【 9 】
学園には生徒が自由に使えるサロンが完備されている。
申し込みは必要だが、委員会の会議や個人的なサークル活動など様々な用途に使える場所だ。外部からの客にも対応するので、そのサロン担当職員もいるし、お茶や軽食なども頼めるので人気がある。
ユリウスと共に部屋へ行くと、ミゲルとヒューがお茶の準備をしていた。
他の部屋よりちょっとだけ豪華なこの部屋は、秘密の話をするのにちょうどいい遮音の魔法がかかっている。それこそ既に親の後を継いでたり、商売をしている者が使うような部屋で、生徒はよほどのことがない限り使わない部屋だ。
「ここしか空いてなかったのか?」
思わずそう尋ねてしまう。
俺たちがこの部屋を使うのはおかしいだろう。
「いえ、空いていたましたが、念のため」
俺たちはどんな機密を話し合うんだ。
「殿下、座ってください」
俺の疑問を知ってか知らずか3人も席に着く。
テーブルの上にはサンドイッチと菓子とお茶が用意されている。
「クローディアは今日お休みでしたね」
ユリウスが言った。
俺は3人の様子を伺う。
「休みでよかったじゃないか。ゆっくり対策を練ることができる」
ヒューは相変わらず鼻息が荒い。
ミゲルもユリウスもその様子を気にしていないようだ。
この3人と俺は幼馴染だ。年が同じだからと、よく親と一緒に登城しているうち仲良くなった。馬鹿ないたずらもしたし、喧嘩もする良い友達だ。
皆正義感が強く、真面目なところもあるが、こんなに誰かに敵意を向けるような奴らじゃないはずだ。
「殿下はクローディアが今日休みなの知ってた?」
ミゲルが聞いてくる。
「いや、知らない」
クローディアとはあのお茶会以来会っていない。ジークハルトから報告もない。
俺自身ようやく落ち着いた感じで、クローディアのこともあまり考えなくなっていた。
「殿下はクローディアに本当に興味がないんだな」
「ヒュー」
ヒューの言い方に、俺は目を見張った。
ユリウスが慌てたようにその肩を押さえると、ヒューは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ヒュー、ちょっと態度悪いよ。殿下が悪いわけじゃないんだから、それは八つ当たりだよ」
ミゲルが咎める。
「だが、クローディアは殿下の婚約者だろう。婚約者だから、クローディアが思い上がるんだ」
ぼそぼそと続けられる言葉に、俺は何も言えない。
ヒューの言っていることの意味が全く分からない。
「ヒューは殿下の心配をしてるんです。クローディアの悪い噂が出るたび、殿下の名前に傷がつくと言って……」
ユリウスの言葉に、俺は肩を落としてみせた。
もしかしたら火に油になるかもしれないが、言わなければならない。
「この間も言ったが、その噂は本当なのか?」
「殿下はクローディアがどんなに悪い女かもっと知るべきだ」
間髪いれずにヒューが言う。
「一体、どうしたんだ? クローディアがヒューに何かしたのか? それともクローディアが何かしているところを見たのか? 社交界の噂なんて8割方大げさなものだろう」
「火のないところに煙は立たないというでしょう?」
「ユリウスもヒューと同じ意見なのか?」
返すユリウスに、俺はそう尋ねる。
俺を心配すると言いながら、結局はクローディアを悪く言っている。
「同じ意見というか、そうなっては困ると思って、今回相談しようとしてるんです」
俺はユリウスを見つめる。
ユリウスは、あの夜会の時もクローディアを疑う発言をしていた。
「すみません。私も疑っています」
ユリウスが目を逸らす。
俺はため息をついた。
「本当に一体どうしたんだ? お前たちとクローディアは接点がないだろう? クローディアの噂が何でそんなに気になるんだ?」
黙り込んでしまった2人に代わって、ミゲルが話しはじめた。
「僕たちはまだ婚約者がいないでしょ。だから今年の休みはよく3人で夜会に参加してたんだ。そしたらクローディアの噂がすごくてさ。前からクローディアの噂はあったけど、あんなにすごいと思ってなかったんだ。最初は噂だしってながしていたんだけど、回を重ねるうち信憑性のあるものも出てきてさ。それで、とりあえず僕たちだけで話し合ったんだよ」
ユリウスとヒューが頷く。
「そしたら、そういえばクローディアが出てくる夜会は、いつもクローディアの周りの雰囲気が悪いよねって。クローディアって王室主催の夜会しか出てこないでしょ。それこそ数えるほどなのに、僕たちが覚えてる限りほぼ毎回誰かが頭を下げてるなぁって」
「……」
「この間は確認の意味で見てたんだけど、この間の夜会ではキャシー嬢に何かしてたの見たでしょ?」
「あれは」
クローディアが悪いんじゃないと言おうとして、言葉を止める。
なんて説明するんだ? 俺とクローディアが入れ替わったから違うのが分かるとは言えない。
俺の沈黙を肯定と取ったのか、ミゲルは続ける。
「殿下がいなくなってからも話してたんだけど、あれいつもなんだよね。殿下が離れるとすぐクローディアに取り巻きが集まって、その後誰か必ず頭を下げてるんだよ。だから噂が、もしかしたら噂じゃないのかもしれないって考えたんだ」
どう言えばいいのだろう。
クローディアが、嫌味を言われ、ワインをかけられていた、ということを。
「殿下はこの間もクローディアをかばっていましたね」
「かばったわけじゃない 分からないだろうと言っているんだ。もしかしたら、クローディアが何かされたってこともあるだろ?」
「それは……」
ユリウスが考えてもいなかったという顔をした。
「王家の夜会はいつも暗い。それにあの遠さでは何かトラブルがあったくらいしか見えなかったろう? 頭を下げるのだって、クローディアが相手に何か世話をしたその礼かもしれないじゃないか」
「殿下は、クローディアが何もしていないと思っているんですか?」
「それは分からない。なにせ俺はクローディアには興味がないからな。夜会の時だってクローディアをエスコートしたらもうすっかり忘れてる。お前たちみたいにその後見てたこともない。だがクローディアは俺の婚約者だ。簡単に悪女だなんて言えないだろう」
だんだんイライラしてきて、思わずそう皆を睨む。
3人とも目を丸くして俺を見ている。
だろうな、俺だってこんなこと自分が言うなんで信じられない。
最初に復帰したのはユリウスだった。
「そうでしたね。クローディアは殿下の婚約者なんですよね」
何度も会話の中に出てきたのに、まるで今思い出したかのような口調だった。
「殿下があまりにクローディアに興味がないから、なんて言うか」
急に脱力したように、ユリウスはソファーに沈み込む。
その姿に、俺は思う。
―――こいつら本当に俺のこと心配していたんだなぁ。
って。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
不定期更新になりますが、
次話も、よろしくお願いします。




