【 6 】
クローディアと入れ替わったあの日から、2週間が過ぎた。
ギルバートに何度か調査状況を尋ねたが、なかなか究明にはいたらないようだった。
遠まわしに、ちゃんと調べて分かったら連絡するから黙って待っていろ、という文書と一緒に魔道具を渡された。
「クローディア様の分もあるので、殿下から渡してください、とのことです」
ジークハルトが、そう腕輪を二つ俺の前に並べ、
「ちゃんと殿下がクローディア様にお着けするよう、申しつかりました」
と、にこやかに命令したので、俺はなけなしの勇気を振り絞り、クローディアをお茶に誘った。
正直な話、クローディアがその誘いを受けるとも思わなった。
かくして約束の日、快晴の庭園に彼女は侍女・マリーを伴って現れた。
「今日はお招きありがとうございます。エリック殿下」
モスグリーンの飾り気のないワンピースの彼女は、緊張した面持ちでそう頭を下げた。
「こちらこそ、突然の招待に応じてもらい感謝する」
お茶会なんて初めての試みなので、少しぎこちなく俺はそう手を差し出す。
クローディアは珍しいものを見るように俺を見上げ、ゆっくりと俺の手を取った。
夜会での行いを思い出し、彼女の歩みに速度を合わせながら、庭の奥まった場所のガゼボまで案内する。
席を勧め、お茶とお菓子の用意ができるのを待って、俺は話しかけた。
「今日は本当にすまない。急に呼び出してしまって」
「いいえ、それは……お気遣いなく?」
クローディアはそう首を傾げる。
「クローディアはいつも忙しくしていると聞いたので、あまり自由になる時間がないのかと思っていた」
「忙しいと言えば忙しいと言えますが、お仕事ではありませんので融通が利きますのよ」
「そうなのか? 話では休みもとれないほど忙しいと……」
軽く言ったつもりだが、クローディアは俺の話を遮るようにくすくすと笑った。
「さすがにそんなに忙しくはありませんわ。お茶を飲む時間くらいは作れます」
「それならよかった。じゃあ、さっそくお茶を……一応、王都で流行っているというお菓子も用意したんだ」
「それはありがとうございます」
彼女はそうカップを持ち上げ、丁寧にゆっくりとお茶を飲んだ。
形ばかりの婚約者だ。
今まで交流らしい交流をしたことがないので、当然話すこともない。
今更というか、急に彼女のプライベートなことを聞くのも気が引ける。
俺はクローディアを見ながら、なんて話しかけようと考える。
その間にも、空白の時間は過ぎていく。
クローディアはじっくりと無言でお菓子を食べ、カップの中身を空けると、侍女にお代わりを要求した。
そして、お代わりが届くのを待って、意を決したように俺を見た。
「エリック殿下、今日はこの間の件についてのお話があるのではありませんか?」
「ああ、実はそうなんだ」
実はも何もそれしかないのだが。
居住まいを正して、俺は頷く。
「何か分かったのですか?」
「いや、ギルバートの方はまだ調査中だそうだ」
「そうですか」
クローディアは、いくぶんがっかりしたようだ。
「それで、今日来てもらったのは、ギルバートからこれを預かったんだ」
ジークハルトに渡された腕輪をテーブルに置く。
「これは?」
「魔法や魔術を防ぐ魔道具だそうだ」
「まあ」
「気休めだとは思うが、身につけておいてほしいとのことだ」
興味深げにクローディアは腕輪を見つめている。
「クローディア」
「はい」
「あ、そのこの腕輪なんだが、俺が君につけてもいいだろうか?」
「はい?」
あきらかに疑問形だ。
クローディアは意外と感情豊かなんだな。
とか思いながら、ジークが言っていた説明を口に乗せる。
「この腕輪は着けた者にしか外せないそうなんだ、それでギルバートから俺が直接クローディアに着けるように言われたんだ」
「あぁ、そうなのですね」
ほっとしたようにクローディアがほほ笑む。
そして右腕と左腕を見比べ始めた。
「つけるなら、どちらがいいかしら。私あまり飾り物が好きじゃないのです。どちらにつけたら邪魔にならないでしょうか?」
嬉々として自分の腕と、テーブルの腕輪とを見比べているクローディア。なんて言うか、疑われるとかいうことより、俺に着けられるのが嫌だったという解釈でいいのか?
