【 4 】
「今は殿下ですね?」
「ああ、エリックだ」
会場を出てすぐに問われたので、頷いて答える。
「クローディアはどうした」
「先に応接室に向かわれたようです」
「ついていかなかったのか?」
「私は殿下の護衛です。クローディア様には、見張り―――警備はつけました」
「そうか。魔術師は来たか」
「はい、待機しています」
応接室につくと、筆頭宮廷魔術師のギルバートが待っていた。
「クローディア様は席を外されています。ドレスを汚されたそうで」
ギルバートがそう告げる。
いつもなら気にならないのに、やけに引っかかる言い方だ。
ワインをかけられたことを言おうか躊躇っていると、シンプルなワンピースに着替えたクローディアが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
クローディアはそう室内を見回す。
一人掛けの椅子が二つに長椅子が一つ。
ギルバートは一人掛けに座っている。
「クローディア、ここへ」
長椅子に座っていた俺は、クローディアに隣を指し示した。
クローディアの視線が空いているもう一つの一人掛けの椅子を見つめている。
それでも俺の言葉に従い、クローディアは俺の隣へとやってきた。
「……失礼いたします」
そして、何か堪えるようにそう言って、適度な距離をもって腰かけた。
なんとなく嫌そうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
「殿下。クローディア様。さっそくですがよろしいでしょうか? まず入れ替わった、というのは本当でしょうか?」
クローディアが落ち着いたのを見計らって、ギルバートが切りだした。
「ああ、信じられないことだが」
「それは、殿下とクローディア様がということで間違いありませんか?」
「ああ。そうだ」
「入れ替わりがおこった時はどんな感じだったか教えてもらえますか」
「一瞬めまいがして意識がなくなった、と思う。目を覚ましたら俺が倒れていた」
ギルバートの問いに、ひとつひとつ答えていく。
クローディアは黙って俺の言葉に頷いている。
「意識がなかったのは、どのくらいの時間ですか」
「それは、私の方から申し上げます。殿下とクローディア様は同時に倒れられました。かけよって声をおかけしましたらすぐ意識が戻られましたので、わずかな時間だったと思います」
ジークハルトが答える。
「入れ替わっている間はどうでしたか? 違和感とか、不安感とか、なんでもいいです。何か感じませんでしたか?」
「いや、特に何もなかったと思う」
「そうですわね。私も、目の前に自分がいなければ、入れ替わったことすら気がつかなかったかもしれません」
クローディアはそう首を傾げた。
「ああ、そう言えば、入れ替わる直前、なにか割れるような音がした」
「割れるような音ですか?」
ギルバートが聞き返してくる。
「ああ、凄く遠くで薄いガラスが割れるような音だ」
「クローディア様も?」
「はい、聞こえたような気がします」
「他には何か思い当たることはありますか?」
「いいえ、特には」
俺も、クローディアも首を振った。
ギルバートはしばらく俺たちを眺めた後、このことは誰にも言わないよう約束させ、何かあれば連絡をすると、クローディアを退室させた。
「よろしいのですか、クローディア様を帰してしまっても」
扉が閉まるのを見届けて、ジークハルトがそうギルバートに尋ねた。
「大丈夫ですよ。クローディア様は後宮に戻られますから、何かあればすぐに分かります。原因が分からない以上ここにいていただく理由がありません」
ギルバートの言い方はいつも何か引っかかる。
ジークハルトの言葉もだ。
「ジークハルトは、クローディアを疑っているのか?」
「疑っていないとは言えません」
ジークハルトがそう眉を寄せる。
「何故だ?」
「殿下が倒れられた時、あの場にいたのは殿下の配下の者だけです。それは私が選んで置いている者ということです。それなりに信頼のおける者を選んでいる自信があります。ですから、あの場所にいた者で、一番疑わしいのは今のところクローディア様ということになります」
「…そうか。ギルバートはどうなんだ?」
「殿下を疑うわけではありませんが、私は何よりも、入れ替わったということに疑問を持っています」
「だろうな、俺だって今も信じられない」
いつもより低い視界、柔らかい声、力のない腕。動きにくい服と靴。そしてワインが顔にかかる感覚を次々に思い出す。
「だが短い時間だったが、クローディアだったのは間違いない」
「そうですか」
ギルバートは、少し考え込むようにしてから、話し出した。
「入れ替えの魔法は確かに存在していますが、行うには多くの魔力が必要と言われています。もしその魔法が行われたとすれば、我々が気がつかないはずがありません」
「では何か、媒体を利用した呪術とかはどうですか?」
と、ジークハルト。
ギルバートは頭を振る。
「同じです。外からそれらしいものが持ち込まれた時点で城の防御壁に引っかかるでしょう。仮に持ち込まれたとしても、発動には魔法と同じように呪力が動きます。クローディア様にも、エリック殿下にも魔力や呪力が使用された形跡はありませんでした。ご本人が使った形跡もです。もちろん、城の防御陣にもそれらしい痕跡は残っていませんでした」
ギルバートは、申し訳なさそうに俺を見た。
「力不足で申し訳ありません。殿下。このことはもう少し我々の方で調査をしたいと思いますが、それでよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
「陛下にはこちらからお伝えしておきます。調査が済むまで、このことはあまり他言しない方がいいでしょう。殿下も何か思い出したことがあれば私どもへ連絡を。では、今日はこれで失礼します」
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