【 17 】
それは夏休みまであと数日、そんな暑い日だった。
パリンッ
そう、音がした。
「いい加減にしろっ!」
怒鳴り声にゆっくりと瞼を持ち上げれば、ヒューの真っ赤な顔が目の前にあった。
近すぎる距離に驚いてよろめくように数歩後ずさると、その背後に無表情のミゲルと、怯えた様子のキャシーを支えるユリウスの姿が見えた。
何があったのかは、生徒会室から見ていたからよく知っている。
もうずいぶん暑くなったと言うのに、キャシーたちはいつものように中庭のベンチで笑っていた。
そこに、クローディアが通りかかった。
彼らとの距離はかなりあると言うのに、急にキャシーが立ち上がって、クローディアの前まで走ってきて思い切り転んだ。
当然、クローディアはキャシーに手を伸ばした。
助け起こそうとしてのことだろう。
けれども、慌てて追いかけてきたヒューが、その手を払った。
そこで、あの音が聞こえて――――入れ替わった。
「何故こんな酷いことが出来るんだっ!!」
ヒューはかなり頭に血が上っているようだ。俺が下がった分、詰め寄って声も大きくなる。
酷いことって、キャシーが転んだことか?
どこからどう見ても、クローディアは悪くないだろ。キャシーがわざわざここまで走って来て、勝手に躓いて転んだんだ。
どこが酷い?
意味が分からなくて眉をひそめると、ヒューの目がさらに釣り上がり、距離を詰められた。
「キャシー嬢があんたに何かしたか? 何故キャシー嬢を目の敵にするんだっ!!」
顔にツバがかかりそうな勢いにまた数歩後ずされば、今度はミゲルが睨みつけながら近付いてきた。
「クローディア、キャシー嬢を転ばせたくせに、謝りもせずに逃げるつもりっ!?」
逃げるも何も、ヒューに詰め寄られたらお前でも怯むだろ。こいつはガタイだけはいいんだから。
それに、クローディアが転ばせたんじゃない、キャシーが勝手に転んだんだっ!
そう言い返したかったが、とりあえず我慢する。
反論するにも、もう少しこいつらの言い分を聞きてからの方がいいだろう。
だって、今の自分はクローディアではないのだから。
俺が何も言い返さないからか、ミゲルはこの間聞いた嫌がらせとやらをあげつらう。
「クローディアは一体何がしたいの? 教科書を破ったり、文房具を隠したり、ダンスレッスン用のドレスを汚したり……この間はわざわざ呼び出したんだって?」
クローディアが呼び出した? キャシーが呼び出したの間違いだろう。
それも俺専用の便箋を手に入れてまで。
「呼び出してキャシー嬢に一体何するつもりだったの? 殿下に近付くなって脅すつもりだった?」
こいつは一体何を言っているんだ?
クローディアがそんなことするわけないだろう? 時間も無いし、そもそも俺に興味が無いのに、俺に近付く女なんてもっと興味ないだろう。
「キャシー嬢はずっと怖がってる。今度は何されるかって」
責める口調なのに得意顔なのがすごく気味悪くて眉を寄せれば、それが気にくわなかったのかミゲルが俺の二の腕を掴んだ。
―――おいっ! 勝手にクローディアに触るなっ!
かっとなって、思い切りその手を払おうとしたが、クローディアは相変わらず非力だった。
俺たちの中でも力の弱いミゲルの手さえ払えないばかりか、自分の方がその力に振り回されてよろけた。
ミゲルの手が腕に食いこみ、強い痛みが走る。
「いっ!」
思わずそう声をあげると、ミゲルの手から力が抜けてバランスが崩れた。
今度は転ぶのかと身構える。
が、体が傾く前に強い力で支えられた。
そして、頭の上から聞きなれた≪俺≫の声がした。
「何をしているんだ?」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします,




