【 14 】
学園生活は忙しい。
授業と生徒会、昨年とほぼ同じ日程のはずなのに、会長と言う役職は思ったよりもやることが多かった。
昨年までは上級生がいて、その指示に従っていればよかったが、今年はその指示を自分が出し、その責任を負うことになると思うと流石に慎重になる。
せめて昨年と同じくらい出来ていればいいが、先輩たちのことを思い出すと足元にも及んでいない……気がする。
そして一番の問題は、ユリウス、ミゲル、ヒューが最近キャシーにかかりきりで、生徒会の仕事をおざなりにすることだ。
おかげで、生徒会長としての仕事のほかに、去年まで一緒にやってきたことを今年は一人でやっている。
もちろん他の役員にも仕事は振っているが、新人も多いし、俺の教え方が悪いのかなかなかうまく回っていかない。
こう言うのはいつもユリウスがやってくれていたのに。
「頼り過ぎていたのかな……」
ため息をついて生徒会室の窓から中庭を見下ろすと、大きな木の下のベンチにキャシーを中心に笑っているユリウスたちを見つけた。
生徒会室からわざわざ見える位置で、あんな事をしているなんて。
「あいつら、一体何考えているんだ?」
キャシーとのお茶会に何度誘われてもよい返事をしないでいたら、彼らは生徒会をさぼるようになっていた。
一応毎日声をかけるようにはしているが、二言目にはキャシーと言うので、だんだんと距離が出来ている。
子供の頃から一緒にいたのに、まるで知らない者を見ているようだ。
いずれ、自分と共に兄を補佐する予定の仲間なのに、このままではきっと一緒にいられなくなるのではないだろうか。
……そんな気がする。
「殿下、今日はクローディアが登校しています」
登校してすぐだった。
俺が座るより先に、ユリウスが近付いてきて、挨拶もなしにそう言った。
「あぁ、そのようだな」
教室の後方、自席に座り教科書に目を落としているクローディアの姿を視界にとらえて頷く。
「それがどうかしたのか?」
クローディアだってこの学園の生徒だ。登校するのは当たり前だ。来てない方がおかしいのだ。
「殿下、キャシーが嫌がらせを受けています」
「嫌がらせ?」
「はい。教科書を破られたり、文房具を隠されたりと、些細なことですが……」
なんだ、その子供じみた嫌がらせは。
「……教師には伝えたのか?」
「いえ、まだ言っていません」
「何をやっているんだ? そう言ったことは小さなうちに対処するのが肝心だろう? いつもお前もそう言っているじゃないか」
もし学園内で大なり小なりそんなことがあるなら、それは学園の警備や管理体制に問題があると言うことだ。
そして、学生であっても犯罪まがいの事とする生徒がいるならば、それは早めに正されなければならない。
だが、俺の言葉に、ユリウスは顔をしかめる。
「何だ? 何か言えない理由でもあるのか?」
「いえ。そうではありませんが……キャシーが大事にしたくないと言っています」
また、キャシーか。
「エスカレートする前に対処したほうがいいだろう。キャシーがどう言おうと、早く教師に伝えたほうがいい」
「ですが……」
「何だ……何が言いたい?」
「それは、殿下だって分かっているでしょう?」
いや、さっぱり分からない。
「一体何なんだ。はっきり言ってくれ」
「クローディアですよ」
俺が問うと、ユリウスは小さな声ででそう言って、ちらりとクローディアの方へ視線を動かす。
「……クローディアがやっていると言いたいのか?」
「そうではありませんが、もしそうなら……」
言い方が気に入らない。
こいつらは、最初からクローディアだと思っているんだろう。
「なら、なおさら、学園に報告しよう。私から教師に伝えておく」
なんだか面倒くさくなりそうなので、俺はそう言って椅子に座る。
教科書を出して、暗にもう終わりだとアピールするが、ユリウスはその教科書を押さえた。
「殿下、キャシーの気持ちも考えてください。もし大事になれば、今よりひどい嫌がらせになるかもしれないんですよ!」
怒鳴りつけるように言われて、俺は眉を寄せた。
不敬、とは言わないが、友人としてもこの態度はどうだろう?
何より、こんなユリウスを見たことがない。
だが、言っていることは一理ある。
告げ口は、嫌がらせをかえって煽ることもあるだろう。
「……なるべく極秘に調査してもらうよう言っておく」
「殿下! 私が言っているのは……」
「もうこの話は終わりだ。お前たちがずっとついているんだから、十分注意してやればいい。それと、本人にも持ち物や身の回りに気をつけるよう言ってくれ」
「分かりました。私たちはキャシーの側にいます。なら、殿下はクローディアを見張っていてください」
吐き捨てるようにユリウスは言って、俺に背を向け心配そうにこちらを見ているキャシーとミゲル、ヒューの方へと向かって行った。
俺は周囲を見回した。教室内は始業前のざめわきで、誰も俺たちに注意していなかったようだ。
何故かほっとして息を吐くと同時に、ちょうどチャイムが鳴った。
お昼休み、ユリウスたちの視線が痛い。
俺は彼らを見ないようにしてクローディアへと近付いた。
「クローディア」
「お久しぶりです、殿下」
声をかけるとクローディアは立ち上がって頭を下げた。
「よければ一緒にランチをどうだろう?」
クローディアの予定は知っているが、なるべく自然にそう誘ってみる。
クローディアの目が大きく見開く。まぁ、そうなるのもしょうがない。
「申し訳ありません、お昼は学長のお話を聞くことになっていますので……」
どんなに自然に誘っても、不自然だよな。
「あぁ、それは知っている。できれば私も一緒に聴講したいのだが。どうだろう?」
「……私の一存では……」
「そうだな、では一緒に学長室まで行って学長にお願いしてみよう」
「はぁ」
クローディアは何とも言えない顔で頷いた。
「そう言えば、私からの手紙は受け取ってもらえたろうか?」
クローディアをエスコートしながら尋ねる。
ジークとの約束通り、お茶会のお誘いをしておいたのだ。
「はい、受け取りました。今は少し忙しいので、夏休みが始まってからでも構いませんか?」
「あぁ、私はいつでも構わない。連絡をくれたら合わせよう」
「ありがとうございます」
「あと、何か食べ物で好きなものがあるなら教えてもらいたい。せっかくだからクローディアの好きな物を」
俺がそう言うと、クローディアはふわりと笑った。
作り笑いではない、本当に楽しそうな笑顔だ。
「この間のお菓子もとてもおいしかったので、次回も殿下が選ばれるお菓子を楽しみにしていますわ。私も殿下がお好きなものを知りたいと思いますから」
教室の向こうで、ユリウスたち―――――だけじゃない。殆どの生徒が驚いた顔をしていて、俺はかなり気分が良くなった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。




