プロローグ2
プロローグの第二話となります。今回はいわゆる神様とお話というありふれたものとなっております。
どうぞ楽しんでいってください。
齢十七年、あんな惨たらしい殺され方をさせられるような悪行の心当たりを彼は持ち合わせてはいない。運命といってしまえばそれまでであろうが、それでもやはり納得するには至らない。たっぷり五分、混乱する頭で考えたのち、事故後の混乱した精神の安定を図るために、彼がとった行動は、
「……ふざけんなよ、神様。しかもここどこだよ」
居もしない神に向かって悪態をつくことであった。ありもしない神に向かって愚痴を口に吐き出し、負の感情が高まっていくのを抑え込んでいく。だいぶ落ち着きを取り戻してきたが口が止まることはない。しかし、直後愚痴や悪態を紡ぎ続けていた口の動きが一瞬にして止まる事態が起こった。
「私だけのせいではないでしょうに」
心臓が止まりそうになるほど驚き身体が物理的に跳びあがる。その時の彼の身体の動きはおそらく人生で最高の反応であっただろう。突然背後に現れたナニかと距離を取るために振り向きながら、後ろにジャンプする。が、感覚のおぼつかない今の身体では急激な動きに対応しきれなかったのか、脚をもつれさせ派手に尻餅をつく。尻餅をついた衝撃を大臀筋に感じながら目の前のものを確認するために頭を上げ目線を向けると、彼の思考はそれを見るなり約十数秒間停止した。
彼の目の前には美の化身といえるほどの美しい女性が立っていた。その姿はさながら女神のよう。かわいらしさと美しさを兼ね備えた整った顔立ちに、白のアマリリスも諸手を上げて降参するほどの首元まで伸びた透き通るような白髪は、光を反射しほんの少し首を動かしただけでさらりと揺れる。身体の方は白い肌は真っ白なドレスに包み込まれており、ドレスの裾から見える脚は彼が今まで見たものの中で一番の魅力を放っていた。彼が脚フェチの人間であったなら門前していただろう。惜しむらくは胸部戦闘力が絶望的に低いことだろうか。
全貌を確認した彼はその美しさから、そこに立っている人物が何者であるかをなんとなくだが理解した。しかし、一応確認をとるため、彼は立ち上がりながら目の前の美女に思ったことを問いかけた。
「どちら様でしょうか」
「先ほどの愚痴と負のオーラの矛先ですよ」
間髪入れずに質問の答えが返ってきて彼はその答えに驚きを隠せなかった。目の前に立つ人物は自らを神であると名乗った。それであるならば気配もなく彼の背後に立てた理由も納得がいく。下から上までぐるりと見まわした彼は感嘆の溜息を吐く。すると、彼の視線が一度胸で止まったのを察知したのか、目の前に佇む女神は目尻を少し吊り上げる。それを見て、彼は視線を女神からそらす。
彼の目の前に鎮座しているのは正真正銘の女神であり、目視できそうなほど強いオーラを発している。本当に女神だと悟った彼は急激にそのオーラを圧され、身を強張らせ始める。が、彼の身体とは反対に口はぺらぺらと問いかけを続けた。
「で、ここはどこだ。俺はなんでここにいるんだ?」
「質問はひとつずつしなさいと教えられませんでしたか?」
質問に質問で返されてしまい、同じように指摘したくなったがそれを言ってどうなるかわからない今、それを言っても無意味だろう。しかしそのそっけない態度に負のエネルギーが少し増える。
「こっちも混乱気味なんだ。そこらへんは許してほしい。そんなことより質問に答えてくれ」
しかし彼は諦めずに質問を続ける。女神であるとわかった後でもタメ口で話し続ける彼の精神に称賛を送るべきであろう。しかし、今の彼が欲しいのは称賛ではなく情報だった。彼の謝罪と要望に女神は鼻から大きく吐き出すと、口を開いた。
「いいでしょう。では、まず一つ目、ここは神界、その中でも私の暮らす空間です。次に二つ目、あなたは私があなたの命の灯火を消してしまったことによって死にました」
