序
思い出すのはいつも、あの坂道だった…。
京王線聖蹟桜ヶ丘の駅から三0分ほど歩くと、その坂はある。勾配のきついその坂には、ある言い伝えがあった。
「正面の門から続くその坂をな、登れなくなったら、わしらも定年退職の時期なんだわ。きつくてきつくて、わしらも歳を痛感するんだ…。」
そう語る教授たちの声が今も、時々よみがえる。正門から続くその坂には、四年間の思い出がいっぱい詰まっている。その坂を登って校舎に向かう、そんな日々がとても大切なものに思えた。
「卒業」という定年を迎え、僕は東京を去った。つながりの切れた友人がほとんどだったけれど、それでも元気でいてほしいと祈らずにはいられない、そんな希望のかけらたちだ。
もう会うことはないと思うと、とても寂しいけれど、だからこそ「一期一会」が大切なのだと、そう気付かせてもらえる。
貴方には大切な人がいますか?
大切だと思える友人はいますか?
その人たちの幸せを願っていますか?
東京を去り、北海道網走市へと戻ってから、僕は無為の日々に荒んでいった。
そんな僕が今、北見の町で、大切に思える人たちに囲まれて生活している。それでもふとした瞬間に思い出してしまうのが、東京の風景。
無理もない。七年という歳月を東京で過ごし、人生の四分の一を占めているのだから。でも今は、思い出しても悲愴感が襲ってくることはない。それはたぶん、今支えてくれている人たちの、笑顔があるから。
貴方は今、笑えていますか?
定年坂。
この文章を書くことで、少しでも皆の力になれたとしたら、それが僕の勇気にもなるだろう。