「俺は左腕に着けている。これは着けたい場所で止まるようになっているから、邪魔だと思うならひじ上あたりでも大丈夫だと思う」
俺は左腕をまくり、手首とひじのちょうど中間あたりに着けた腕輪を見せ、上下に腕を振る。
「良くできているだろう? ぴったりするように伸縮するんだ」
「本当に? すごい!」
俺の振られる腕を見て、クローディアは歓声をあげ、腕輪を取ると俺に向かって差し出した。
「着けてみてください」
言うが早いが、左の袖をまくり上げ、細くて白い腕を俺の方へ伸ばす。
俺もあまりと言うか、追いかけてくる女以外の女性を知らないが、クローディアのこの行動は淑女としてはどうなんだろう?
俺に興味がないにしても、王子に対する態度じゃないような気がする。
「あ、あぁ。どこら辺につける?」
「とりあえず手首のところにお願いします」
多少押され気味になりながらも、そっとその手をとり、腕輪を通す。
彼女の腕より倍はあった腕輪が、シュッという音とともに縮まる。
「わぁ、本当に縮まったわ!」
クローディアがそう腕をくるくる振りまわす。
自分の腕にはまった腕輪をしげしげと見て、今度はその腕から外そうとしている。
「やだ、本当に取れないし、動かない」
ぐいぐいと面白そうに腕輪を引っ張り、俺を見た。
「あ、すみません。ちょっと取ってもらってもいいですか?」
申し訳なさそうにまた腕を差し出す。
俺は腕輪に触れる。
またシュッという音とともに腕輪が広がる。
「まあ、本当に外れたわ!」
キラキラした瞳で腕輪を見つめるクローディアに、俺は自分の頬が緩むのを感じ、慌てて表情を引き締めた。
クローディアは全く気がついてないと思うが。
「すみません。今度はここにお願いします」
俺の気持ちなどお構いなしに、今度は袖をさらにまくりあげて二の腕のあたりを示した。何故か、その細い腕に、心拍数が上がる。
俺は、目を逸らしながら、立ち上がりクローディアへ近づいた。
手首なら届いたが、さすがにテーブルをはさんでクローディアの二の腕までは届かなかったからだ。
手首も細いけど二の腕も細いな、なんて考えながら、彼女の腕をとり腕輪を通す。彼女が指差した場所辺りで手を止め、尋ねる。
「ここくらいでいいか?」
「……はい」
クローディアが頷いたところで、手を離すと腕輪は腕に留まった。
「ありがとうございます」
嬉しそうに腕輪を見て、袖を直し、袖の上から腕輪を確かめる。
「見た目は頑丈ですけど、意外と軽くて薄い素材なんですね。こうやって触ってもあまり分かりません。これならストレスなく着けていられそうです」
俺は自分の席に戻り、冷たくなったお茶をすすった。
これで今日は俺の役目を果たした安心感からか、冷たいお茶がやけに美味しい。
「エリック殿下、わざわざ私のためにありがとうございました」
「いや」
一応婚約者なんだからこれくらい、と言おうとして慌てて止めた。
流石に俺が言っていい言葉じゃない。
代わりにふと思い出したことを口に出した。
「それより、夜会でのことなんだが、ドレスは大丈夫だったろうか?」
「ああ、はい、大丈夫です。……ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。ドレスは、かかっても大丈夫なようにいつも赤にしていますから」
「かかっても大丈夫って、よくあることなのか?」
「恒例行事ですわ」
特に気にすることではないと言うように、クローディアは笑う。
「私あまりパーティーに出席いたしませんが、毎回何かしらでドレスを汚してしまいますの。いつもならドレスの裾あたりなんですけど、今回はさすがに頭からでしたのでちょっとびっくりしました」
俺は何とも言えずにクローディアを見つめた。
「女同士ですもの、いろいろあります。それに緊張する場面ですから、多少のトラブルは仕方ありません」
どこか諦めたように彼女は微笑んだ。
そして、その会話で俺とクローディアの初めてのお茶会は幕を閉じた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。