「ちょっと待てや」
彼は片手で頭を押さえ、考える人と同じようなポーズをとる。
「なにか?」
それに対して女神はきょとんとした表情で答える。他人事のようなその表情に彼は殴りたくなる衝動に駆られ、頬を引き攣らせた。
「俺、あんたのミスで死んだの?」
「そうですよ。休憩にお茶を飲もうと思ってやかんに水を入れて、いざ火にかけようと思ったら、躓いてばしゃっと」
彼の問いに対して女神はあっけらかんとした態度で答える。
「謝罪の一つくらいないの?」
「ありませんよ。逆にあなたが謝ってくださいよ。おかげで上司に怒られたんですから。私結構偉いのに怒られたので部下たちに指さして笑われたんですよ?」
女神はいかにも不機嫌ですよ、という表情を浮かべ、彼のことを睨みつける。その怒ってますよ睨みに彼は一瞬たじろぐが、それ以上に彼女への不満が溜まっている彼は臆することなく反論する。
「いやそれ俺のせいじゃないじゃん」
「早く」
「てめえ!」
あまりにも理不尽かつ強制的な彼女の要求に、つい声を荒げてしまう。
「とはいえ、私のミスで死んでしまったことには変わりありません。なのであなたには転生の機会を与えましょう」
「えっ、まじで!」
彼の抱えていた負のエネルギーが神の一言ですべて消え去ってしまう。いわゆるオタクの部類であった彼は異世界物の書籍ももちろん読んでおり、それを夢見てベットに入ったことすらある。それが起ころうとしているのだから喜びもひとしおである。その代償が死というのはどうかとも思うが、あまり深く考えると鬱になるため考えないことにする。
「えぇ、本当ですよ。記憶そのまま、ファンタジー書籍のように特典付きで転生させてあげます」
ほんとはめんどくさいんですけど、と不安になるような一言を添えながらも女神は懐から紙と装飾の施された鏡を取り出す。
「どこに行くかは自分で決められるのか?」
「一応はそういうことになりますね」
一応という言葉に疑問を持ちながらも納得し、彼は首を縦に振る。
「で、どこに転生させられるんだ?」
「これからあなたに三つの選択肢を与えます。その中から一つ選んでください」
了解の意を込めて彼は首を縦に二度振る。
「では、まずは一つ目。よくあるようなファンタジー調の世界。ドラゴンやゴブリン、魔法といったものが存在する世界です」
いろいろな作品で書かれてるやつだな、と心の中でつぶやく。
「二つ目は現代よりも何倍も技術の発展した近未来都市のある世界。フルダイブ技術など娯楽も発達していますよ」
うんうん、と相槌を打ち、どの世界に行こうかを引き続き考える。
「三つめは今まで住んでいた世界と似たような感じです。個人的にはやっぱりここが一番過ごしやすいと思いますよ」
いまいち……。それが刺激を求めていた少年の口からこぼれた言葉だった。
「で、どうやって決めるんだ?」
そう問いかけるのと同時に女神が三枚の紙を掲げる。
「ここに今から先ほど挙げた選択肢を、……書きました」
瞬きする間もないほどの速度で女神は選択肢を紙に書き上げる。すると女神はそれを切るようにして順番を入れ替えていく。
「引いて」
その言葉に意味を一瞬理解できず、困惑の表情をありありと顔に表す。戸惑いながらも確認のため、まるでカートゥーンアニメのような大げさな動作で紙を指さし、続けて自分のことを指さした。その一連の動作を見た女神は無言のままこれまた大げさに首を大きく縦に振った。
くじで決められる自分の運命に大きくため息が出そうになるが、この女神さまにはもはや何を言っても無駄だと悟った彼は、明鏡止水の心で三枚のうちの一枚を引く。そして引いた紙を白の大地に落とした。その紙を見た女神の口から彼の運命が告げられる。
「一番目のファンタジー世界ですね」
「っし!」
