井戸魔人
宜しくお願いします。
大草原の片隅に今はもう誰にもつかわれなくなったレンガ造りの井戸がぽつんとあります。元はどこかの家の井戸だったようなのですが、その家もなくなってしまい、井戸だけが残っています。
その井戸の底からは、時折、うめき声のようなものが聞こえてきます。そうなのです。この井戸の底には井戸魔人という魔人が住んでいるのです。
この井戸魔人ですが、かつて、この井戸と共にあった家に住んでいた男の子が、この井戸を覗いていた時に転落してしまい、そのまま井戸の底で死んでしまい、井戸魔人として復活したのです。そして、今では井戸魔人として成長した立派な大人になりました。井戸魔人はかつて人間だった頃の記憶も失い、彼が知っているのはこの井戸の底だけです。
陽の光も届かない、深くて、暗くて、冷たい、井戸の底です。井戸魔人はほとんど身動きすることすら出来ません。
この井戸には、何故か覗き込まずにはいられない気持ちにさせる不思議な力があります。
そうなのです。男の子が、毎日、この井戸を覗きこんでいた、その念がここにへばり付いてしまっているのです。
この井戸の近くには、旅人がよく通りかかります。そして、ほとんど無意識に馬やロバを降り、このレンガ造りの井戸に背をもたれ、空想に耽ってしまいます。そして、しまいにはこの井戸を覗きこんでしまいます。
今日も一人の旅人がこの井戸の傍を通りかかりました。彼はゆっくりと乗っていたロバを降り、井戸の傍に腰掛け、もたれました。
彼も静かに空想し始めました。「この井戸の底はどうなっているんだろう?」
‘この井戸に底はなく、真っ直ぐにこの星の中心まで伸びている。中心には白塗り木造の小さな屋敷があり、そこに神様が暮らしている。神様と共に全種類の動物がオスとメス一匹ずつ暮らしている。中心からは地上のどこへでも簡単に進んで行って出られる。 秘密のトンネルがあるのだ。
毎日順番で様々な動物がオスとメス二匹で地上へ出て、食べ物を運んでくる。
昨日はカンガルーのオスとメスが神様にたくさんのリンゴを持ってきた。
皆、神様が大好きだから、一生懸命になって、食べ物を運んでくる。神様はリンゴを一つだけ食べ、残りを動物達に分け与えた。神様は動物達を愛し、動物達も神様を愛しています‘
旅人は微笑んで空想していました。そして、何だか夢見心地になりました。
とうとう旅人は井戸の底を覗き込みました。
井戸魔人の目がギラッと光ました。
旅人は吸い込まれるように井戸の底へと落ちていきました。
ギュワシャ グギョワ ギギュラ ヴォギャシャ メギュシャ シャバシャ
井戸魔人は音を立てて、旅人を食べました。
そして、井戸魔人は今日の食事を終えました。
おわり
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