Lの薬
何処かから声が聞こえる。
声の方へと向かい、
針を首筋へと突き刺す。
あのおかしな科学者に出会って、面倒なことになってしまった。
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いつもと変わらない休日。
俺は街をぶらぶらと歩いていた。
今流行りの映画でも見るか?
いや、本屋でも寄ってみるか。
そう考えていた時、ふと声が聞こえた。
それは空を切る叫び声だった。
また何か事件が起きたのか?
相変わらず物騒な街だな。
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そこへ向かう途中、知らない女が声をかけてきた。
「ねぇ、何しにいくの?」
「何か事件が起きてると思って...た、助けに行こうとして何が悪いんだ。」
「別に悪いなんて言ってないわよ。でも、」
「でもって何だよ。」
「相手が悪いかもねってだけ。まぁ、アンタで試してみようかな...」
強引に右手を引っ張られ、小さい板状の何かを握らされた。
「それ、首筋に刺して使うんだ。
まぁ、下手したら死んじゃうんだけどね。」
即死って、どれだけ危ないものなんだ。
しかも、首ってなんだ。刺すってなんだ。おまけに死ぬだと?
「こんな物騒なもの、受け取れない。」
そう言ってそれを返そうとした時、彼女は目の前から姿を消していた。
「何だよこれ、意味わかんねぇよ...」
そうぼやき足早に声の主の元へ向かった。
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『グォオオオオオオオ』
とんだサプライズだ。
人間じゃない。
まるで、RPGのクリーチャーだ。
俺は夢でも見ているのだろうか。
必死に頬を叩く。
目は覚めない。これは現実なのか。
もうすでに声の主は殺されていた。
そんな時、手の中の板が手の平に刺さる。
「ッ!!」
激痛が走る。
血管が浮き出て、緑色に変色してきた。
よく見ると板の中には緑色の液体が入っており、板の端には注射針のようなものが付いている。
そういえば彼女はこれを首筋に刺せと言っていた。
下手したら即死って、これが下手だったのだろうか。
もうやけくそだ。それを握り直し、さっきより深く突き刺した。
とても痛い。しかし、さっきより和らいできた。
アドレナリンが出ているのだろうか、体がとても軽い。
これが火事場の馬鹿力とかいう奴か。さらに自分の体に視線を落とすと
みるみるうちに手足や胴体が硬い甲殻のようなものに包まれていく。
足はまるでスプリンターのようにパンパンで、どこか懐かしく感じる。
これは自分をクリーチャーへと変化させる生物兵器のようなものだったのだろうか。
何しろ、もう考えている余裕は自分にはなかった。
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思い切り怪物へと走り出した。
とても足が速くなっている。
すぐに怪物の体が視界を覆った。
半分パニックになりながら、右腕を相手に突き出す。
当たった感触とともに、その怪物は1mほど後方へ吹き飛んだ。
同時に右手にも激痛が走る。
痛覚はかなり敏感なようだ。とても苦しい。
だが、相手にはあまり効いていなかったようだ。
即座にその怪物は起き上がり、次の瞬間。
自分は宙を舞っていた。
それに気づいたのは、地面へ落ちた衝撃を感じてからだった。
痛い。息ができない。何も聞こえない。
パニック状態になっている。
やはり俺は適合者ではなかったのか。
世界を救うなんて、都合のいい話は転がっていなかったんだ。
何度も胴体を引っ掻かれる。
鋭利な爪は、とても硬い。
傷口は相当深そうだ。
だがもう、何も感じない。
感じることができない。
意識が遠くなる。
誰かーーー
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最近、奇妙な事件が多発している。
どうやら、謎の生命体が人間を殺して回っているらしい。
ついに、趣味で作ってきたこのアイテムが役に立つ時が来たようだ。
今日もその謎の生命体が事件を起こさないか、パトロールもといモルモット探しへ向かう。
私は主に生物について色々実験、研究をしてる科学者だ。
その研究の一環で、この身体強化薬を作り出した。
だが、このままではデータが足りない。
また新しい被験者を用意しないと。
ぶらぶらと歩く。
歩く。
何も起きない。 起きた。
声が聞こえる。
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そこへ向かっている途中、少しガタイのいい兄ちゃんも同じ方向へ走っていくのが見えた。
ちょうどいい。あいつで試してみるか。
「ねぇ、何しに行くの?」
・
・
・
何とかアレを持たせることはできた。
後はあいつがアレを使うかどうかだけど。
ヤツの後ろを付けていく。
ビンゴ。これで普通のDQNかなんかだったらどうしようかと思ってたけど。
さて、やっぱり驚いて固まってるか。
うわ、手に刺さってんじゃん...
