第一話 説明、読み始めました。
前書きに何を書けばいいのかわからない……。
あ、第一話です。ここから異世界の冒険スタートです(冒険するとは言っていない)。
閉め切られた瞼を貫き瞳に届いていた光が徐々に弱まっていき、瞳は次第に暗さを取り戻していく。やがて瞳が完全に闇のみを捕えるようになったころ、ユウキは恐る恐る瞼を開けた。
無機質な単色光ではなく温かみのある白色光が光に慣れていないユウキの瞳に突き刺さり、ユウキは目を細める。ゆっくりと光に慣らすように目をゆっくりと開けていく。慣れた瞳に飛び込んできたのは背の低い草が青々と生い茂った広大な草原だった。
「とうとう来た、か……」
自分に言い聞かせるように一人小さくつぶやいたユウキがまず最初に行ったのは自分の身の回りの確認だった。身体の感覚は事故前の感覚に戻り、手を握るといつもの具合で掌に爪が食い込む。しかし服装は大きく変わっており、現代的な黒の学生服はいかにも、といったカーキ色のカーゴパンツとグレーのカットソー、黒のジャケットに変わっており、手には薄めのグローブがつけられている。
しかし、それ以上に大きく目を引いたのが両腕についた白銀に黒の差し色が入った一対の籠手と、白を基調に差し色として赤、黄そして黒が入ったブーツだった。どちらもシオンの髪にも負けず劣らずに太陽の光を反射し、煌びやかに輝いている。身体にぴったりとフィットしており、慣れない重さは感じるがそれ以外の違和感は全くなく、妙な活力すら湧いていた。異世界への転移ということで肉体的にも精神的にも少々疲れていたユウキにはいい精神安定剤になっていた。どれほどの硬さかを確かめるためにこんこんと拳で叩いてみるとその硬さに拳が負けてしまい鈍い痛みが走る。手首を振り幹部をさすって痛みを誤魔化しながら別の部分を確認に移る。
その他の分かりやすい変化は、首には謎の金属でできたチョーカーがついており、腰にはウエストポーチがついている。首に着いたチョーカーには触ってみた感じ特に派手な装飾は無く質素、という印象が強い。ボタン式のウエストポーチの中には一冊の本、水と食料、少しの金貨が入っている。ユウキはこの女神の配慮に感謝した。転生して三日で飢え死になど、『ダサすぎる転生での死因ベストテン』に入ってしまうだろう。そんなことになればあの性格の悪い女神に鼻で笑われ、死ぬまでのダイジェストをドキュメンタリー映画として部下と後続の転生者に晒されてしまうのが明白だ。今のユウキの言葉に神界から文句が聞こえてきそうだがそんなことはなくユウキ自身気にも留めていない。時間がかかりそうな本は後に回し、他のことを確認することにした。
ウエストポーチから顔を上げ、辺りを見渡すとユウキから五メートルほど離れたところに一本の剣と細長い袋が丁寧に並べて置かれている。
その剣は刃の部分から左右一本ずつ枝分かれした刃が飛び出しており、柄の先端はフックにかけられるようとも思える小さな輪がついていた。だがそんなことよりも初見のユウキの感想は、
「この剣なんでこんな変な形なの?」
というものだった。形状からどう考えても玄人向けの剣としか思えず、武器など初めて手に取るユウキにはとても使いこなせそうもない。そもそも剣を渡したいのならよくある直剣が欲しかった、というのが彼の率直な感想だった。
しかし、もらったものを無碍にすることもできない。どういう意図でこの剣を渡したのかと考えながらも、余りそれについて考え過ぎるのもよくないと思ったユウキは一旦保留にし、もう一つの長い袋を確認する。剣を小脇に抱えながらユウキは袋を手に取る。袋自体はかなり丈夫な布で出来ており、多少引っ張っただけではびくともしない。特に底は布だけでなくハードレザーで補強されており剣の先端すら止められそうなほどの強度だった。いま、小脇に抱えている剣の形状はかなり特殊。これでは鞘に納めることができない。それを収納するものだろうと見当をつけ、剣を袋に放り込み、それ用の腰にひもで縛りつける。
これで全部かと疑問に思い周りを再び見渡したユウキは明らかにこの場にそぐわない異質なものを視界に捉える。百七十センチほどのユウキのより十センチほど小さい長さの剣が十メートルほど離れた場所に垂直に刺さっている。サブカルチャーによく接していたユウキには見知った長さ、太さ、見た目の大剣は、その大きさからくる迫力もさることながら通常とは明らかに違った雰囲気を放っていた。
女神が放っていた神聖なオーラとも、禍々しく重苦しいオーラともまた違った異質なものだった。素人目に見てもそのことが分かり、そのオーラにあてられ体が縮みあがる。しかしこれが自然の物ではなく神からの特典であることは確定的に明らか。これを無視するわけにはいかなかった。オーラに萎縮し、後ずさりしそうになるのをぐっとこらえ大剣の柄に手をかける。そして一度大きく息を吸い込み、剣を抜くために腕、さらには全身にありったけの力を込め、声を上げながら体を上に伸び上がらせ剣を上に持ち上げた。
「いっせーの、せぇぇぇええええ!?」
