【 3 】
「またクローディアが何かしているな」
一瞬のめまいの後、そんな声が聞こえてくる。
聞きなれた友人の声だ。
現宰相の一人息子で、名はユリウス。
何度か瞬きした後ユリウスの視線の先を見ると、クローディアが立ち去ろうとしているところだった。ピンクの髪の女が何度もその背にむかって頭を下げている。
どうやら俺は、俺の体に戻ったらしい。ということは、クローディアも戻ったんだろう。
二度目だからか違和感がない。
「そのようだな、また難癖でもつけたんだろう。あんなに頭を下げさせて」
これは、現騎士団長の次男で、ヒュー。
「クローディアはきついって噂だからね」
そして、筆頭宮廷魔術師の三男、ミゲルだ。
「それにしても、あのピンクの髪は珍しいな、染めてるのか?」
「見ない顔だ」
「ピンクの髪なら、キャシー嬢じゃないかな?」
相変わらず魔法使いの情報網は早い。
「キャシー嬢って、最近見つかったっていう光魔法の使い手のか?」
「そう、アレイン男爵家の令嬢だよ」
ユリウスが思い当たったように言うと、ミゲルが大きく頷いた。
「そう言えば、この休みが終わったら、キャシー嬢も学園に来るらしいよ」
「あの髪の色で光魔法の使い手か、目立つだろうな」
「そうだね、クローディアに目をつけられなきゃいいけど」
「いや、もうさっきの様子じゃ、目をつけられてるんじゃないか」
ヒューが困ったもんだという顔で、肩をすくめる。
「いじめられなきゃいいけどね」
「誰にいじめられるんだ?」
光魔法の使い手と言えば、神殿が黙っておかないだろう。
そんな者にわざわざ近付くなんてと、不思議に思って俺は尋ねる。
「それは、決まっているだろ」
「決まっている?」
「クローディア」
「どう言うことだ?」
「前にも言ったよね、クローディアが殿下の婚約者っていう立場を利用して、殿下に近付く女性に嫌がらせをしている話があるって」
ミゲルは何をいまさらと眉をひそめた。
「巷のパーティーやお茶会では、クローディアの悪行の話で持ち切りだよ。近付くと命がないとかまで言われているらしいよ。最近殿下に近付く令嬢、少ないだろ。気が付かなかったの?」
「殿下はクローディアに興味がないからな」
ヒューが当たり前のように言う。
確かに興味はなかった。なかったが、たぶん、クローディアも俺に興味ない、と思う。
今日分かったんだけど。
「殿下から、クローディアに注意してみたらどうですか?」
ユリウスが、そう俺を覗き込んだ。
「そうだ、それがいい。殿下、お願いします。クローディアにガツンと言ってやってください」
ヒューはなんだか楽しそうだ。
「でも、口出ししてかえってひどくなったらどうする? たぶん次狙われるのは間違いなくキャシー嬢だよ」
ミゲルは本当に心配そうだ。
俺は目頭を押さえて、ため息をついた。
今日はいろいろ展開が早すぎて、俺の頭じゃついていけない。
だが、カトリーヌのあの嫌味な顔と、わざとではないとはいえワインを頭からかけられたことを思い出すと、クローディアが悪いとは思えない。
「その嫌がらせは本当にクローディアがやっているのか?」
低い声でそう尋ねると、三人は驚いたような顔をした。
「殿下、どうしたんです?」
「いつもそう言う話をすると、いじめは良くないと言うじゃないですか?」
いつもは良く聞いてなかったから、適当に返事をしてたんだよ。
クローディアの話というより、令嬢たちの噂話に興味がないんだから。
「だって、うわさ、なんだろう? クローディアはほぼ社交界に出てない。なのにどうやってそんなにいやがらせができるんだ? それにクローディアだって証拠もないのに、やめろとは言えないだろう」
何となく思ったことを続けると、そうですよねとユリウスは腕を組んだ。
そして少し考え込むと、
「じゃあ、こんなのはどうでしょう? 学園では私たちがキャシー嬢を守るというのは?」
じゃあ、ってどこからの、じゃあだよ。
お前らの方がなんか変だぞ、俺がいない間に何か悪いものでも食べたのか?
と、言いたかったが、必死でこらえる。
「それはいいですね!」
ミゲルがやけにいい笑顔で賛同する。
「ついでにクローディアの悪事の証拠も集めよう」
ヒューまでも。
お前ら本当に大丈夫か?
「殿下、ご歓談中申し訳ありません。少しよろしいですか?」
俺が言葉を失って三人を見ていると、ジークハルトが声をかけてきた。
さすが、ジークハルト。いいタイミングだ。
「ああ、悪いみんな、席をはずす。この話はまた学園で」
まだ何か言いたげな彼らを残し、俺は立ち上がり、そそくさと会場を後にした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。