【 12 】
「殿下……」
ジークハルトが残念なものを見る目になっている。
気が付かなかったものは仕方がないだろ。これからは気をつけるよ。
と、ジークハルトを見なかったことにする。
「で、クローディアのこれからの予定は? 次回学園に来るのはいつだ?」
「はい、今回の視察のあと一週間は通われるようです」
「一週間?」
「はい。その後また一週間の視察、その後隣国への祝賀と中央教会への外交が六週間予定されています」
「クローディアはいつ学校に行っているんだ?」
「本当ですね。これじゃあ、どっちが本業か分かりませんね」
この間のお茶会の時。そんなに忙しくないと言っていたが、十分忙しいじゃないか。
学園に通いながら、王太子の視察に同行し、その婚約者と王妃教育。
「クローディアは何を目指しているんだ? いや、父上と母上か? クローディアに何をさせようとしているんだ?」
「んー、そうですね。イライザ様の相談役兼侍女でしょうか。この資料を見るとクローディア様はとても優秀ですから」
「……クローディアはまだ学生だろ」
「私にそう言われましても……、まぁ、そのあたりも調べてみましょうか?」
「頼む。ところで、そのファイルって、どんなことが書いてあるんだ?」
なんとなく気になって聞いてみる。
ジークハルトが閉じたファイルを俺の方へ伸ばしてよこす。
「見てみますか? 大したことは書いてないですよ?」
受け取ってさっそくページをめくる。
名前、性別、誕生日、家柄、家族の名前など、ありきたりな情報が並ぶ。
そのありきたりな情報も初めて見るものばかりだが……
残りは、俺と婚約してからの行動記録だ。
朝起きて身支度、その後すぐ勉強が始まる。
王家の馬車で学園へ向かい授業開始と共に着席、学長室で講義を受けながらお昼を食べ、授業終了と共に王家の馬車で王宮へ。その後イライザと王子妃教育を受ける。それが終わると王妃の部屋で侍女教育を受け、日をまたぐころ夕食などをして、その後ようやく自由時間。クローディアはその時間で、その日の復習と次の日の予習をしている、と書かれていた。
「なんか、忙しいな。クローディアの一日は」
「そう、ですね」
これに、王太子とイライザの視察が入るのだ。
どれもこれも、クローディアには何の得もないものばかりだ。
これが普通なのか、異常なのか。
考えなくても分かる。
「俺、どうしたらいいと思う?」
「どう、と言われましても。少しずつクローディア様に近付くしかないのでは?」
「近付く……どうやって」
王宮にいるのに、ずっと王妃とイライザの側にいて、殆ど学園にも来ていないような状態で、大体学園に来ている時間だって少なすぎて、ダンスの授業も一度も一緒になっていないし、毎年同じクラスなのに姿を見かけたことさえない。
まぁ――――これは俺が悪いけど。
それでどうやって近付くんだ?
「とりあえず、学園に来たら必ず挨拶をするようにする」
「はい。それから」
「もうすぐ誕生日だから、誕生日プレゼントを……」
「それは流石にまだ早くないですか? 花ひとつ送ったことのない相手に、急に誕生日プレゼントって」
ジークハルトが顔をしかめた。
「ジークは彼女いるのか?」
「は? 何ですか急に」
「彼女がいるのかと聞いている」
「そんな暇ありませんが、婚約者はいます」
「え」
初耳だ。
あまりのショックに目と口を全開にしてしまった。
「なんて顔してるんですか。私だってもう三十近いんです。将来を誓い合う相手くらいいますよ」
「……どんな人なんだ」
「んー、そうですね。お転婆ですが、まっすぐな人ですよ」
「ジークはその人のこと、好きなのか? 一体どこで知り合ったんだ?」
「政略的なお見合いですが、好きですよ」
「お見合いなのに?」
「政略的お見合いは、誰にも反対されない最高の出会いの一つですよ、殿下」
ジークハルトはそう言って、すごく馬鹿にした目で俺を見た。
「そう、だよな」
「殿下だってお見合いじゃないですか。だから誰を選んでも良かった」
「あぁ、そうだ。俺がクローディアを選んだんだ。で、ジークは最初彼女に何をしたんだ?」
「最初ですか? お見合いの日にデートに誘い、次の日に花を贈りましたよ」
「……デート……花束……次の日」
物凄く難易度が高い。
クローディアと初めて会ったのは十二歳の時だ。俺は今十七歳。
長年無視していたのに、急に花束を贈るのもだが、デートなんて絶対無理だ、無理無理。
あんなことがあったからと言って、急にそんなことを自分がされたらおかしいとしか思えない。
「……やっぱり、まずはお茶会に誘う、とか?」
ギギギと音がしそうなくらいの固さで首を傾げて、ジークハルトを見る。
「いいんじゃないですか? きっと誘えばつきあってくれますよ」
「なんだよ、その適当な感じ」
「殿下、今まで挨拶すらまともにしてこなかったのに、お茶会で何を話すつもりですか?」
「えっと、それは……これから考える。でも、この間のお茶会で、クローディアはお茶を飲む時間くらい取れると言っていた。だから、とりあえずお茶に誘ってみる」
はぁ、とジークハルトがため息をついた。
「殿下がクローディア様が興味を持つような会話が出来るかにかかってますが、大丈夫ですか?」
「うっ……」
痛いところを。
「前回は腕輪がありましたが、次は何もないんですよ」
「それはそうだけど、変に学園で声を掛けたり、何か贈るよりいいだろ。話は、学園で今女性の間で何が流行っているか聞いてくるさ」
ムッとしてそう言うと、ジークは
「そうですね。頑張ってください。殿下がクローディア様に興味を持ったことがあちら側に伝われば、少しはクローディア様にも余裕が出来るかも知れませんし」
と意味ありげな言葉を続けた。
俺が首を傾げると、分からなければいいんですよ、とジークハルトは笑った。
「……最初のプレゼントはお菓子がいいよな」
ニヤニヤしているジークハルトをにらみながら、俺はそんなことをつぶやいた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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次話も、よろしくお願いします。