あれじゃあ十分な装甲強化が得られないよ...
あーあー、ボコボコじゃん。
しょうがないなぁ、今日も私がモルモットか。
「変身」
首筋に薬品を突き刺す。
ああ、ちょっと癖になっちゃうかも。
『あぁ、これだよこれ』
つい声が出てしまった。
体はすっかり防御組織に覆われている。
用意していた外傷用の傷薬をそこに倒れている実験体に塗っておく。
これでどうかな。アイツブッ殺した後コイツは生きてるかな。
怪物へと向きなおす。
ヤツの攻撃はかなり大振りだ。
かわして関節にメスを差し込む。
少し力を入れれば簡単に腕が取れる。
『ギャアアアアアア』
相変わらず動きや構造がワンパターンだ。
あんまり知能が高いわけじゃないのだろうか。
怯んでいる隙にもう片方の腕も取り外していく。
ヤツらの急所は人間でいうみぞおちのあたりだ。
そこに甲殻の隙間がある。
まだ苦しんでいるうちにそこをブスリとーー
『ギィエエエエエエ』
ウソ、背中から羽根が生えた。
ヤバい、こいつ空飛ぶのかよ!
ヤツの体は宙に浮き、すぐに見えなくなった。
これは想定外だ、逃げられてしまった。
しょうがない。こいつだけでも連れて帰ろう。
やれやれ、重たい重たい...
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眼が覚めると、知らない部屋だった。
「ここは...?」
「やっとお目覚めかぁ、Lクン。」
「L...? 何だそれは」
「ああ、キミに使わせた薬品の名前みたいなモノだよ。」
「Locustの頭文字をとってL。単純でしょ?」
「あ、ああ... と、とにかく、お前が助けてくれたのか?」
「そう。結構重たくて大変だったんだよ。もっと労ってよね。」
「あ、あの怪物は? どうなったんだ?」
「ああ、アンタの横で寝てるよ。」
「どぉうぇあ!?」
「ウソだよ。逃げられちゃった。そんなに驚くとは思わなかったよ。」
見事に騙されてしまった。
「あ、あいつに殺されかけたんだぞ。そりゃびっくりの一つもするだろ。」
「ビックリは数えないでしょ... とにかく、変身した時点で死なない。変身解除後も元気そう。
そんなヤツ、初めて見たわよ。」
「...どういうことだ?」
「私は生物とか遺伝子分野に関して色々やってる、まあ科学者くずれみたいなヤツなんだけどさ、
ある時から、世界の何かがおかしくなったのかああいう怪物たちが現れるようになっちゃって。
私もこんなんだけど人間だから、こういう時は周りの役に立ちたいって思って。
この肉体強化の薬品を作り出したんだ。」
「それって、結構すごくないか?」
「まぁ、ほとんど犯罪だけどね。こうやって、怪物退治に協力することを条件に開発、研究を
続けさせてもらってるんだ。」
「ふーん... あと、その...さっき言ってた『何か』がおかしくなったっていうのは...?」
「それはまたややこしくなっちゃうから、今度ね。」
肩透かしを食らった気分だ。
現実にこんなことがあるわけがない。
しかし、こういうことが起こってしまった。
本当に、頭がどうにかなりそうだ。
「あ!そうだ、アンタあれ手の平にさしてたでしょ。あんなところに刺したら
十分な量が体に入らないでしょ、なんでアソコに刺すかなぁ...」
「し、仕方ないだろ、最初に手の平に刺さっちまったんだから。」
「あんな持ち方してるからそうなるのよ!このブキッチョ!」
散々な言われようだ。
「あの刺し方だと、何が駄目なんだよ。」
「十分な量が身体中に行き渡らないから、装甲化が不十分な状態で止まっちゃうのよ。
きちんと刺してたら、ヤツを逃してたのはアンタだったかもね。」
「そういう大事なことは先に言えよ!」
「言ったってどうせアンタは手に刺したでしょ!」
「あれがどういうものか知ってたらちゃんと使ってたぞ!!」
「どうせ、あ〜刺さっちゃった〜 えいっ 刺しちゃえ〜みたいな感じだったクセに。」
本当に憎たらしい奴だ。
「いいから、はいコレ。次はちゃんと 『ク ビ ス ジ』 に刺してよ。」
そう言って、あの時の薬品を渡してきた。
よく見ると針の先にカバーが付いている。
「アンタみたいなブキッチョの為に、カバー付けといたから。
コレで刺したら頭パッパラパーよ。」
流石にこれで刺すのは無理があるだろ。
でも、なんだかんだ言って瀕死の俺をここまで運んできてくれたり、
何かと気遣ってくれてるんだろうか。
「ほら、ヤツを探しに行くよ。」
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もう一度街を出歩く。
また被害者が出るのは避けたい。
何とか先回りしないと。
プシュッ プシュッ
「何やってるんだ。香水かなんかか?
