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【 2 】 






 で、とりあえず入場だ。


 《俺》は道すがら、ジークハルトに男っぽく歩く方法を聞いている。

 何か質問し、動きを確かめると、なんとなく様になっていく。

 時折俺を振り返り、大丈夫かと気配りまでしてくる。


 応接室に行くときは気が動転していたのか気にならなかったが、こうして歩こうとすると、この見かけ通り重いドレスも踵が細くて高い靴も歩きにくいったらなかった。

 こけそうになるたび、ジークハルトが《俺》に向かって「失礼いたします」と丁寧にお伺いを立て、《俺》が「お願いします」と答えてから、俺に触れてくる。

 それも、いつもの俺に触るようにじゃなく、ものすごく丁寧に。

 阿吽の呼吸のような《俺》とのやりとりもだが、ジークハルトがこんな風に女性を扱うなんて驚きだ。


「すみません、ありがとうございます。会場内に入ったら少しは殿下のようにできると思いますから、任せてください」


 にこにこしながら《俺》が胸の前で両手をグーにして見せる。

 正直、不安しかない。

 俺自身のことも、《俺》のことも。


「ジークハルト様、ころあいになったら迎えに来ていただけますか?」

「はい、お任せください」


 会場の扉の前で《俺》がジークハルトへ指示を出した。

 ジークハルトは俺に対するように真顔で頷く。


「じゃあ行きましょうか? では、手を」


 《俺》がそう俺に手を差し出してきた。

 その手に手を重ねふと《俺》を見上げると、《俺》が無表情で見下ろしていた。

 え、何その顔、と思うと同時に扉が開かれ、入場を知らせるファンファーレが響く。


「行くぞ」


 《俺》がそう言って、俺を見ることもなくぐいぐいと進んでいく。

 ちょっと待て、速い、速いよ。

 遅れないように、転ばないように必死で足を動かす。

 《俺》は俺にお構いなしに、陛下の前までまっすぐ別れた人の間を進み、たどり着くと同時に俺から手を自然に放し、優雅に礼を決めた。

 半ば置き去りにされた俺も慌ててその横に並び頭を下げる。

 女子がする礼なんて良く見ることもなかったから、ちゃんと綺麗な礼が出来ているのかも分からない。

 ただなんとなく覚えている形で頭を下げていると、隣の《俺》がいつもの俺の言葉を滑らかに発し、父である陛下もいつもの言葉を返してくる。

 そうしてまるで俺のようにつつがなく挨拶を終えると、《俺》は俺の腰に手を回し半ば吊り下げるようにして御前を後にした。

 そうして早足に壁際まで進むと、ポイッとゴミでも投げるみたいに俺を開放し、そのまま俺に目もくれず踵を返すと、ホールを横切って友人たちへ向かっていく。


 《俺》は一つも間違った行動はしていない。

 と、いうかいつも通りだと思う。

 《俺》の言っていた『任せてください』は嘘じゃなかったようだ。


 ……クローディアには、夜会の俺はこう見えているのか。

 あれ、なんか落ち込んできたぞ。


「あら、クローディア様。ごきげんよう」


 遠ざかる《俺》の背中を茫然と見送っている俺に、声をかける者がいた。

 声の方を見ると、ドレスの一団が俺を取り囲んだ。

 その中心には、よく俺を追いかけている侯爵令嬢がほほ笑んでいる。

 確かデロウ家の女だ。カトリーヌとか言ったろうか。

 こいつらは、クローディアの友人、なんだろうか?


 どちらにしろ、これはきっと挨拶を、するんだよな?

 俺が、鈍った頭を必死で動かしているうちに、カトリーヌの周りにいた令嬢たちが軽やかな動きで前に出てきた。

 そしてそれぞれに綺麗なお辞儀を決めた。


「ごきげんよう。クローディア様。今日はご入場が遅れたようですけど、一体どうなさったのです?」

「クローディア様がなかなかいらっしゃらないので、皆で、心配していましたのよ?」

「そういえば、いつものように素敵なごあいさつでしたわね」

「殿下のご寵愛でしょうか? いつもクローディア様の素敵なお声が聞こえないのが残念ですわ」


 皆笑顔なのに、禍々しい雰囲気だ。

 俺が何かを返す間もなく、女たちは口々に挨拶と一言を言っていく。

 その内容を全部は聞き取れなかった。

 そして、一通り挨拶が終わったころ、女たちの後ろに佇んでいたカトリーヌが、パチンと扇子を鳴らした。

 それが合図だったのだろう、取り巻きが整然とカトリーヌの背後に下がっていく。


「……今日のドレスも素敵ですわね。クローディア様には本当に赤がお似合いになりますわ」


 俺には見せたことのない、寒気をもよおすような笑顔を張り付けたカトリーヌのその言葉と同時に、今度は顔に水が飛んできた。

 水じゃない。

 この香りは、……ワインだ。

 

「あぁ!! 申し訳ありません!」


 びっくりしながら滴るワインを指でそっとぬぐい声の方を見ると、ピンクの髪の女が泣きそうな顔で立っていた。


「すみません、わたしったら本当にドジで………」


 顔をくしゃくしゃにして泣きそうな顔だが、泣いてはいない。

 泣くような気配はない。

 一体、今度はなんなんだ?

 ちょっと、いろいろありすぎだろう。


「あの、クローディア様、わたし、どうしたら」


 ピンクの髪の女が困ったように、オロオロと体を揺らす。

 どうしたらって、そう聞きたいのは俺の方だ。

 給仕を探そうと、あたりを見回すと、カトリーヌたちはいつの間にかいなくなっていた。

 遠巻きに興味本位の視線は感じるが、誰も近付く気配はない。

 おい、給仕たちは一体何をしているんだ?

 ここは王宮の夜会会場だよな。


 自分でもどうしていいか分からずにピンクの女と辺りを見回していると、遠くの《俺》が視界に入った。

 《俺》は友人たちの真ん中で楽しそうに笑っている。

 その姿を見て、なんだか急に心細くなった。


―――クローディアは、こんなときどうしているんだろう?


 そう考えた瞬間、パリンッとあの音が聞こえた。






最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


不定期更新になりますが、

次話も、よろしくお願いします。

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