら何事かと思うだろう。それくらいは俺だって分かる。
それにしたって、不信感はないだろう。
「あんなことがあった後だからな。急に俺から呼び出しを受ければ、何事かと思うだろう。魔道具を渡すためだったと言われれば、少しは安心できるんじゃないか」
「あれはただ単に魔道具に興味があるだけのような」
ジークハルトがぼそぼそと呟く。
俺もそう思うが、なんとなく負けたような気がするので聞かなかったことにする。
「とにかく、ギルバートにちゃんと渡したと伝えておいてくれ」
「分かりました」
「それと、ワインの件だが毎回何かしらでドレスが汚れるトラブルに遭うらしい」
「毎回とは、穏やかじゃないですね」
「女どうしではよくあることだと言っていた」
「よくあるなんてそんな話、聞いたことありませんよ、本当だったら大変なことですよ」
ドレスだって高い買い物だし、とジークハルトはそう眉を寄せる。
「ジーク、夜会でクローディアが何色のドレス着てるか覚えてるか?」
「そうですね、赤系が多いと思います」
「……よく分かるな」
「殿下に関わる数少ない女性ですからね。それがどうかしたんですか?」
「かかってもいいように赤いドレスなんだそうだよ」
「そんな理由ですか? 赤がよほどお好きなのかと……」
「赤ワインが多いんだろうな、きっと」
俺はまた顔にワインがかかる感覚を思い出す。
あのときのワインは白だったのか、赤だったのか。
ジークハルトを見ると、奴の顔は眉が寄せられたまま固まっている。
「ジーク」
「はい」
「クローディアに護衛をつけることは可能か?」
「それは可能ですが……今は時期ではないと思います」
いつもよりゆっくりとした口調で、ジークハルトが言う。
俺の反応を確かめているんだろう。
「そうだよな、急に護衛なんてつけたらおかしいよな」
「今まで通りではいけませんか。これからは殿下にも報告をするようにしますよ」
「うーん」
腕を組んで空を見上げる。
「今まで通りかぁ」
俺は何をしたいんだろう?
「ジークには、クローディアはどう見えてるんだ?」
「真面目なお嬢さんって感じですかね」
「それだけか?」
「殿下の婚約者になった時の釣書も綺麗だったし、上がってくる報告書も特に問題はないです。後宮の中でも、王妃教育の教師たちからの評判もいいです」
俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
俺が顔をしかめると、ジークハルトは肩をすくめた。
「殿下。私から何を聞きたいか知りませんが、我々が殿下を飛び越えて、殿下の婚約者と交流があったらおかしいでしょう? クローディア様のことは紙上のことは分かりますが、ご本人についてはほとんど分かりませんよ」
そんなこと俺だって分かってる。
今日のお茶会でだって、クローディアの俺への興味はたぶんケーキより低かった。
「殿下こそ、クローディア様のことをどう思ってるんですか?」
「どうって言われても」
クローディアが気になる、それだけは間違いない。
好きとか嫌いとかというものでもない。だが無視できない何かがある。
俺の表情を読み取ったジークハルトは、ため息をついた。
「あんなことがあった後ですからね。気になるのは当たり前です。まあ、殿下がクローディア様に興味を持たれることはいいことです。殿下の知りたいことがあるなら調べますよ」
俺はまた少し考える。
「とりあえず、クローディアが夜会で本当にいつもトラブルに巻き込まれているのか知りたい。クローディアが何をされたか、何をしたか。それとクローディアの噂についてもだ。出所と真偽を調べてほしい」
「期間はどのくらいですか」
「卒業まで」
ジークハルトが頷く。
「他には?」
「今のところはそれでいい。様子を見てまた考える」
「分かりました」
大きく息を吐いて椅子にもたれると、ジークハルトがクスリと笑う。
ふと見ると、ジークハルトは子供でも見るような眼で俺を見ていた。
「クローディア様には気付かれないよう警護もしておきます。殿下の指示があれば我々も動きやすいですからね」
「ああ、頼む」
もしかして俺は今、試されているんだろうか?
「ここだけの話、我々殿下付の間では、殿下の婚約者がクローディア様で良かったと言っていますよ」
ジークハルトは軽い口調でそう言った。
俺は、首を傾げる。
「殿下が婚約者を決めた時、我々はとても心配したんです。もしお相手がわがままで殿下や王家に迷惑をかけるような方だったらと……、その点でもクローディア様は良い方でした」
「それは、俺に興味がないからだろう」
「殿下に興味がなくても、殿下の財産や地位に興味がある方もいらっしゃいますよ。どちらかといえば、クローディア様は興味がなさすぎるのが問題とも言えますが、選んだ殿下もクローディア様に興味がなかったので、そう言った心配もありませんでした」
「ジーク、お前」
「クローディア様には申し訳ありませんが、我々は殿下のことを一番に考えています」
「……なんでクローディアは婚約の話を受けたのかな」
ぼそりと呟いた俺の言葉に、ジークハルトがいつになく低い声で返す。
「殿下、王家からの打診を断れるとお思いですか? 殿下が婚約したのは12歳の時です。クローディア様も12歳。12歳の貴族の女子に選択権なんてありません」
「俺は選べと言われた」
「そうですよ、殿下は自分でクローディア様を選んだんです。それは殿下に選ぶ権利があったということです」
ジークハルトの言葉は耳に痛い。
選べと言われた時、俺はそんなことまで考えなかった。
俺は選ばせられたと思っていて、選ばれる側のことなんて何とも思わなかった。
あの場所に来た者なら、誰もが俺の婚約者の位置につきたいんだろうなんて思っていたんだ。
だから誰でもいいと思って、自分に都合のよさそうなクローディアを選んだ。
選んだのに、挨拶もなく、ひどいエスコートをして、今まで婚約者らしいことを一つもしていない。
もし俺がクローディアだったら、あんな風に対応できないだろう。
「今まではお互いに興味がないご様子でしたので、我々も静観していました。万が一殿下に思う方ができた場合、クローディア様との接点が少ない方がいいと判断したからです」
「おい」
俺は思わず声を荒げた。
「予定ではご結婚は約1年後です。このまま何もなければクローディア様は必ず殿下の隣に立たれるでしょう。結婚してしまえばそれなりに距離は縮まるはずと考えていましたから、我々は殿下に何も言わなかったのです」
「それは、俺がマナーのない人間だと言われてもいいってことか?」
「クローディア様に関しては、我々が何を言っても聞きいれなかったのでは?」
確かにそうだ。
クローディアのことは何もするなと言ったのは俺だ。
選びたくないのに選んでやったんだから、もう充分だろうと反発しただろう。
「今回のことはよいきっかけだと思います。殿下なりにクローディア様のことを考えてみてください」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。