お前もそういうのは気にするんだな。」
「は?どういう意味よ。コレは奴らにとって魅力的に感じる匂いを発する液体よ。
ほら、アンタにもかけてあげるわ。」
フェロモン的なものなのだろうか。
しかし、いざかけられて見るととても臭い。
「ゲホッ、ゲホッ、何だよこの匂い。こんなので寄ってくるのか?逆に奴らの方から離れていきそうだぞ。」
「そうかしら?これは奴らにとってのご馳走の匂いよ。」
「ご馳走って...!もしかして奴ら、人肉が主食なのか?」
「主食ってほどではないだろうけど、まぁ美味しいから食べにきてるんでしょうね。
これは人間の体臭の中で奴らがより強く感じる物質の配合量を増やしたものよ。
こんな匂いさせて歩いてる奴がいたら、間違いなく飛びついてくるでしょうね。」
飛びつかれたら危ないんじゃないか?
口に出すには遅すぎたみたいだ。
奴だ。
急降下してきた。
「早く!そ、ウッ...!それを使って!」
「分かってる!オラ、どいてろ、化け物!」
全身でタックルする。
奴は彼女の上から突き飛ばされ少し転げた。
今の内だ。
「変身!」
思いっきりそれを突き刺す。
夏の匂いだ。
小さい頃よく虫取りに行った時の、あの感覚を思い出す。
少し視界が広く感じる。
体はすっかり昆虫のような研ぎ澄まされたフォルムになっていた。
『バッタ、いいモチーフだ』
「フフ、そうでしょ。」
前と違う。
頭がスッキリしている。
力もよりみなぎってくる。
「両足にナイフがついてるわ。それを使えば奴の体液を吸って、自分の力にすることができるの。」
『まるで蚊みたいだな』
そんな反応は野暮だった。
勢いよく走り出し、両足のバックルからナイフを取り出す。
そのまま奴を斬りつける。
確かな手応えだ。
振り返った直後、緑の体液が走った勢いより早く吹き出した。
前回の戦いが嘘みたいだ。
『グ,ギギィ』
『一撃、よく味わえ』
背中から腹部を一刺し。
驚くほどの切れ味だ。
思い切り上に振り上げる。
次の瞬間、怪物だったそれの腰より上は花が開くように左右に別れて倒れた。
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ウソ、こんなに早く適応するなんて。
結構こいつを見くびってたかもしれない。
この薬品はモチーフによって適合率というものがある。
それが低いと、体内に注入した瞬間死亡してしまうこともある。
「ふぅ、どうだった?俺の戦いっぷり。」
しかもなんかキャラ変わってるし。
イキっててちょっとウザイんですけど。
「別に、普通じゃない?私が見込んだ奴なんだから、これぐらいはパッパと片付けてもらわないとね。」
「そうか?こんなに早く適応するなんて、意外!みたいな顔してたじゃないか。」
「女の子の顔、あんまりジロジロ見るもんじゃないわよ。」
「ははは。」
「フフッ。」
やっと見つかった。
面白いパートナーが。
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いつも何処かから聞こえてくる。
声の方へ向かい、
針を首筋へと突き刺す。
あのちょっとおかしな相棒と出会って、
毎日が少し楽しくなった。
今日も俺は、怪物を倒していく。
初投稿、処女作です。
勢いのまま書き上げました。
執筆時間は2~3時間ほどです。