【 13 】
次の日、登校してすぐ、ヒューたちが集まってきた。
挨拶もそこそこに三人は声をそろえて同じことを言った。
ほらあれだ。クローディアがいつ登校するかを、だ。
凄いな。そんなにクローディアが気になるのか。
もしかして俺よりクローディアのことを知ってるんじゃないか?
まるで、俺より婚約者みたいじゃないか、と思ったが飲み込んだ。
「クローディアなら、視察で学園は暫く休むそうだ」
「視察、ですか?」
ユリウスが疑うように俺を見る。
「あぁ、兄たちの視察へ同行している」
「……そうですか」
ユリウスたちは納得いかない表情で、それでも頷いた。
おい、お前ら俺まで疑うのか?
ちゃんと公務になっている。ジークハルトが言うんだから間違いないぞ。
何か言いたげなユリウスたちの次の言葉を待っていると、始業のベルが鳴った。
午前中の授業が終わると同時に教師に呼び出された。
そのまま午後いっぱい、放課後に行われる生徒会の顔合わせについての打ち合わせとなり、その流れから俺は先に一人で生徒会室に居た。
この後新生徒会の初めての顔合わせが始まるからだ。
生徒会は各クラスの成績優秀者から三名から四名が選ばれる。
生徒会に選ばれると将来がある程度約束される。
希望の職がある者はもちろんだが、下位の爵位しか持たない者や庶民から試験を受けて入学した者は、特に頑張る。
学園の学力の底上げと、才能ある者を見つけるのに役立っていると言う。
終業の鐘が鳴り、ぞくぞくと今年生徒会に選ばれた生徒たちが入室してきた。
みな少し緊張した面持ちで、周りの様子をうかがっている。
俺は窓際の椅子から立ち上がり、彼らに端から席に着くよう指示をだす。
いつもならヒューたちがやってくれるが、まだ来ていないので仕方がない。
ほぼ席が埋まったころ、ようやくヒューたちがやってきた。
いつの間にかキャシーと一緒に行動する仲になっていたのか、当たり前のように四人で俺の側へとやってきた。
俺はキャシーの顔を盗み見る。
そして、ドジだと言いながらクローディアにワインをかけた女だと確認した。
少し媚びるような笑顔に見えるのは、ワインの恨みがあるからだろうか?
「殿下、アレイン男爵家のキャシー嬢です」
ヒューがいつになく格好をつけて、そうピンクの髪の女を紹介した。
もうすでに席についている他の生徒たちの前ですることではない。
学園で身分はそんなに重視されていないが、やはりそれなりのルールはある。
俺たちが誰かをひいきにしすぎると軋轢が生まれる。
ヒューたちは最初から俺の側近として名が挙がっているが、キャシーはただでさえも特別感があり噂になっている。
同じクラスとはいえ、突然この仲間に入れるのは良くない。
だが、ここで今それを言うのもはばかられた。
「アレイン男爵家の長女、キャシーと申します。殿下。生徒会に参加させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
それなりに綺麗なカテーシーをして、キャシーがそう言った。
俺は頭を上げさせ、笑顔を張り付ける。
「生徒会長のエリック・ボールウィンだ。忙しくなると思うが、頑張ってほしい」
「はい」
当たり障りのないことを言うと、キャシーは、にっこりと柔らかい笑顔で小首を傾げた。
ピリピリと背筋に嫌悪感が走る。
何だろうこの感覚は、女性は苦手な方だが、キャシーに感じるのはそれ以上だった。
「もう会が始まる、席についてくれ」
俺はそう言って、彼らから離れた。
「殿下、この後少しキャシー嬢も交えて、お茶にしませんか?」
会が終わって、一息ついていると、ユリウスがそんなことを言った。
いつも眉間にしわをはりつけている奴が、何故か笑顔だ。
キャシーは上目遣いでこちらを見ている。
どっちもとっても気持ち悪い。
「いや、悪いが今日は城で少し所要がある。君たちだけで楽しんでくれ」
キャシーの前なので余所行きの態度でそう言う。
キャシーと一緒にお茶なんて、とてもじゃないが無理だった。
キャシーがこちらを見るたびに、ぞわぞわと虫が這いまわるような感じが全身を襲うのだ。
「じゃあ仕方ありませんね」
と、ユリウスが言い、キャシーは悲しそうな顔をした。
途端にヒューが寄ってくる。そして、
「では、明日はどうですか」
なんて言った。一瞬何のことかと思っていると、
「キャシー嬢はお菓子作りが得意なんだそうです。明日作ってきてくれるそうですから、明日お茶会をしましょう」
なんて続けた。
こいつら本気で大丈夫か?
「ヒュー、学園に食品の持ち込みは禁止だろう」
「そうなんですか!」
俺の言葉に、キャシーがそう声を上げた。
急に大声を上げたので、残っていた生徒たちがこちらを見た。
「殿下、そんな堅苦しいことを言わなくても。せっかくキャシー嬢が……」
周りの様子に気が付かないのか、ヒューが割って入る。
「ヒュー、生徒会役員がルールを破るのは良くない。他の生徒の見本になるのが我々の仕事でもあるのだから」
「ですが」
「いいんです、ヒュー」
食い下がるヒューの腕にキャシーが手をかけて止めた。
呼び捨てにも、ヒューを触ったことにも驚いていると、キャシーは瞳を潤ませた。
「殿下、申し訳ありません。あたし知らなくて……これからは気をつけますので、また何か間違っていることがあったら教えてください」
はぁ? 何で俺が教えなきゃならないんだ、と思ったが、いろいろ驚きすぎて声にならなかった。
心を落ち着けるため、こっそり深呼吸する。そして、
「まだ編入してきたばかりだろうから、分からないことも多いだろう。だが生徒会に入った以上、学園の生徒の見本とならなければならない。大変だとは思うが、ルールは早めに覚えて欲しい。ルールはユリウスが詳しいから、良く聞いてくれ」
お前たちもう仲がいいんだろ? だったらちゃんと指導しろよ、と目配せする。
ユリウスの眉間に少しだけしわが戻る。
何だ? その表情。いつもお前が俺にルールを守れと言うじゃないか。
何故か無性にイライラした。
「じゃあ、私は次があるのでこれで。また明日」
まだ何か言いたげな四人を残して、俺は生徒会室を後にした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。