大剣を引き抜くために込めた力が行き場を失い、剣の下敷きになりながら倒れこむ。しかし、体に予想していたほどの重さが載ることはなかった。大剣の重さは剣の見た目とあまりに乖離していた。ユウキの体感で三キログラムほどで物理的にあり得ない。改めて確認するために剣を適当に振りまわしてみる。
スポーツ等に打ち込むことのなかったユウキは常人より細めであるが、両手であれば全く問題なく振れる。次に剣を地面に突き立てそれに向かって拳を打ち込む。結果、ユウキの拳が負けた。剣の軽さと硬さに驚きながらその剣をどうしようかと考えていると、柄と刀身部分から革製のベルトが伸びており、肩にかけられる形状になっている。いつまでも手に持っていては邪魔で動こうにも動けないため、ベルトを使って剣を肩にかけ、持ち心地を確認する。
身支度を済ませたユウキは、一度腰を下ろしたいと思っていたのもあり地面に腰を下ろしこれからどうするかを考えていた。まず人がいる街に向かうのは確定だ。がしかし眼前に広がるのは背の低い草木に覆われた地平線。開けているにも関わらず街どころか民家も一軒たりとも見えないような状況だ。どちらに向かっていいかわからない状況でやみくもに動くのはよろしくない、と考える。しかし街や人の手掛かりは一つもない。つまりはこの状況、ユウキ一人ではどうしようもなかった。どうしようかと唸り声を上げていると、ふと準備中に後回しにしていた本のことを思い出す。ポーチの中に入っていたということはこれもシオンからの贈り物に違いないと判断したユウキは、本に一縷の望みをかけ、読んでみることにした。
淡い期待を心に秘めながらウエストポーチから本を取り出す。表紙には「この世界の取扱説明書」と書かれており、あまりにも端的なタイトルに思わず噴き出す。妙な遊び心に苦笑いを浮かべながら、ユウキは一ページ目をゆっくりとめくった。
「これが読まれているということは、わたしはすでにそこにいないのでしょう」
一ページ目の最初の一文に書かれたあまりにも突拍子もないその言葉にユウキは目を丸くせざるを得なかった。遺書かよ、と小さくツッコミを入れる。
「冗談はさておき、まずはこの世界の説明を。まずはこの世界の種族について。この世界には大きく分けて四つの種族がいます。魔法を得意とし、不老長命な”エルフ〝、身体能力が高く、自然と共に生きることを得意とする”ビースト〝、優れた建築技術や精錬技術を持つ”ドワーフ〝、そしてこの世界で最も数の多い”ヒューム”の四つです。よくある設定でしょう?細かく分けるとビーストはその中でも動物種の違いなどがありますが、そこはおいおいわかるでしょう。この四種族のほかにもゴブリンなどの亜人種やシカやクマなどの野生生物、ドラゴン等の危険生物といった数多くの生物が命を育んでいます。どれもこれもあなたは聞いたことがあるんじゃないでしょうか?」
この世界のことを頭に叩き込みながら冊子をめくっていく。
「二つ目にこの世界のシステムについて。端的に伝えます。冒険者。大体これでわかるでしょう?ああ、あと言語についてはご安心を。こちらが話した言葉はあちらの言語になりますし、あちらの言語もあなたが慣れ親しんだ言語になります。文字も同様です。そういった特典をつけさせていただきました。最後に、あなたのこれからについて。この本を読み終わった後は貴方の自由にしてくださって結構です」
ユウキは、「ここまで冒険者について説明したのならば、もはやなれと言っているようなものじゃないか?」と心の中でつぶやく(もちろんなるつもりであるのだが)。苦笑いが浮かんでいた表情を揉んで元に戻し、次のページへと移る。
「冒険者として功績をあげ、英雄と呼ばれるまで成長するもよし。ゆっくりと農業などをして、のんびりと過ごすもよし。ご自由に生きてください。まあ、なんとなくどうするかは予想がつくので特に何を言うつもりもありません。ぜひこの世界を楽しんでください。Have a nice day」
本を読み終わったユウキは本を閉じ立ち上がろうとするが、腰を中途半端に上げたところで重要なことを思い出す。読み終わっても結局どちらに進んでいいのか分からないのである。もう一度本を開きパラパラと流し読みをしてみるが、やはりどこにも書いていない。そもそもそこまで厚くない本で読み逃しをするはずもなく。落胆しユウキが再びドカリと腰を下ろすと、その衝撃で本の裏表紙裏から小さな紙が落ちる。ユウキはヒラヒラと宙を舞うそれに素早く手を伸ばし掴み取る。二つ折りにされた紙を開いてみるとそこには先ほどの本と同じ文字で短い文章が書かれていた。
「追伸、あなたの立っているところから右に向かうと森があり、その近くに道があります。そこを道なりに進んでいけば街に着きます。ご武運を」
回りくどいやり口にため息を吐きたくなりながら、ユウキは紙を本の間に再び挟みながら立ち上がる。
「……行くか」
目を凝らして見てみると前方に本当に小さく森が見える。女神が指し示すその森に向かってユウキは歩き出した。時間は太陽から察するに正午より少し前。街がそう遠くなければ日をまたぐ前には付けるだろうという、希望的観測を持ちユウキは速足で歩きだした。
今回本しか読んでねえな。