【 閑話 】 ある修道女の記憶 ③
そして、その時はやってきた。
「●●●様、明日は第二王子殿下が婚約者様と慰問にいらっしゃいます。貴方が望むなら謝罪の機会を作りますがどうしますか?」
私は●●●様を呼んでそう聞いた。
私は聞きたかった。●●●様から否定やいいわけや、本当は何があったのかを。
●●●様は、ただ静かに首を振った。
「そうですか」
そう答えるだろうと思っていた私は、ため息をついた。
第二王子殿下と婚約者は、お昼すぎにやってきた。
町の人びとの出迎えセレモニーの後、お二人には修道院の中をご覧になっていただくことになっていた。
案内をしようと進み出ると、第二王子殿下が●●●様に会いたいとおっしゃった。
私に断る権利はない。
●●●様がいつも図書室にいることは分かっていた。すぐに●●●様の元へ案内した。
図書室の奥で●●●様は一心に本を読まれていた。
「●●●様」
声をかけると、●●●様はすぐに顔を上げた。そしてその目が第二王子殿下をとらえると、剣呑な光をたたえた。
●●●様の、涙以外の強い感情を初めて見た私は、動揺した。
第二王子殿下に危害を加えられるとは思えない。
何も出来ないことは分かっていたが、二人きりにすることは躊躇われた。
けれど、第二王子殿下に退室を求められれば、後ろ髪を引かれながらも静かに図書室を後にするしかなかった。
暫くして、第二王子殿下は戻ってきた。
青白い顔をして、明らかに狼狽しているようだった。
婚約者やお付きのものたちが大丈夫かと何度も声をかけるが、心ここにあらずのまま、皆に支えられるようにして帰って行った。
夕食に●●●様は現れなかったが、第二王子殿下となにかあったのだろうと、私は見過ごすことにした。
次の日それが思わぬ結果をもたらすとも知らずに。
☆
年を取って屋根裏に登るのは一苦労だが、ようやく●●●様に与えた部屋までたどり着いた。
若い修道女たちが扉の前で、青くなってふるえている。
何があったのかとため息をつきながら部屋へ向かうと、●●●様がベッドで眠っていた。
「●●●様がどうしたの?」
眠っているだけだろう、と修道女を振り返ると、彼女がフルフルと首を振った。
顔を歪め●●●様を指差す。
「息をしてらっしゃいません」
震える声がそう告げる。
まさか、と●●●様に近付く。
「失礼いたします」
口元に手を差し出すが、息がふれない。
慌ててその体を揺さぶるが、服の上からでもあり得ない冷たさが手に伝わった。
はっとして、その顔を見る。
どこまでも美しい顔に、穏やかなほほ笑みを浮かべている。
「●●●様」
小さく呼びかけるが、もうその声は届かないのは分かっていた。
落ち着くため深呼吸する。
これからのことを考えなければならない。
なにより、●●●様が「死んで」しまったことを、一体、誰に伝えればいいのかを―――
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。