彼は小さな雄たけびとともにガッツポーズをとる。それは彼の第一希望がこれだったためだ。彼のいく世界が決まり、女神は残った二枚と落ちている一枚を燃やす。
「さて、行く世界が決まったところで次は特典を決めましょう。そうですね、……決めました」
くるりと彼に背中を向け、二、三度鏡に向けて手を振ったかと思うと、女神は彼に決定したことを告げる。
「どんな特典なんだ?」
「自分で勝手に確認してください」
体の向きを元に戻した女神は、懐に鏡をしまいながらぶっきらぼうに彼に告げる。
「え、教えてくれないの?」
「教えるわけありませんよ。つまらなくなりそうですし」
「いい加減にしろよ」
女神は小馬鹿にしたように目じりを嬉しそうに上げる。怒気のこもった声を浴びせられてもなお、その表情は変わらなかった。先ほど後ろを向いているときに一発かましておけばよかったかもしれないと彼は思う。
「調子に乗らないでください。また死にたいんですか?」
心を読まれると思わず困惑した彼は無言のまま、地に頭をつけ土下座を敢行した。再び目の前に訪れそうな死から逃げるためにと深々と頭を下げる彼の姿はなかなかお目にかかることができないほど潔く、美しいものだった。
「……まあいいでしょう。それでは準備をします。目をつぶっていてください」
女神は彼の額に軽く人差し指と中指を当て目をつぶり、それを間近に見た彼もまた、女神に習って目をつぶった。
「これで準備完了です。なにか質問は?」
女神の手が離れたのを確認した彼はゆっくりと目を開く。手を握ったり体を見回してみるが特に変わったところはない。身体を確認しながら質問を考え、パッと思いついた一つを女神に問いかけた。
「じゃあ、最後にあんたの名前を聞かせてくれ」
「なぜです? 別に知る必要はないのでは?」
頬に手を当てて、小首をかしげながら女神は問うた。ただそれだけの行為であるにも関わらず彼の意識を釘付けにする。美人の行動というものとはずるいな、と彼の心に深く刻み込まれた。
「よくよく考えると、それもそうか? でも呼び方に困るから一応聞いておきたいんだが。まあ次いつ呼ぶのかは知らんけど」
「でしたら、あなたが勝手につけていただいても結構ですよ」
「だったら全身真っ白だからシロで…」
彼がそう告げると、子犬につけるような名前が気に食わなかったのか、汚物を見るような視線が凶悪に変化したオーラとともに彼に向けられる。
「やっぱり、……シオンで」
「……まあ、いいでしょう」
そういった女神の顔はそっけない言葉とは裏腹に少し嬉しそうであり口角が少し上がっている。その表情を見た彼は死の恐怖から逃れられたと思うと同時に自分の意外なセンスに嬉しくなる。
「それで?あなたの名前は?」
「へ?」
「名乗らせたら、自分も名乗るのが常識でしょう」
「あ、あぁ…、俺の名前は、叶澤 祐希、……ユウキだ」
「いい名前です。それではいってらっしゃい。良きセカンドライフを」
「それは若干意味が違うんじゃねえかな」
女神、もといシオンはユウキに別れを告げるように軽く手を振る。するとシオン様の後ろから刺していた後光が徐々に強くなっていく。強くなっていく光に目が耐えられなくなり、手で目を覆い、光を遮ろうとする。それでも足りず漏れ出す光に瞼が下りた瞬間、光が最高点に達し視界が真っ白になった。ユウキの瞼の向こうではシオンが女神相応の微笑みを見せていた。それがユウキの目に映ることはなかったが。
残されたシオンは笑みを浮かべながらユウキのいた方に背を向けて、どこかへ歩き出していた。
「……そういえば彼にあの剣のことを言い忘れていましたね……。まあいいか……」
女神の不穏な一言は彼の耳に届くことはなかった。ともあれユウキの第二の人生が始まった。
いかがでしたでしょうか。次回からは転生先での生活が始まります。
まあ当然ほのぼのした生活なんてものはないんだけどな!(ゲス顔)
何はともあれ次回をお楽しみに!